第14話「結ばれた絆」
「モキュ……、モキュモキュ」
(ふぅ……、漸く終わった)
フィルは溜息を溢した。
エフィオンと再会してから時間にすれば一時間も経っていないと言うのに、別視点の話数までカウントすると実に4話も費やしてしまった。
長かった……。
どんだけ引っ張るんだよ、と突っ込みを入れたい程の濃密な時間だった。
しかし、フィルは気付いてはいない。
そう呟いている時点で5話目に突入してしまっている事に……。
深い深い溜息を溢した後、徐ろにフィルは自身の下、カイツに視線を移すと。カイツはフィルを呆然と見つめていた。
あ、不味い……。今まで隠してた事を言ってしまったから驚いてる……。
カイツの様子を見るとフィルは途端に焦った。
カイツにはずっと内緒にしていたからだ。
約束の地で眠る英雄、カイツが王都に来て探し求めていたその情報。
伝説の英雄フラニスとフィルが面識があったと言う事実はずっと黙っていたのだ。
それがエフィオンのバカを止める為につい後先など考えられず口にしてしまった。
多分……、嫌確実に怒られる。
兄弟なのに何で今まで隠していたのかと詰問される。
あのバケモノにチクると言い出しかねない。非常に厄介な事態に陥ってしまった。
かくなる上は熱りが冷めるまで身を隠すしか無い。
怒ったカイツも怖いが、あのバケモノにその事実を知られる事はもっと怖い。
だからフィルは弟とすら形容するカイツを置き去りにして逃げ出そうとしたのだが。
ガッ――。無論フィルと幼少期からずっと一緒に居るカイツがフィルの分かり易い行動を予測出来ない筈もなく。
自分の頭の上から逃げ出そうとするフィルを両手でガッシリと抑え込んだ。
「モ、モキュッ! モキュー!」
(な、何をするカイツ! 放せ!)
「お前には色々と聞きたい事がある……」
あ、メチャクチャ怒ってる……。
「モキュモキュモキューーー!」
(聞きたい事にはちゃんと答えてやるから取り敢えず放せ!)
「放すかよバカが、放したら逃げ出すに決まってるからな」
あ、目論見がモロバレだ……。
「モキュゥ……。モキュモキュモキュゥ。モッキュモキュー……」
(分かった放さなくて良い……、お前の聞きたい事にもちゃんと答える。だからあのバケモノにだけは今回の件……)
「言うに決まってるだろクソ猿が、あんまり僕を舐めるなよ?」
ダメだ……、本気でブチギレていらっしゃる……。
この雰囲気だとどんな言い訳を並べ立てても聞き入れてはくれないだろう。
もしあのバケモノに今回の件が知られれば……。
うん、死んだなオレ……。
エフィオンを止める為とは言え余計な事を言ってしまった。
フラニスとの関係はオレ達だけの秘密。
何てカイツに言っても納得はしてくれないだろう。
「ブオ、ブォォーー」
そんな二人のやり取りを見て、唐突にエフィオンが怒り狂うカイツに言葉を掛けて来た。
フィルの翻訳無しでは彼女の言葉を理解出来ないカイツだったが。
今はフィルに翻訳してもらう気分では無い。
この嘘つきとは今は余計な会話をしたく無かった。
「ちょっと待ってねエフィオン、フィルに通訳して貰うのは今は絶対に嫌だから。簡易的にチャンネルを繋がせて貰うね」
そう言うとカイツはエフィオンに歩みより、彼女の足元で手を上下させ頭を下げるように促した。
エフィオンは疑問符を浮かべながらもカイツに促されるままカイツの手が届く位置まで頭を下げた。
カイツはエフィオンの頭が自分の目線まで下がると、彼女の額に右手を当て。
「コネクト」
魔術を唱えた。
一瞬温かな温もりが頭の中を包んだような錯覚を抱いた。
その直後に一瞬立ち眩みを覚えたが、それも直ぐに収まり。特段何の変化も無いようにエフィオンは感じた。
「ブォ? ブオォォ?」
(チャンネルを繋ぐ? どう言う意味だ?)
「そのまんまの意味だよ、使役出来る程も強いチャンネルは血の盟約が無い僕らには繋げないけど。言葉を理解出来る程度のチャンネルなら魔力を有している生物となら僕は開けるんだ」
何も変わっていない、そう感じたからこそエフィオンはカイツに問い掛けた。
すると、カイツはエフィオンの問いにフィルを介す事無く答えた。
「ブォォォ?」
(私の言葉が分かるのか?)
「うん、チャンネルを繋いだから分かるよ。君が嫌なら話が済んだらチャンネルは閉じるし、君が許してくれるならこのまま開いたままにするよ」
カイツが自分の言葉を理解している事に驚きエフィオンは目を丸くした。
しかし、懐かしい面影がカイツに重なり彼女は笑みを浮かべた。
「ブォ、ブオォォォ。ブォォブォーーー」
(フフ、本当に面白い坊やだ。フィルバウルが君を選んだ理由が分かったよ)
「や、やめてよ! こんなアホ猿に付き纏われてこっちは良い迷惑何だから!」
普段なら猿呼ばわりされれば目くじらを立てて怒るフィルだったが。
今余計な事を言えば自分の立場が更に危うくなると悟っていた為、反論したい衝動を必死に抑え二人の会話を大人しく聞いた。
「ブォォォォ。ブオォ……、ブォォォォ」
(そんな事を言ってやらないでくれ。フィルバウルも再び君と……、バイザスと出会えて喜んでいるのだろう)
「バイ……ザス? それってどう言う――」
「モッキャーーーー!」
(それ以上言うなバカーーー!)
そんなエフィオンはあろう事かあの男の名をカイツに告げたでは無いか。
バイザス……、この世界の人間なら誰もが知る悪名高き名を、しかもまるで自分がバイザスであるかのように語り掛けて来たエフィオンの言葉にカイツは戸惑い。
その真意を彼女に問い掛けようとしたのだが。
アホ猿とバカにされても大人しくしていたフィルが、思いもよらぬ話を始めてしまったエフィオンとカイツの間に割って入り彼女の言葉を遮った。
「ブォ……、ブオォ?」
(正か……、話して無いのか?)
「フィル……、まだ何か隠してるの!」
「モキューモキュー! モッキューーー!」
(違う違う! オレは何にも隠して無いって!)
ああ、不味い……。フラニスの一件以上にカイツに話してはならない事をエフィオンは告げてしまった。
「バイザスって……、正か魔王バイザスの事なの!」
「モ、モキュー! モキューキュー、モッキューーー!」
(し、知らない! 誰だよ魔王バイザスって、初めて聞いたよ!)
「知らない訳が無いだろ! 今この世に語り継がれる伝説では魔王バイザスとフィルバウルは共に戦った戦友って伝承されてるんだぞ!」
「モキュモキュッ! モッキューーー!」
(そんな伝説人間のでっち上げたデマだ! 知らないってオレの言葉が信じられないのか!)
「信じられないね、お前は嘘つきだからな! それが今日よく分かった!」
ダメだ……。カイツとの信頼は地に落ちて何を言っても信じてくれなくなってしまった。
まぁ、実際フィルの言葉は全部言い訳で嘘なのだから仕方が無い……。
不味い……、非常に不味い事態になってしまった。
フラニスとの関係が知られた事はもうどうだって良い。あのバケモノにズタボロにされてしまう事も甘んじて受け入れよう。
しかし、カイツには……、カイツにだけはバイザスの話を知られたくなかった……。
死ぬまで隠しておくつもりだった。
もう二度とあんな悲劇起きて欲しくは無かったから。
今度こそはこの子を守ると再び巡り会った時に誓ったのだから……。
「お取り込み中申し訳無い」
この短時間でカイツとの信頼関係は粉々に砕け散ってしまった。
カイツを納得させられる申開きも、彼を鎮める妙案も今のフィルには考え付かない。
どうしようもない、手詰まりだ……。
フィルがそう諦めかけた時、彼を救う一筋の光明が差した。
「ゼーゲンさん……」
そう、突然ゼーゲンが現れカイツ達に語り掛けて来たのだ。
「何やら込み入った話をしていたようだから、声を掛けようか躊躇したんだけれど。話に割り込んでも良いかな?」
恐ろしく馬鹿丁寧にカイツに語り掛けるゼーゲン。
カイツはゼーゲンの浮かべる柔和な笑みと、白々しい言葉を聞いて嘆息した。
「はぁ……、ずっと見ていましたよね?」
「え? 何の事だい?」
「とぼけないで下さい! ゼーゲンさんの気配は大分前から感じてましたよ!」
嘆息し、カイツが何食わぬ顔で現れたゼーゲンに嫌味を込めて問い掛けると。
ゼーゲンは笑みを崩す事無くカイツの問に思い当たる節は無いととぼけて見せる。
フィルばかりかこの人も欺くのか……。
その態度と言葉に苛立ちを通り越し、怒りを覚えたカイツはゼーゲンに詰め寄った。
そう、ゼーゲンはカイツ達が窮地に追いやられるずっと前から上空で成り行きを観察していたのだ。
「ハハハ、悪い悪い。危うくなったら助けようとは思っていたんだよ?」
「少なく見積もっても2回は皆死ぬ所でしたよ!」
「でも死んでない、だから窮地では無いって事だよ」
「それは結果論じゃないですか!」
「結界と言うのはあらゆる事象が帰結する終着点だ。過程はどうであれ、エフィオンも、君も、フィルくんも、リズも、そしてそこのバカもケガ一つ無く無事に事態は収拾した。私の助力無しでね。なら私が出しゃばる意味は皆無じゃないか。傍観していたと取られても仕方は無いが。私が傍観していても問題が無いくらい君は素晴らしい魔術を見せてくれた。そしてフィルくんも実に素晴らしい説得をしてくれた。何と言っていたかは全く理解出来なかったけど、彼の素性を鑑みればエフィオンと旧知なのは歴然。だからこそエフィオンはフィルくんの言葉を聞き入れてくれたし、君がフィルくんを頼りにしていた事も想像に難くない。私は君を信頼している。だからこそエフィオンに会う事を許可したんだ。そんな私が寄せる信頼よりも遥かに大きな絆で君とフィルくんは結ばれている。二人が居れば最強なんだろう?」
憤りしか無かった。
この人への信頼は地に落ちた。
ゼーゲンへの怒りで彼に詰め寄ったカイツだったが、やはり口でこの男に勝つ事など不可能だ。
飄々とカイツの糾弾をかわし、正論を捲し立てカイツの怒りを、言葉を奪い去ってしまった。
「そ、それは……」
挙句の果てには自分達の決め台詞まで引き合いに出されたものだからカイツは言葉を詰まらせる事しか出来なくなってしまった。
「なら何を怒る必要があるんだい? なら何を責める必要があるんだい? 君は良くやった、リズも、バカも、何よりもフィルくんは特に頑張ったじゃないか。今は一時の怒りに我を忘れ他者を叱責する時では無いよ。君がフィルくんに何を怒っているのかは分からないけど、君達が築いて来たものはそんなにも一瞬で崩れさる程軽いものなのかい?」
そして、ゼーゲンは続ける。
彼の正論によって異論を、怒りを断たれたカイツはゼーゲンの言葉を、忠告を受け入れる他無かった。
さっきから人の事をバカバカバカバカ何なんだテメーは!
そんなカイツとは正反対に会話の中で他の者達は名前で呼んで貰えたと言うのに、唯一人だけ蔑称で呼ばれたバウルは憤慨しそうになったが。
王都にまでエフィオンを連れて来てしまったのは自分だと言う事を直ぐに思い出し。
ここで余計な事を言ってしまえば間違いなくこの間のように怒鳴り散らされる事は明白だった為。
今はゼーゲンの機嫌を損ねないように彼の話を遮る事をやめた。
「違います……」
「うん、良い答えだね。正直、ザインが私の醜態を君に触りだけとは言え話していた事に私とザインの絆は一瞬崩壊しそうになったが。もうあいつには文句を言う事が出来ないから……。せめて君達は言い合いになったとしても、胸を内をさらけ出して欲しい。私達と違ってその機会が与えられているんだから」
生きているからこそ仲違いは出来る。
生きていればこそ言い合いが出来る。
死んだら……、それまでだ。
文句を言いたくても伝える術は無い。
もう二度と、永遠に……。
「それにしても君達は凄いな! 惚れ惚れとしたよ!」
父の名を出す何て反則だ。
言い返す事何て出来る訳が無い。
ゼーゲンの言葉で一時の怒りに我を忘れ、フィルを責めてしまった自分の愚かしさを恥じたカイツだったが。
それまで優しくカイツを諭していたゼーゲンは。カイツが納得したと見て取ると、それまでのしんみりとした態度が嘘のように。目をキラキラと輝かせながらカイツに詰め寄った。
「成る程成る程、あれが召喚魔術何だね!」
「え……いや……あの、ゼーゲンさん?」
「素晴らしい! 驚嘆に値するよ! フィルくんが魔力を供給し、それを君が使う。正に
そこには先程までのゼーゲンは居なかった。
カイツとフィルの魔術を観察し、現代魔術理論を根底から覆す程……。
嫌ここまで来ると超越したと言っても良い
「二人が居れば最強、言い得て妙じゃないか! 召喚魔術がここまでの代物とは思いもしなかったよ!」
「いや……一応弱点もあるんですよ? フィルの魔力消費が激しくて、長時間使って居られるのは第二形態までですし……」
「第二形態まで……、つまりは第三形態もあるのかい!」
「あ……はい……ありますけど?」
「何と……! 第三形態になるとどうなるんだい? 正か
鬱陶しい……、心の底から煩わしい事この上無い問い掛けの連続だった。
ゼーゲンは世界でもトップクラスの魔法使いだ。実力もさる事ながら、知識の方も世界でトップクラスなのは想像に難くない。
故に、未知の魔術。闇属性だけならまだしも、更にそれよりも遥か以前に失われた召喚魔術を前にして彼の探究心は最高潮に達してしまった。
「せ、精霊魔術は基本的に精霊の魔力を直接使役する魔術です。広義の意味での精霊魔術と言う概念を用いるなら、フィルの魔力を使用している時点で僕が使っている魔術全てが精霊魔術になりますから……」
「成る程……、既に精霊魔術を使っている状態か……。なら第三形態とやらは何が変わるんだい?」
「えっと……第三形態って言うのは……」
「正か……精霊そのものを召喚するとでも言うのかい!」
「いや……既に今の状態が召喚していますけど?」
「すまない……、興奮し過ぎて単純な事を失念していた。待てよ……、第一形態である今の状態が詠唱無しの魔術使用。第二形態が常時、
この人は一体一人で何に頷いているんだろう……。
最初こそカイツを質問攻めしていたゼーゲンだったが、気付けばボソボソと独り言を喋り始め。
自身の考えを否定しては肯定し、何が楽しいのかニヤニヤとほくそ笑みながら一人で納得していた。
まだ短い付き合いのカイツが不気味とも言えるゼーゲンの痴態を白い目で見るのは当然だったが。
もう20年近い付き合いのバウルとリザニエルでさえ変人でも見るかのような蔑みの眼差しを送った。
「あの……これはどうしたら良いんですか?」
「ゼーゲンの奴がこうなったら誰も手がつけられねぇーよ。小一時間放置してれば平静になって帰って来るから無視して置き去りにするのが一番だ」
「こ、小一時間……、それは酷いですね……」
以前から何度かゼーゲンが我を忘れ独り言を呟き始める変人モードを発動する姿をバウル達は見てきた。
バウルの言葉通り変人モードが発動したゼーゲンは誰の言葉も聞こえなくなる。
放置以外今の彼に取れる対策などは無かったのだ。
「それよりどうする? 事後処理は通常状態に戻ったゼーゲンさんに任せるとして。この後は……」
「僕はエフィオンを山に送って行きます。まだ聞きたい事もありますし、それに……」
一番分別を持ち、大人な筈のゼーゲンの醜態を横目で見やりながら。リザニエルがこの後の行動を皆に問い掛けると。
カイツは彼女の言葉を遮り、エフィオンと行動を共にする旨を告げた後。両手でガッシリと掴んだフィルに視線を落とした。
「お前にもまだ聞きたい事はある」
「モキュ……」
(カイツ……)
「別に言いたく無かったら答えなくて良い。ただ……、もう嘘だけはつくなよ?」
「モ、モキュ……」
(わ、分かった……)
カイツの言葉を聞くとフィルはバツが悪そうに応える。
もう下手な誤魔化しが通用しない事は彼が一番理解していた。
だから尚更心苦しかった。
まだ彼に告げるには早すぎるから……。
「それじゃ、僕はエフィオンを山に送っていきます。事後処理と……そこの変人の事はお任せします」
「その事後処理も通常状態に戻ったゼーゲンさんにやって貰うから気にしなくて良いわよ。夜の山は危険だから早く帰ってきてね」
「誰に言ってるんですか? 僕ら二人が居たら最強ですから」
一人この後の展開を憂慮するフィルだったが。出立を告げた後、リザニエルより掛けられた言葉に返したカイツの返答を聞いて胸が熱くなった。
「さっきも言ったろ? 言いたく無かったら言わなくて良いって。厄介事ばっかり起こす困ったお兄ちゃんだもんな? 内緒の一つや二つ許してやるから」
カイツの言葉を聞き、思わず彼を見上げたフィルにカイツは快活に笑いながらそう告げた。
「モキュ……、モキュモキュ」
(うん……、答えられる事にはちゃんと答えるから)
「僕が知りたいのは一つだけだよ。僕が誰だったか何て……どうでも良いさ」
死ぬまで隠しておくつもりだった。
口が裂けても言うつもりは無かった。
弟と呼び強い絆で繋がれたカイツが、史上最悪とまで言われる魔王に縁があるなんて。
本当なら知って欲しくは無かった。
それを知られただけで胸が張り裂けそうだと言うのに……。
不出来な兄を気遣った出来た弟の言葉でフィルは救われた。
やっぱりお前なんだな……。
出来る範囲で自分の知る情報を授けてやろう。
何だったら全部話しても良いとすら思えた。
きっとこの子なら事実を知った上で強く生きてくれるだろう……。
「ブォ、ブオ?」
(話は終わったようだな、私の背に乗っていくか?)
「え? 良いの?」
「ブォ、ブオォー」
(その方が早い、それにお前は特別だからな)
「早さなら負けないよ。でも、エフィオンの背に乗れるなんてもう無いかも知れないからね! 是非!」
「ブオ、ブォォォ!」
(早さなら負けぬか、ならば私の本気を見せてやる!)
カイツとフィルのやり取りを微笑ましく見守っていたエフィオンは、二人の会話に一段落が付いたのを確認するとカイツに背に乗れと促した。
エフィオンの言葉を聞くとカイツは目をキラキラと輝かせながら問い掛ける。
確かにエフィオンの背に乗る……何て恐れ多くて誰もした事が無い。
この数千年の間、特に近世では初の出来事であろう。
エフィオンの了承を得るとカイツは彼女の背に乗った。
ヒヒィィーーン!――。そして、カイツが背に乗るとエフィオンは最後にそう告げ、力強い鳴き声を上げ地面を思い切り蹴飛ばし飛翔した。
「おぉーーい馬ぁーーー! テメー
ドォーン!――。エフィオンの地面を蹴った力は凄まじく。彼女が蹴り上げた地面四方は粉々に砕け散ってしまった。
それにバウルは憤慨し、エフィオンに怒声を浴びてせたのだが。幸か不幸かエフィオンは一瞬にしてバウルの声が届かない遥か上空に飛び上がっていた。
もし今の発言を聞かれていたら又面倒くさい一悶着が起こっていただろう……。
「もう余計な事言うなバカウル! 今の聞かれてたら又彼女が怒り狂ってたでしょ!」
「だ、だってよ……、折角王都を守ったのに最後に余計な被害出す何て可笑しいだろ……?」
「守ったも何も元はあんたのせいでしょ! 尚更偉そうに言うな!」
バウルの憤りも確かに分かるが。この状況を作り出したのは間違いなくバウルな為、リザニエルは彼をきつく叱責した。
バウルはリザニエルに怒鳴られると唇を尖らせて子供のように拗ねてしまう。
「それにしても……あの子どうなるのかしら?」
「カイツとチビの事か? ある程度納得したようだったし直ぐに仲直りするだろ?」
「私が言いたいのはそっちじゃないわよ。カイツくん、ちゃんと魔法使いとしての道を歩めるかしら……」
実力は今正に二人が目撃した通りだ。
魔法使いとしてこの世界のトップに居る二人の目からも、カイツの才能は飛び抜けて見えた。
それに加え召喚魔術……。このまま順調に成長したなら間違いなくこの世界で最強の魔法使いに成れるだろう。
「兄貴の息子だ、心配すんな。もし道を踏み外しそうになったらお前達が正しい道を示してやれば良い」
そこにあんたは居ないのね……。
他人事のように告げられたバウルの言葉にリザニエルは思わずそんな疑問を浮かべたが。
言葉には出さず飲み込んだ。
不安はある。
嫌、不安しか無い……。
失われた魔術を使う時点でカイツは際立った存在だ。
この先嫌でも奇異の目に晒されるであろうし、彼の能力を悪用しようと近付いてくる輩は後を絶たないだろう。
特にあの精霊……。
本当に彼がフィルバウルだとするなら尚更案じずには居られなかった。
「あんたって言う前例を見てきたから心配するなって方が無理よ」
だが、今不確定の未来を案じても何も始まらない。
そんな事よりもリザニエルが気にかけなければならないのはこの男だ。
「俺は……まぁ元から規格外だろ? 俺と比べるとあの子が色んな意味で可哀想だ」
「本当にね、あんたは幾つになっても手の掛かる大きな子供だから。面倒見させられるこっちは良い迷惑よ!」
ずっと側に居て、ずっと心配させてくれたら家族としてはそっちの方が遥かに気が楽だと言うのに……。
「その心配もカイツと一戦交えて、実力差のを思い知らせたら無くなる。もう少しの辛抱だ」
この男はこっちの気も知らないで留まる意志を一向に見せようとしない。
ここまで言ってまだ分からないのか!
出ていくなって言ってんでしょ!
いい加減本気でぶん殴るわよ!
何処まで言っても意固地に王都を出ていく事しか告げないバウルにリザニエルは苛立ち思わず実力行使してやろうかとも思ってしまうが。
「カイツ様ぁぁーーー! このアレハ只今駆け付けましたぞーー!」
タイミングが良いのか悪いのか、今まで王都を駆け回り。漸くの思いでカイツ達が交戦する場に最大の馬鹿が姿を現してしまった。
「アレハさん? 王都に来てたの?」
「おうアレハのおっさん、久し振りだな!」
「リザニエルに……、バウルか! 本当に久しいな! と……、今はそんな事を言っている場合では無い!」
アレハが王都に来訪していた事を知らなかったリザニエルは彼が突然現れた事に驚いた。
バウルはバウルで久し振りに会うアレハに笑みを向け、マイペースに挨拶を交わした。
一瞬アレハもバウルのペースに乗せられ世間話でも始めてしまいそうな物言いをしてしまうが。
直ぐに事態がそんな悠長な会話をしている時では無いと思い出し表情を引き締め問い掛けた。
「エフィオンと交戦中だったのだろう? 件のエフィオンは?」
「山へ帰ったわよ?」
「や、山へ帰ったッ! か、カイツ様は?」
「エフィオンを送って行くって一緒に山へ行ったぜ!」
「い、一緒に山へッ! 遅かったかぁぁーー!」
遅かった……、何がだ?
そもそも、このおっさんは何故カイツに様何て大仰な敬称を付けているんだ?
「正か……アレハさん王都の道迷ったの?」
「迷っ……た? それは少し違うな。私が住んでいた頃とは色々勝手が変わっていて、見慣れない街並みに戸惑ってしまっただけだ」
「戸惑った結界遅れたんだろ? そりゃもう道に迷ったって事だろ?」
リザニエルの問いに必死に言い繕おうとするアレハだったが。
普段はボケ倒し、突っ込まれる側のバウルにすら冷静に突っ込まれてしまう。
「いや……、その結果遅れたのだから確かに迷ったと言われても仕方が無いが……」
「言い訳すんな! 男なら胸張って遅れた、そう言って謝れ!」
「す、すまん……。道に迷って遅れてしまった……」
「ったく、何やってんだこの有事に! 本当に大変だったんだぞ!」
「それは、本当にすまないと思っている……」
その有事の元凶はお前が作り出したのだがな?
偉そうに遅れたアレハを叱責するバウルに思わずリザニエルは冷静な突っ込みを心の中で入れてしまったが。
この二人の会話に入ると話がややこしく拗れてしまうのは明白だった為、放置しておく事にした。
「五十を過ぎて道に迷った……、老いぼれ過ぎにも程があるだろ!」
「老いたのは認めるが……、年のせいで道に迷った訳では……」
「だから言い訳すんな! あんたそれでも比類なき破壊者と呼ばれた大魔法使いか!」
「それは過去の話で……、今はしがないギルドマスターだ……」
カイツとフィル、そしてエフィオンが去って行った山の方角を見やりながら。
隣で繰り返されるバカ二人のしょうもない会話を流し気味に聞きながらリザニエルは黄昏れていた。
この先一体どんな未来が待っているだろうか?
「ハハハ、そうか! もしかして第三形態とは神への昇華なのか? 君は神になるつもりなのかカイツくん!」
そして、その傍らではブツブツとゼーゲンが独り言を呟き。
混沌とした光景が広がっていた。
それは正に、先の見えない未来を暗示しているようで。尚更リザニエルの胸を締め付けた。
「って! これどう言う状況よ! テメーが偉そうに人を非難するなバカウル! アレハさんもこんなバカに責められてしおらしくしない! そしてゼーゲンさんは早くこっちに戻って来てぇーーー!」
のだが、直に今置かれる状況が余りにも可笑しな事に気付き。彼女は今まで我慢していた突っ込みを入れてしまった。
リザニエルの悲痛な突っ込みが響き渡る中、こうして史上最強の魔法使いが初めて歴史の表舞台に現れた事件は終わりを向かえた。
この後アレハがカイツと顔を合わせるのは更に数日後の事であり。
全てが終わりを向かえた後の事だった。
漸く帰還した暴王との日々。
その束の間の日々が又終わりを向かえるのはこの直ぐ後の事だった……。
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