今度こそ禁煙できそうだ

魔桜

第1話 大型ショッピングセンターが全館禁煙なのはおかしい

「あの、ここって喫煙室ってありますか?」

 大型ショッピングセンターのサービスカウンターに、受付のおばさんがいた。化粧が濃いけど、このスーパーに何年もいて詳しそうだった。

 俺は俺でおっさん。

 髪はボサボサで、無精ひげが生えていて、くたびれた黒いスーツを着込んでいるから、おばさんも一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに顔色は営業用に戻った。

「申し訳ありません。当館に喫煙室はございません」

「え? ないんですか? どこにも?」

「はい。全館禁煙になっております」

「え? じゃあ、どこで俺は吸えばいいんですか?」

 おばさんの呼吸が一瞬止まるのが分かる。

(ああ、そうか。おばさんには関係ないこと言っちゃったか)

 いつだってそうだ。

 俺は一言多い。

 相手がどう受け取るかを考えずに、自己中心的な物言いをしてしまう。

 そうしていつも平凡な幸せを逃す。

「ち、近くにコンビニがございますので、そちらでなら外で……」

「ああ、分かりました。すいません」

 逃げるようにしてそそくさと立ち去る。猫背のように丸めた背中が悲しい。年を重ねて三十になった。世間的には立派なおっさん。オヤジだ。周りは結婚して子どもを作って、幸せな家庭を築いている年齢。

 そんな俺は独身だ。

 趣味と呼べるものはない。

 会社ではいつもパソコンと睨めっこしていてしんどいが、何よりしんどいのが休日だ。

 何せやることがない。

 休日より出勤日の方が充実していて楽しいぐらいだ。

 仕事が好きではないが、休日出勤してしまう時がある。残業だってしてしまう。12時間労働とか普通にやっちゃう。何故なら、家に帰ってからすることがなさ過ぎるからだ。

 子どもの頃、あんなに楽しかったアニメや漫画を観て面白いと思える感性は死んでしまった。

 何をしていても面白くないし、人間関係も希薄だ。

 友達と遊ぼうと思っても家族サービスが忙しいみたいだし、お互いの仕事の関係上予定が合わずに会えない。

 暇だ。

 色恋沙汰に昔から疎かった俺は、この年齢になって初めて気が付く。

 どいつもこいつも無理して恋愛していたのは、無趣味な人間の暇つぶしのためだったんだろうと。

 今でもアニメやら漫画が好きな奴は現実が充実しているだろう。

 だが、俺はそんなオタクにすらなれていない。

 俺は人生の暇を潰せていない。

 なんてみじめなんだろう。

「――っ」

 ポケットの中のスマホが振動して驚く。振動することすら懐かしい。電話じゃなく通知だった。


――今、どこ?


 その一言だけで、急に胃に鉛が圧し掛かったようだった。こんな空疎なやり取りしかできない関係性になってしまったのを再確認する。

 どこ?

 俺は今どこにいるんだ?

 宙ぶらりんだ。

 重力なんて正しく機能していない。

 地に足が付いていない。

 苦しい。

 ああ。

 もう嫌だ。

「死にたい」

 ポツリ、と呟くと横にいた客が、変な奴と関わり合いになりたくないとばかりに露骨にそっぽを向く。

 本気で死にたいわけじゃない。

 ただ、言葉にすることで死にたい気持ちが和らぐ。

 形がないものは、ただそれだけで恐怖の対象となり得る。

 俺はリストカットをしたことがない。

 だが、どうしてリストカットをする人間がいるのだろうか?

 その答えの一つに、自分の傷が可視化できるからだそうだ。

 そんな意見を、どこかの書物で観たことがある。

 自分がどれだけ傷ついていて、どれだけ痛くて、どれだけ血を流しているのか。

 心は見えないから、それが分からなくて不安になる。

 俺だってそうだ。

 タバコが健康に悪いものだってことぐらい、俺だって知っている。

 しかもこの令和。

 それにこのコロナ禍だ。

 喫煙者に対する世間の風当たりは余計に酷くなっている。

 それでも吸っているのは、生を感じられるからだ。

 少しの運動で息切れするようになった。肺を破壊していることで傷を確認できる。俺にとって、タバコはリストカットだ。趣味がない俺にとって、唯一の生きがいと言ってもいい。

 だから俺はフラフラとゾンビのように喫煙できる場所を探す。

「タバコ吸いてえ」

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