第13話「口は災の元」

「スパーク!」



 バチバチッ!――。カイツが魔術名……、嫌それは動作の総称でしか無いのだが。

 彼が言葉を叫ぶと、彼の体を包む電撃が一際眩く弾け。次の瞬間には数十メートルの距離を瞬時に移動していた。



「ショット!」



 エフィオンの至近距離に近付くと今度はエフィオンに向かい手を翳しそう叫んだ。

 バリバリッ、ボフッ――。カイツの翳した手からは4つの光球が瞬時にエフィオンの頭上に向かって放たれた。



「ライトニングバースト!」



 そして、彼が魔術名を叫ぶと4つの光球は弾けエフィオンの周囲を包むように電撃の壁を作った。


 本来は敵となる対象に直接放ち電撃と光球が弾ける衝撃波で相手にダメージを与える魔術だったが。

 それを応用し、電撃で壁を作りエフィオンの行動を制限する目的でカイツは使用した。



「ブォ……」

(小賢しい……)



 しかし、その程度の魔術で足止め出来る程世界最強の魔獣は生易しくは無く。

 ドンッ――。唐突に前足を上げたかと思うと、エフィオンは上げた足を力強く大地に叩きつけ。そこから生まれた衝撃だけでカイツの放った魔術を相殺してしまった。



「うわ……、結構本気で放った魔術だったのに魔力も使わず蹴散らされる何てショックだな……」


「モキュキュ、モッキューモキュモキュー!」

(何が本気だよ、俺達の本気はこんなもんじゃないだろ!)


「ふふ、そうだね。さぁ、ガンガン行こうか!」



 人間に危害を加える意志は無いのは分かってはいるが。相手は世界最強とまで言われる魔獣。

 無造作に放った攻撃を喰らっただけで人間には致命傷になる。


 死……。目の前の魔獣が少し本気を出しただけで人間など簡単に命を奪われてしまう。

 並の魔術師ならその事実に及び腰になって当然だと言うのに。

 カイツとフィルはエフィオンとの攻防を楽しげに繰り広げていた。



「ライトニングブラスト!」



 ブオッ――。小細工を弄したとて足止めにもならない事を悟ったカイツは、攻撃魔術を放つ事に胸を締め付けられながら。直接的な攻撃に切り替えた。

 カイツが魔術を唱えると、今度は球状では無く激しい雷の塊が作り出され。エフィオンに向かって放たれた。



「ブォォォーーーーー!」

(小賢しいと言っているだろう!)



 魔術士――、嫌魔法使いから見てもカイツの放った魔術は上位に位置し。

 かわす事も、防ぐ事もそこいらの魔法使いでは不可能だと言うのに。

 エフィオンは自身の前方に光のバリアを作ると、意図も簡単にカイツの魔術を無効化してしまった。



デコイだよ、ごめんね……」



 人間とは比べ物にならない強大な魔力を有しているからなのだろう。エフィオンには傲りがあった。

 単調な魔術ばかり使うカイツの攻撃に苛立ちを覚えた事も手伝い、自分に向けられた魔術を防ぐ事ばかりに気を取られていたエフィオンは、容易くカイツに接近を許してしまい。

 彼の言葉が聞こえ、彼の真の目的に気付いた時には既に手遅れであった。



「ライトニングボルト!」



 ドォーン!――。凄まじい衝撃だった……。

 エフィオン自身本気で放って無かったとは言えエフィオンの魔術を軽々と弾いたカイツの魔術。それを至近距離で喰らってしまった。


 一瞬意識が遠退いた。リザニエルの攻撃を喰らった時は単にバランスを崩しただけだ。

 その時とは違い、今回は意識が飛びそうになった。体勢を崩し危うく倒れそうになってしまった。


 ザッ――。その事実に驚愕しながら、エフィオンはプライドに突き動かされ、崩れ落ちてしまいそうな既の所で踏み止まった。



「ブォ……、ブォォー?」

(すまない少年……、名は何と言う?)



 気は引けていた。致命傷を負わせる事に躊躇いを覚え加減して放った。

 とは言え意識を断つつもりで打った自分の魔術を喰らっても立ちはだかるエフィオンに、カイツは少なからずショックを受けてしまった。



「フィル、エフィオンは何て言ってるの?」


「モキュモキュ」

(お前の名前を聞いてるんだよ)


「僕の名前?」



 追撃は予測の中には無かった。

 自分が使える魔術の中で二番目に威力の高い魔術を受けておきながら平然と立っているエフィオンに驚愕しながら。

 エフィオンが何故か攻撃では無くこちらに語り掛けて来ているように感じたカイツはフィルにその言葉の意味を問い掛けた。

 するとフィルは予想もしていなかった言葉を告げた。


 何故今頃になって人間の名前などを聞きたがっているのだろう。

 余裕だろうか?

 自分の魔術が通じていない事に驚愕を覚えていたカイツは、少し小馬鹿にされているような感覚を抱きながらもエフィオンの求めに応じた。



「僕はカイツ」


「ブォ? ブォッ?」

(カイツ? 姓は?)


「姓は無いよ、僕が姓を名乗って良いのは約束の地だけでだ。どうしても聞きたいなら力尽くで聞き出してみてよ」



 名前だけを語ったカイツにエフィオンは姓を問い掛けたのだが。

 エフィオンの言葉の意味は分からずとも、何となく何を問い掛けているのか予測が出来たカイツはフィルに訳して貰う事も無く。

 矢継ぎ早にエフィオンの問に答えた。


 カイツの返答を聞くとエフィオンは目を丸くした。

 今この少年は何と言った?

 正か、カナンの名を口にしたのか?


 エフィオンクラスの魔獣になれば約束の地の事は知っていた。

 嫌……、過去約束の地に関わっていたのだ。


 約束の地が外界から閉ざされ数千年が経つ。それ以来約束の地の住人とは一度も会った事が無い。

 数千年の間カナンの民は自身の領地から一歩も外へ出ていなかったのだ。

 それくらい閉鎖的な村であり。そうしなければならない秘密を守り続けているのだ。



「ブォー、ブオブオブォーーッ、ブォ、ブオブォー、ブォォー」

(面白い子供だ、魔王の器への怒りで我を忘れ軽んじてしまった非礼を詫びよう。カイツ、君は強い魔術士だ。だから少し本気を出す事にする)



 カイツが約束の地の民である事を知るとエフィオンは笑みを溢した。

 既に完全にチャンネルが閉じられた闇魔術を使う事に違和感を覚えてはいたが。

 約束の地の出身なら納得が出来る。


 そして、約束の地の住人なのなら頭の上のあのチビは本当にフィルバウルなのだな……。

 この時になって漸くエフィオンはフィルの存在を認めたのだが。

 二人の間には未だフィルが語っていない遺恨があった。だからバカ正直にフィルバウルだと認めあのバカ猿を喜ばせるのが癪だった為、エフィオンは敢えてフィルを無視して話を進めた。



「モキュー、モキュキュッ。モッキュモキュモキュ。モッキャー!」

(本気になるってよ、言っとくけどカイツ。あいつの本気の攻撃を喰らったら幾ら俺達でも一瞬で消し飛ぶからな。気合入れて行くぞ!)


「き、気合い入れて行くぞじゃないよバカ! こんな所で本気出されたら街がメチャクチャになるだろ!」


「モ、モキャー!」

(そ、そうだった!)



 エフィオンの宣戦布告を聞くと、フィルは今までのテンションのまま臨戦態勢に入れと指示をしたのだが。

 そもそも、バウルが結界フィールドを張るまでエフィオンを食い止める事が二人の役目であり。

 本気など出されたら今までの時間稼ぎ全てが無駄になってしまう。


 第三形態になるか……、第三形態になれば幾らでも応戦は出来る。

 だが、ここは人家が密集する街中だ。こんな所で第三形態になってしまったら建物は元より何人の死傷者を出すか分かったものでは無い……。



「ブォォォーーーーーーッ!」

(行くぞカイツ!)


「モキャーーーーーッ!」

(来るなバカーーーーーッ!)



 エフィオン自身久しく見なかった強者を前にし興奮してしまっていた。

 人間に何れだけの被害をもたらせてしまうのか、そんな思考はすっかり頭の中から消え失せてしまい。

 自分の攻撃にカイツがどう対応してくるのか、してくれるのか。胸を踊らせながら先程と同じように前足を高々と上げると。

 今度は先程の比にならない程力強く大地を蹴り、本気の一撃を繰り出してしまった。


 ライトニングボルトで弾く――、それは無理だ……。

 エフィオンの攻撃は余りにも広範囲で、直線的で一点に魔力を集約するあの魔術では自分は助かったとしても被害を抑える事は出来ない。


 それなら、カイツが使える最強にして最高の魔術を使う他無い……。

 被害は出てしまうだろうが、この威力の攻撃を相殺させるにはそれしか残された道は無い。


 ただ、もし使ったとしたらフィルへの負担は計り知れないものになる。

 恐らく数日……、下手をしたら数週間フィルが行動が出来ない程の魔力を消費してしまう。


 ごめんフィル――。


 事態は一刻を争う。フィルに了承を得ている時間はもう無い。

 だからカイツは心の中でフィルに謝罪し、魔術を放つ決心を固めたのだが。



「リジェクトォーー!」



 ブォンッ――。彼が魔術を口にするよりも早く一際力強い声が響いたかと思うと。

 その声と同時に、一瞬にしてカイツ達の周囲数キロが結界フィールドで覆われた。



「チャージ!」



 バウルが結界を張った。

 それを認識するとカイツは臨戦態勢を解き、即座にエフィオンと距離を取った。


 ドォーーン!――。エフィオンの放った一撃は凄まじく。

 爆風に近い衝撃波が瞬時にして拡散し、エフィオンの周囲全ての建造物を打ち壊した――。

 となる予定だったのだが、バウルが張った結界のお陰で建造物には一切の被害は出なかった。



「ブォ……ブォォ?」

(正か……結界なのか?)



 自分が本気の攻撃を繰り出したと言うのに。エフィオンの周囲にはまるで何事も無かったかのように建造物は崩壊する事も無く、傷一つ付く事も無く。

 エフィオンが攻撃を放つ前と全く変わらない無傷の状態で聳え立っていた。


 その事実にエフィオンは驚愕した。

 結界とは本来術者の周囲を術者の魔力で包み、術者の魔力消費を円滑にする為の補助魔術だ。

 無論魔力で周囲を包む以上、発動範囲内に多少のダメージ軽減は付与する事が出来るが。

 ここまで見事に結界フィールド……、嫌これはもう防御壁バリアだ。


 発動範囲に全くの被害を与えない強力な結界など見た事も無ければ聞いた事も無い。

 驚愕する他無い。驚異的な魔術だった。



「ハハハッ、驚いたか馬野郎! 俺の結界を舐めんなよ!」


「偉そうに言うな! 結界を張るまで5分21秒も掛かったじゃないの! 約束通り後でたっぷり231発殴らせて貰うから覚悟してなさいよ!」



 自分の攻撃が通じない程の結界に驚愕するエフィオンの対しバウルは自慢げに吐き捨てる。

 まぁ、確かにこれ程の結界は自慢して良いレベルだ。

 カイツもエフィオン同様驚きを隠せなかった。


 人間が使えるレベルの魔術の範疇を明らかに越えていた。

 魔王の器、何故フィルとエフィオンがバウルに執着するのかその理由が漸く分かった。


 だが、今回の問題はバウルの結界でもその発言でも無い。

 バウルの後に続けられたリザニエルの言葉だ。



「リズ……お前正気か?」


「は? 何よ、今になって殴られるのが怖くなってすっとぼけようって言うの?」


「いや、そうじゃねぇー。5分21秒時間を要したって言うならサービスの30秒を引けば4分51秒だ。秒数に直したら291秒なんだけどな……」



 そう、リザニエルは単純計算をミスしていたのだ。

 バウルの指摘を聞き、その哀れむような悲しい眼差しを見るとリザニエルは途端に顔を真っ赤に染めた。

 231発だとしたら4分21秒になってしまう。


 普段はバウルをバカだバカだと罵る癖に、そんな単純計算を間違えてしまったリザニエルをバウルは蔑みとも言っていい冷徹な眼差しで見つめていた。



「バ、バッカじゃないのあんた! さ、ささ、サービスしてあげたんでしょ!」



 ああ、必死に誤魔化そうとしているよこの人……。


 リザニエルの幼稚な言い訳を聞くと、カイツもバウル同様に哀しい眼差しでリザニエルを見やった。



「か、カイツくんまで何て目で見てるのよ!」


「いや……、リザニエルさんは優しいんだなと思って……」



 カイツにまで明らかな軽蔑の視線を向けられている事に気付いたリザニエルは、慌てて取り繕おうとしたのだが。

 そんな彼女にカイツは慰めの言葉を掛けてやった。


 一回り以上年下の少年に気遣われた。それが何よりも彼女の心を抉った……。



「ブォ……ブオ?」

(馬……野郎だと?)



 バウルが結界を張り被害を抑えられた。

 その事実に緊張が弛緩した三人は他愛ない会話をしてしまった。

 しかし、バウルの発言で機嫌を損ねた者が居た。

 勿論それはエフィオンだった。



「モキュ、モキューーー!」

(不味い、落ち着けエフィオン!)



 エフィオンの感情の変化に逸早く気付いたフィルがエフィオンを宥めようと試みたが、時既に遅かった。



「ブオォーー、ブオオォォォーーーー! ブォォォーーーーッ!」

(言うに事欠いて馬野郎とほざいたか魔王の器、私は女だ! やはり貴様だけは冥土に送ってやる!)



 エフィオンは今まで以上の雄々しい雄叫びを上げた。

 雄々しい……、それはエフィオンには失礼な言葉だ。

 何と言ってもエフィオンは女なのだから……。



「ど、どういう事フィル! 何でエフィオンは怒ってるの?」


「モキュゥ……、モキュモキュー、モッキューキュー」

(それはエフィオンが女だからだ……、昔からアイツ見た目がゴツくて男と間違えられて、その度にキレまくってたんだよ)


「え、エフィオンの性別雌なの!」


「モキュッ! モッキュキュッ! モキャーーーーーッ!」

(カイツ! 雌って言い方はやめろ! 男扱いするより怒るから!)


「わ、分かった……、気を付けるよ」



 エフィオンには他の誰にも理解して貰えない苦悩があった。

 それが見た目で性別を誤認されてしまう事だ。


 人間よりも遥かに長命で、何千年も生きている魔獣とは言え。

 人間で考えればまだ妙齢の婦人なのだ。

 男に間違われる事が何れだけ不名誉で、何れだけ憤りを覚える事か……。


 彼女と密接に関わって来たフィルだからこそ、馬だけでも酷い罵倒だと言うのに、野郎も付けて馬鹿にされた彼女の憤りが理解出来た。

 更にカイツが男扱い以上の禁句を口にするものだから慌てて制止した訳だが。


 フィルの注意を聞いたカイツはフィルの言葉に大人しく従ったのだが。

 それを聞いていた、恐らくはこの場で一番のバカが言ってはならない事を叫んでしまった。



「何ぃーーー! あの馬メスなのか!」


「モキューー! モッキューーー!」

(バカーー! だからそれを言うなーーー!)



 そうバウルだ。

 フィルとカイツの会話を聞いていた彼は心底驚いたようにエフィオンには言ってはならないとフィルが忠告した言葉を叫んでしまった。


 リザニエルもバカなら、バウルは更にその上を行く超弩級のバカだった。



「ブォー、ブオォーー! ブォォォォーーーー!」

(魔王の器、最早貴様を許す事は出来ぬ! 塵も残さずこの世から消えて無くなれ!)



 バウルの叫びを聞いたエフィオンは当然のようにキレた。

 我を忘れたエフィオンは此処が王都である事を忘れ、全身に魔力を貯め周囲一帯をバウルもろとも消し去ろうとした。


 エフィオンの体から放出された魔力は想像を絶し。

 まるで暴風のように周囲に居たカイツ、バウル、リザニエルの体に襲い掛かった。



「な、何て魔力だ!」


「今までは児戯だったって事ッ?」



 傍らにある建造物にしがみつかなければ姿勢を維持する所か吹き飛ばされてしまう程強大な魔力だった。

 これが世界最強と謳われる魔獣の本気……。


 足止めをする?

 結界を張ったから食い止められる?


 烏滸がましすぎた、浅はか過ぎた……。

 人間では到底歯が立たない。例え第三形態になってもこの魔力量で放たれる魔術を防ぐ事は不可能だ。



「グォ……」

(いい加減にしろ……)



 幾らバウルの結界が常識を遥かに越えていようと、それは人間の範疇の話であり。

 エフィオンが本気で繰り出そうとする魔術の前では無意味に等しかった。


 死……、死ぬのか?

 先程までとは違う本当の死がカイツの脳裏に過った。

 このままエフィオンが魔術を放てば王都は元より、周囲数十キロは跡形もなく消し飛んでいた事だろう。

 有史始まって以来最大にして最悪の災害が起ころうとしていた……。



「グォォォーーーー!」

(フラニスの故郷を破壊しても良いって言うのかエフィオン!)



 しかし、そんな未曾有の災害を防ぐ雄叫びが周囲に響き渡った。

 低く、重く、エフィオンとは全く違う大地を揺るがす程の雄々しい咆哮だった。



「ブォ……?」

(フィルバウル……?)



 懐かしい……、嫌忌々しいとすら思える咆哮だった。

 過去何度この声を聞き、過去何度この声に苛立ちを覚え、過去何度この声の主と不毛な闘いを繰り広げて来た事か……。


 遺恨しか無い、正直二度と会いたくないレベルで嫌っていた男だ。

 そんな男の言葉で正か自身の過ちに気付かされる日が来るとは……。


 その声で、その言葉で正気を取り戻したエフィオンは。その声のした方、旧友にして仇敵とも言える男に視線を向けた。

 するとそこにはそれまでよりも遥かに強力な魔力を放ち、カイツの頭の上でエフィオンを睨み付けているフィルがいた。



「フィル……今のどう言う意味?」



 普段モキュモキュと愛らしい鳴き声しか上げぬフィルとは思えぬ野獣のような叫び声に驚いていた。

 彼がここまで怒りを剥き出しにする姿を見た事も無く、その事実にもカイツは驚愕していた。


 しかし、それ以上にフィルが知らぬ筈の始祖の名を彼が口にした事に何よりもカイツは驚きフィルに問い掛けたのだが。

 エフィオンの凶行に我を忘れたフィルはカイツの問にも気付かずエフィオンに吐き捨てる。



「グォォ、グォォォーーーー!」

(お前はバカか、お前と魔王の器との因縁は知っているがやって良い事と悪い事があるだろう!)


「ブォ……ブオォォ」

(すまない……我を忘れて取り返しのつかない事をする所だった)


「グオッ! グオォォォッッ!」

(すまないじゃ無いこのバカ! フラニスが今のお前の姿を見たら悲しむぞ!)


「ブオォォォ……、ブオォ。ブォォーーー……」

(フラニス様の名前は出さないでくれ……、私が全て悪かった。非を認め交戦はやめるから……)


「グオ?」

(本当だな?)


「ブォ、ブオォォォーー」

(ああ、フラニス様の名に誓って約束する)



 突然のフィルの鳴き声の変化。

 彼の叫びを聞いた途端膨張させていた魔力を一瞬にして解いたエフィオン。

 先程まで怒りに狂い、冷静な対話など試みようともしなかったエフィオンがフィルと対話をする姿。


 二人の会話が全く理解できないバウルとリザニエルは何が起こったのか分からず困惑する他無く。

 フィルの言葉だけは理解出来たカイツは彼が信じられない名前を幾度も口にする事実に言葉を失っていた。



「モッキュ、モッキューーー?」

(なら良い、俺の事もフィルバウルだって分かってくれたんだな?)


「ブォ、ブオォォーー」

(少し前、その子が本気で魔術を放った時に気付いた)


「モキュ! モキャーーーーー!」

(大分前じゃ無いかバカ! 気付いてたらもっと早く言え!)



 エフィオンが平静を取り戻した事を確認するとフィルは何時もの鳴き声に戻った。

 それからは旧知の中が理解出来る程、和やかな会話をした後。漸くエフィオンを鎮める事が出来たと深い溜め息を溢した。


 ここで話が終われば全てが丸く収まった。

 最終的にフィルのお陰で事なきを得た。

 通常ならばフィルは褒め称えられただろう。感謝もされただろう。

 覗きの一回や二回くらいは大目に見てもらえたかも知れない。

 しかし、余計な事を口にしてしまった。今までカイツには隠していたフラニスの話を出してしまった。


 それによって話がややこしい方向に拗れてしまう事になるのだから。

 哀れフィルバウル……。

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