第2話 子ども用ハーネスは必要か
「おとーさん」
イライラが募る。
ニコチン摂取しないと生きた心地がしない。
特に今日みたいな日は。
「ね、おとーさん」
スマホの画面を眺める。
指で意味もなくスクロールしても、メッセージが消えることはない。
返信しないとまたメッセージが着てしまう。
既読スルーする訳にもいかない。
だけど、どうしても返せない。
なんて返信すればいいのかも分からない。
「ねえ、ねえ」
「あ?」
さっきから至近距離で幼い声が上がっていたが、俺には無関係だと思っていたので右から左へ流すつもりでいた。
だが、ズボンの裾をクイクイと掴まれたら、無視もできなかった。
見下ろすと、そこにいたのはかつての幼なじみの顔だった。
「……え?」
思わず素の言葉が漏れる。
似ているというか、本人だ。
顔が瓜二つだった。
昔の、二十年以上前ぐらいだろうか。
そのぐらい前の幼なじみの顔の子どもがそこにいた。
小学生入る前か、入っていたとしても低学年くらいだろうか。
「ねえ。迷子なの?」
「はあ?」
周りをキョロキョロ見渡すが、保護者らしき人はいなかった。
(こいつ、迷子か? 親はどうしているんだ?)
土日って絶対一人や二人、迷子の子どもが出る。
こういう大型ショッピングセンターとかには。
小型スーパーですら店内放送流れる可能性大だ。
子どもの面倒一つ見切れない癖に、なんで子ども生むんだろうな、どいつもこいつも。面倒見切れないなら、家で親かベビーシッターを雇って見てもらう。その手間が嫌か、雇う金が無ければ家から連れ出さない。連れ出すにしても、絶対に目を離さない。手を離さない。
それぐらい徹底しなきゃ、子育てする資格なんてない。
親はまだ大人になっていない。
子どもが子どもを育てているみたいなもんだ。
そういえば、最近ネットニュースになっていたことがあった。
子ども用ハーネスの件だ。
子どもを引いている姿が、まるでペットの散歩みたいだって。
(個人的にはハーネス肯定派だ。圧倒的に)
賛否両論らしい。
ちゃんと努力して子育てするべきとか否定派の人が言っているらしい。
くだらないと一笑すべき意見だ。
どうしたって見れない、手を離してしまうんだったらそれも一種の手段と割り切るのは大事なことのはずだ。
「お父さん、迷子だったでしょ。もうはぐれないでね」
「待て待て、誰がお父さんだ」
さっきからお父さん連呼していたから、近くに父親がいるかと思いきや。
(……もしかして俺のことか?)
もしかして頭が悪いのだろうか。
それともこのぐらいの子どもだと親と他人を区別できないものか。
それか、父親がちゃんと子どもの世話をしていないせいで、親の顔を覚えていないのか。
どちらにしても厄介なことになった。
子どもの相手は苦手だった。
どうすればいいのかも分からない。
下手したら手が出そうだ。
さっさと親御さんの元に返してやるのが得策だ。
誘拐だなんだと誤解されても困る。
「お前が迷子になってたんだろ。いいか。今すぐ迷子センターに行け。な? 一階のどこかにあったから」
「嫌っ!! 私、迷子じゃないもん!! お父さんが迷子なんだもん!!」
「ああ、分かった分かった。お父さんが迷子なんだね、はいはい」
適当なことを言って逃げようとするが、ズボンから手を離そうとしない。
無理やり歩こうとするが、足を引きずられながらも踏ん張っている。
「あっ」
俺が足を止めると、いきなりの重心移動に対応できなかった迷子の子がバタンと倒れる。
「ぅえ」
カエルみたい倒れ込んだまま、嗚咽のようなものを漏らす。
(まさか、泣くつもりか?)
だとしらまずい。
この状況は非常に。
「うっ――そだろ」
俺が泣かせたことになってしまう。
そしたら俺が犯罪者扱いにされてしまうだろう。
今のご時世、男がどれだけ潔白を訴えても冤罪にされてしまう世の中だ。
ここで子どもの涙を引っ込めなければ、俺の社会的な死はすぐそこだ。
「なあ。大丈夫か?」
「だ、大丈夫」
「そっ、そっか。じゃあ、そうだな。迷子センターまで連れて行ってやろうか?」
顔を上げると、子どもは涙を堪えていたが泣いてはいなかった。
予想していたよりもずっと意思が強そうな子だった。
いや、強すぎたぐらいだった。
「やだ」
即座に出た強い否定の言葉。
子どもながらに頑として譲りそうにもなかった。
「あ?」
「お父さんと話したい」
「……俺はお前のお父さんじゃないんだよ。本当のお父さんか、お母さんに会わせてやるから。なっ、なっ!」
「やだあっ! いやだあああああああああっ!!」
鼓膜が破れんばかりの絶叫をまき散らしながら、四肢をばたつかせる。
周りの視線が俺に突き刺さる。
大型ショッピングセンターということもあって、親子連れが多い。
こういった事案には敏感な方々が多いだろう。
「分かった。分かった。迷子センターに行くのは止めよう、なっ!」
「…………分かった」
スン、とさっきまでの叫びがなかったかのように冷静になった。
(こ、こいつ……。噓泣きじゃないか?)
いくらなんでも涙が引っ込むのが早すぎる。
この年齢にして嘘泣きをここまで完璧にマスターしているとか、将来が楽しみになる糞餓鬼具合だ。
その演技力で男を手玉に取れそうだ。
顔も整っているし。
「さっきまでどこにいたんだ?」
「そこ」
指差したそこはゲームセンターだ。
メダルゲームに夢中になっている子どもを置いて、親がトイレに行っているとかいうオチだろう。
そして親がいなくなったと思い込んで、子どもがフラフラ通路まで歩いて、親が帰ってきたら子どもいませんでした。
(はい。ここまでの流れ完璧に読めたな)
つまり、ゲームセンターにいれば親が帰って来るに違いない。
ゲームの大音量に、親がトイレ行ってくると言った言伝が掻き消えただけだろう。
子どもの相手なんて数分でギブアップだ。
うるさいから傍にいてやるしかない。
いざとなればゲーセンの店員にこの子を押し付けれやればいい。
「分かった。取り合えずそこに座って落ち着こう。な?」
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