第3話 ゲーセンに将来パチンカーになりそうな子どもがいる

 ゲームセンター。

 久しぶりだが、こんなにうるさかったか。

 店内BGMと、機械音が鳴り響いている。

 店内に入っていない。

 その前のベンチに座っているのだが、ここまで聴こえるぐらいの音。

 ゲーム音が掻き消えないように音を大きくしているのだろうが、店内に長時間いたら耳が悪くなりそうだ。

「……将来有望だな」

 パチスロ台に座っている小学生ぐらいの子どもがいた。

 その子は、軽快な手付きでレバーを倒していた。

 やり慣れているその姿から、将来パチンカー、スロッターになることが安易に予想できた。

 実際のパチンコ屋は年齢制限あるのに、なんでゲームセンターには年齢制限がないんだろうな。

 近くの立て看板には少年法やらなんやらで、午後6時には16歳未満の人間の立ち入りは禁止と書いてあるけど、あくまでそれは時間制限による年齢制限。

 パチンコ、スロットコーナーぐらいは立ち入り禁止にした方が良さそうだが、そうはなっていない。

 今でこそやり方は知っているが、俺があれぐらいの頃はパチンコ、スロットなんてやっていなかった。

 やっぱりメダルゲームで遊んでいた。

 兄と、それから幼馴染と3人で遊んでいた。

 家が近くだったし、回覧板を回していたから自然と仲良くなっていった。町内会の集まりやイベントがある度に親に連れられて、子どもは子どもで遊びましょうとなる事が多かったから、親密度が上がるのは当たり前のことだった。

 俺は子どもの頃、引っ込み思案だったから、二人の後ろをずっとついて行っていた。二人が話す速度が速かったから、割り込むことができなかった。無理やり割り込んでも、どうやら二人が求めている答えではなかったようで微妙な空気が流れた。

 俺は周りの空気を読むのが苦手だった。

 相手の心に寄り添うのができなかった。

 ただ、自分が変な発言をしたのだけは理解できたから、傷ついて、余計に他人と話さなくなった。

 友達なんてできなかった。

 ただ、二人だけはたまに振り返って、俺のことを心配してくれた。

 だから好きになっていった。

 二人とも大好きだった。

「ねえ、喉渇いた」

「はあ?」

 迷子の幼女は、ベンチに座っている俺の隣にずっといた。

 指差した先には自動販売機があった。

 飲み物を要求しているらしい。

 子どもらしい遠慮のなさだった。

 見知らぬ子どもだろうが、ジュースの一本ぐらいなら奢ってやってもいい。

「オレンジジュースでいいか?」

「何でもいい。ブ、ブラックコーヒーでもいい」

「背伸びしなくていいから。オレンジジュースな」

 強がっている姿が幼馴染に似ていた。

 大人ぶりたい年齢なのかも知れない。

(俺も、大人ぶってタバコ吸い始めたんだよな)

 きっかけは背伸びだった。

 自分がいかに子どもかどうかを思い知らされて、少しでも大人になりたかった。それに、幼馴染に構って欲しかった。

 だからタバコ吸い始めたのだが、今ではただの習慣になってしまっている。

 最初はむせた。

 美味しいとも思わなかったけど、段々と慣れた。

 そういえば、子どもの頃はブラックコーヒーが飲めなかった。

 次第にタバコみたいに慣れたが、それは老化のせいだと聴いたことがある。

 味覚が衰えるらしい。

 子どもの頃は味覚が鋭いから、苦いものが食べれないらしい。

 身体が拒絶するらしい。

 だから野菜が食べられなかったり、ワサビが無理で、ブラックコーヒーも飲めないらしい。

 それはただの防衛本能だから、子どもが好き嫌いで拒否している訳じゃない。だから無理やり食べさせるのは良くないと聴いたことがある。

 要は敏感過ぎるのだ。

 刺激とか痛みに。

 大人になるってことは、痛みに鈍感になるってことなんだろうな。

 ガコン、とオレンジジュースと、ブラックコーヒーが落ちてきた。一気に二つ購入したせいで取り出しづらかったが、幼女に持っていく。

 勿論、オレンジジュースをやる。

 渡す前には子どもの力じゃ開けられないと思って、オレンジジュースのプルタブを曲げるやった。

「来ないな、お前の親」

「来ないね」

 即答だった。

 まるでそれが当たり前のようだった。

(なんか、変じゃないか、こいつ……)

 出会った時から俺のことを父親と言い間違えるぐらいだ。

 父親と仲が悪いか、仕事が忙し過ぎて家に帰れてないのかも知れない。

 虐待、という二文字が頭に浮かぶ。

 コロナのせいで増えているらしい。

 お家時間が増えているせいで、家庭内暴力の機会が増えているから虐待する家庭が。それとは逆で、家族間の仲が良くなっている家庭もあるらしい。

 家にずっといるから家族との時間が増えているらしい。

(死者も増えているが、子どもも増えているだろうな)

 教科書に載るであろうこのパンデミック。

 たくさんの人が死ぬ状況下だと、人間の本能が危険状態を察知して自分の遺伝子を残そうとするらしい。

 だから戦争や厄災など人が沢山死ぬような事件事故が起こった時期は、新生児が増加する傾向にあるらしい。

 その説が本当かどうかは知らないが、子どもが生まれたという報告は聴く。俺にではなく、幼馴染に報告がいっている。それを俺が又聞きしているような感じだ。

 そうやって子どもが増えていっている中、目の前の子どもも虐待とかされていたら気分が悪い。それに、店内放送で親を呼び出すとなった場合、素性、というか名前を知っていても損はない。

「なあ、お前の名前は?」

「レイ」

 それだけ答えると、オレンジジュースをグビグビと飲む。

 両手で缶を持っているのが、妙に可愛らしかった。

「へえ……同じだ」

「何が?」

「名前が。俺は礼二。一文字違いだ」

「お父さんだからね」

「どういう理屈だ」

 俺も喉が渇いたので、ブラックコーヒーを飲む。

 仕事じゃなく、プライベートで他人と話すのは久しぶりだ。

 喉が渇くのも当たり前か。

 昔はもう少し他人に心を開いていた。

 だからといって、あの頃には二度と戻りたいと思わないが。

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