第12話「劇的な皮肉」

「もう、どうなってんのフィル! 全然聞く耳持ってくれないじゃないか!」


「モ、モキュゥ……」



 カイツは怒っていた。

 誰にか、それは勿論フィルにだ。


 あの後自身の魔術を弾いた者が何者か確認する為に姿を現したエフィオンに、フィルはさも親しげに会話を試みたのだが。

 フィルの姿を見ても、彼の言葉……と言うよりは鳴き声を聞いてもエフィオンは無反応であり。


 見た目が小さな猿であるフィルは完全に無視され、エフィオンは視界の先に居たバウルに対し猛然と襲い掛かって来たではないか。



「モキュモキュ……、モキュキュモキュー」


「今の姿じゃ分からないって……、前言ってた本当はフィルは大猿って話?」


「モキュッ」


「そうだじゃ無いよ! なら何で対話で解決出来るって大見得を切ったんだよ! これなら即座に逃げてた方が穏便に事は済んだだろ!」


「モキュゥ……」



 本当に、本ッッッ当にこのクソ猿は頼りにならない!

 下手にバウルを視界に収めてしまったものだからエフィオンの怒りに拍車を掛ける結果になってしまった。


 何が旧知の仲だよ!

 偉そうに互角だ何だとほざいておいて、今は全くエフィオンの眼中に入っていないでは無いか。

 何処まで見損なわせれば気が済むんだこのアホ猿は。

 姿で判別出来ない何て少し考えたら分かるだろう!



「おい、どうすんだコレ! 王都まで来ちまったぞ!」


「偉そうに言うな! 元はアンタがエフィオンに近付き過ぎたからでしょうが!」



 とんでもない事態に発展してしまった。

 山中でエフィオンを食い止められていれば良かったが。バウルを視界に収めてからのエフィオンの猛攻は凄まじく、臨戦態勢に入るのが遅れたと言う事もあるが。

 三人と役立たずの一匹は防戦に回るのが手一杯で、殆ど弾き飛ばされる形で王都まで飛来してしまった。


 全ての元凶のバウルは慌てて無責任な物言いをするが。彼を必死に静止していたリザニエルに諌められてしまう。



「んな事言われてもアイツが意味不明に俺の事を毛嫌いするんだからしょうがねぇーだろ!」



 確かにバウルからしてみれば初見の時から突然襲い掛かられ、半殺しにされた嫌な思い出しか無い相手だった。

 何故此処まで目の敵にされ嫌われるのかその理由が分からず憤慨するのも無理は無かったが。

 勿論エフィオンが彼をここまで敵視するのには深い理由があった。



「日頃の行いが悪いからじゃないですか?」


「日頃の行いが良かった時から嫌われてんだよ! 適当な事言うな!」



 カイツにはエフィオンがバウルを嫌う理由が何となく分かっていた。

 前にフィルが語った魔王の器が関係しているのだろう。


 それをバウルに伝えてやれば円滑に話は進むのだが、フィルからその話は本人に告げないように頼まれている為適当な事を言ってバウルの注意を反らした。


 本人もきっと聞きたくは無いだろう。

 魔王の器を持っていると言う事はこの世界を破滅させる力を有しているのと同義なのだから。

 過去、バウルと同様に魔王の器を有しこの世界を破滅させようとした魔術士が幾人も居たのだから……。



「無駄口叩くなバウル! 先ずはエフィオンを鎮める術を考えなさいよ!」



 ギャーギャーと騒ぎ立てるバウルにリザニエルは余計な事ばかり喚くなと彼を一喝した。



「わ、分かってる! とりあえず結界フィールドを張る。30秒稼いでくれ!」



 リザニエルにどやされるとバウルは時間稼ぎを彼女に頼んだのだが、バウルの発言を聞くとリザニエルは怒りを爆発させた。



「30秒って鈍り過ぎにも程があるでしょ! 全盛期のアンタなら一瞬で張れたじゃない!」


「この3年全く魔術使って無かったんだから仕方ねぇ―だろ! 一週間にも満たない修行でそんな長期間のブランク埋められる訳がねぇー!」



 以前の彼ならリザニエルが怒鳴ったように結界くらい一瞬で張れた。

 彼が使う無属性魔術は属性魔術と違い詠唱が要らないからだ。

 しかも、属性魔術を使う人間に比べ精霊に流れる魔力が無い分純粋な魔力のみで張られるバウルの結界は強大で強固だった。



「ったく、一週間近くアンタに時間割いてやったんだから勘ぐらい早く取り戻しなさいよ! 30秒よ、それ以上時間が掛かったら1秒に付き一発ぶん殴るからね!」



 例え時間が掛かったとしてもバウルが結界を張れば街への被害を軽減させられる。

 その間エフィオンを食い止めるくらいならリザニエルクラスの魔法使いならば余裕では無いにしろ不可能でも無かった。


 嫌、そもそもリザニエルさんが結界を張れば良いんじゃないですか?


 二人の会話を聞いていたカイツは思わずそんな無粋な事を考えてしまったが。

 彼女が火属性の魔法使いである事を知っていた為余計な事を言うのは謹んだ。


 結界は補助魔術に属している。

 何故かは分からないが、火属性の魔術師と魔法使いは補助魔術が不得手な人間が殆どだった。


 その代わりに火属性は五大属性中最も攻撃威力が高いと言う利点があるのだが。

 その辺りの補足は又別の機会に記すとする。


 リザニエルが本気を出す。

 彼女の言葉でそれを察したカイツは内心胸を踊らせた。

 漸くこの世界でトップクラスの魔法使いの魔術が見られる。


 彼女がどんな詠唱をするのかにも興味津々だった。

 詠唱は術者のセンスが問われる。基本的に詠唱の言葉など何だって良い。

 詠唱の長さが魔術の威力を決めるのであって、言葉自体にはそれ程の重要性は無かった。


 だからこそ、使用者の感性が試される別の意味で最も重要な選択と言える。

 彼女は一体どんな詠唱をするのだろうか……。

 父の弟子なのだ。理論づいたそれはそれは流麗な語句を用いるのだろう。



「さぁ、私の可愛い可愛い精霊ちゃん。今日も私に貴方の力を貸して頂戴!」



 しかし、現実は違った。

 いざ彼女が口にした詠唱を聞くとカイツは顔を引き攣らせてしまった。

 何て稚拙で単純明快な詠唱なのだろう……。


 詠唱の言葉自体に意味は無いとは言え、ここまで端的な詠唱は初めて聞く。

 しかも、彼女はこの国有数の魔法使いであり。カイツでも勝てないかも知れない、そう思える程の猛者だった。


 そんな魔法使いの詠唱がこんな安易な言葉で良いのだろうか……?


 一瞬、リザニエルに対し「正気ですか?」と本気で突っ込みを入れたくなったカイツだったが。

 彼女の詠唱を聞いている最中、結界を張り始めたバウルと目が合うと。彼が悲しげな視線でカイツを見つめながら、そっと首を横に振った仕草を見た時カイツはそんな無粋な突っ込みを内心に止めておく事にした。


 バウルの顔が、物悲しい彼の佇まいがリザニエルをより哀れに写した。

 きっとカイツが生まれる以前に一悶着あったのだろう……。



「悪いけどエフィオン、ちょっと痛いけど我慢してね! フレア・パーンチ!」



 ふ、フレア・パンチ……。詠唱だけでは無く魔術名も何てストレート何だ……。

 思わず苦笑いが出てしまう程もど直球なネーミングセンスだった。



「ブォーーーー!」



 しかし、そんな安易なネーミングのリザニエルの魔術……と言うより最早火を纏っただけのただの右ストレートを喰らうと。

 エフィオンは一際大きな咆哮を上げ地面へと横たわった。


 ドシーン――。バウルにばかり気を取られていたエフィオンにも油断があったのだろう。

 地鳴りを上げ倒れ込んだ後、暫しエフィオンはピクリとも動かなくなった。



「どんどん行くわよ! もっともーっと力を頂戴!」



 正か倒したのか?

 それまで暴れ狂っていたエフィオンが動かなくなった様を見ると、思わずカイツはそう考えてしまったが。

 死線を潜って来た経験の差でリザニエルはまだエフィオンを無力化するに至って無い事を悟り、追撃の手を緩めず二の矢を放とうとする。

 ブンッ――。だが、リザニエルが次の攻撃を放つ前にエフィオンの頭上に光球が現れた。


 不味い、まだ詠唱が終わっていない。

 今の間合いではエフィオンの攻撃を防ぐ事が出来ない……。



「リフレクション!」



 流石はこの世界最強と言われるだけの魔獣。

 詠唱無しに瞬時に魔術を使用してくる。


 詠唱をしなければならない分初動で遅れを取ったリザニエルは一瞬最悪の事態を覚悟したが。

 突然響いた魔術名に、此方にも詠唱無しに魔術が使用出来る少年が居た事を思い出し頬を緩ませた。


 パン――。カイツが魔術を唱えたと同時にエフィオンが作り出した光の球は先程と同様天高くに弾き飛ばされ、数秒の待機時間の後閃光を放ちながら爆発する。


 リフレクション、反射させたと言う事か?

 雷属性にはそんな便利な魔術があるのかと、リザニエルは初めて見る属性の魔術に感心しながら彼の隣に駆け寄った。



「カイツくんやる〜」


「雷の特性を利用しただけですよ。一点に集中させた魔力なら幾らでも弾き飛ばせます」


「またまたー、謙遜しちゃって。カイツくんとフィルくんは相性も息もピッタリね。見ていて惚れ惚れするくらい魔力供給が円滑だわ」



 少しだけ茶化しながらもリザニエルは内心驚嘆していた。

 何故カイツが詠唱無しで魔術を使えるのか、その仕組みは数度魔術を使用する姿を見て悟った。


 彼の頭の上、常にカイツと行動を共にするフィルから魔力が送られているのだ。

 通常なら詠唱で練る筈の魔力がフィルから供給される事によって詠唱という一動作を簡略化している。


 ゼーゲンの話を聞いてカイツが召喚魔術を使う事は知っていた。

 正直それを聞いた時はゼーゲンが柄にも無い冗談を言っているとも思ったが、彼等の魔力の流れを見て真実だったのだと改めて驚愕した。


 シングルアクションとダブルアクション……、嫌ここまで来るとサブマシンガンと形容しても良い。銃で言うならそれくらいの違いがある。

 無論、詠唱を唱える事は撃鉄を起こす程度の短い所作では済まない。

 長ければ長い程魔術の威力が爆発的に上がるのだから。そんな時間の浪費でしか無い詠唱を簡略化出来、しかも最大詠唱時の魔術すら即座に使えると言うのだから最強とすら思えてしまう。


 この少年を初めて見た時から年不相応な不思議な余裕を感じていたが。

 こんな奥の手を隠していたのなら彼女が感じた余裕にも頷けた。


 ゴン、ゴン――。この少年が居てくれたら時間稼ぎなど幾らでも出来る。

 そう安堵しかけたリザニエルだったが、聞き慣れぬ異音が響き何の音かとその音のする方を見やると。

 そこには、自分の攻撃を喰らった上で見た目上無傷。何事も無かったかのように既に起き上がり、前足で地面を蹴りながら鼻息を荒げるエフィオンの姿を見て寒気を覚えた。



「怒ってますね……」


「みたいね、カイツくんが感じた以上の威力で殴りつけたからそれに腹を立ててるんだと思うわ」



 正直、エフィオンが無傷な事にリザニエルはショックを受けた。

 加減はした、ただ相手が世界最強と言われる魔獣なのだから人間なら即死レベルの攻撃は加えた。

 それなのに平然としているエフィオンを見てこんな怪物を抑えると安請け合いした自分の浅はかさを悔いた。



「もう30秒は経ってますよね?」


「42秒ね、まだまだあのアホは時間が掛かりそうだから。しっかりカウントして後で袋叩きにしてやるわ」



 30秒、そう大見得を切った筈のバウルはまだ結界を張る様子が無い。

 それに気付きながらカイツが恐る恐るリザニエルに問い掛けると、彼女は完璧に秒数を数えているらしく怒気を孕ませながら吐き捨てる。


 1秒で1発……、この調子だと何百発殴られる事になるやら……。



「フィル、本当に対話じゃエフィオンを鎮められないの?」


「モキュゥ……」



 限界だった。人間にもエフィオンにも被害を与えず食い止めるのはこれ以上は無理だ。

 どちらか片方の被害、特にエフィオンを殺す気で挑めば後何十分でも時間稼ぎなど出来ただろうが。

 極力誰も傷付かない事態の終息を向かえたかった。


 だからカイツは祈るようにフィルに懇願した。

 フィルも自分が大見得を切ったせいで現在の最悪の事態を招いた罪の意識があった。



「モキュー! モキュモキュー!」

(エフィオン! 俺だフィルバウルだ!)



 人間にはモキュモキュ鳴いているようにしか聞こえなくとも、相手が魔獣なら言葉は通じる。

 言語を理解すると言うよりも、鳴き声の起伏で意味を察知する能力が魔獣は頭抜けて高いのだ。


 それを理解しているからこそフィルは声を張り上げてもう一度エフィオンに語り掛けた。



「ブォ、ブォーーーー!」

(笑わせるな、小猿風情があの男の名を口にするな!)



 しかし、それも徒労に終わった。

 フィルの言葉を聞くとエフィオンは怒声を浴びせる。


 どうして分かってくれない?

 どうして気付いてくれない!



「モキュッ……、モキュモキュモッキュー!」

(カイツ……、あんな奴殺っちまおうぜ!)



 段々腹が立って来た。

 頑なにフィルバウルである事を信じてくれないエフィオンのせいで自分はカイツに怒られた。

 立つ瀬が無いくらい糾弾された。


 そう言えば昔からあいつは頭の固い奴だった。

 応用力が無いと言うか、自分が信じた事以外頑なに許容しようとはしない。

 だから友人では無く腐れ縁止まりだったのだ。


 意固地とも言えるエフィオンの態度に憤慨したフィルは、思わずカイツに不穏な提案をしたのだが。



「バカ! そんな事出来る訳無いだろ!」



 結局又怒られてしまった訳で、あの頑固者を説き伏せない限りフィルが責められない結末など訪れはしないのだ。



「モッキュッ! モキュキュッ!」

(何でだよ! あんな奴どうなっても知るかよ!)



 最早過去の関係など忘れ、エフィオンへの半八つ当たりに近い怒りを抱き憤慨する事しか出来なかった。



「ブオッ、ブオォォー」


「モキュッ?」


「どうしたのフィル? エフィオンは何て言ってるの?」



 フィルが何者なのか信じられずとも、言葉が通じる事が分かったエフィオンは唐突にフィルに語り掛ける。

 エフィオンの言葉が分からなくともフィルの言葉は理解出来るカイツは「何だってッ?」そう驚いたフィルにエフィオンが何と言ったのか問い掛けた。



「モキュ……、モキュモキュ。モキュキュキュモキュー、モキュモキュキュキュッキュ……」

(それは……、バウルを差し出せって。他の人間を傷付けるつもりは無い、魔王の器だけを殺せればそれだけで良いって……)


「そう……、ならもう差し出そうか?」


「モキャー! モキャキャキャッ!」

(バカー! そんな事したら魔王様の逆鱗に触れるだろ!)



 段々と回りくどいやり取りが煩わしくなってきたカイツは、先程のフィルと同様不謹慎な提案をしてしまうが。

 カイツの言葉を聞くと今度はフィルが憤慨した。


 流石に魔族側の魔獣……、嫌精霊だけの事はある。

 例えチャンネルを閉じられその力が使えなくとも、魔王に縁がある者を見捨てようとはしない。

 見捨てた事を知られたら後で何をされるか分かったものでは無いから……。



「冗談だよ。誰も死なせないし、誰も傷付けさせない。それはエフィオンも同じでしょ?」


「モ、モキュゥ……」

(それは、そうだけど……)


「腐れ縁と言いつつ本当は友達何でしょ? フィルの友達は僕の友達だからね。少し……本気を出そうかフィル」


「モキュ?」

(カイツ?)


「第二形態だフィル。バウルさんが結界を張るまで全力で足止めするよ!」


「モッキュー!」

(了解だぜ!)



 あぁ、何て愛らしいやり取りなのだろう……。

 カイツとフィルのやり取りを側で見ていたリザニエルは一人悶えているのだが、この際そんな話は無視するとして。


 カイツに促されるとフィルは一際大きな声で鳴き、カイツの頭の上で中腰になると彼の体から夥しい電撃が走り始めた。



第二形態ライトニングフォーム!」



 そして、カイツが第二形態への変容を唱えると。まるで通電するかのように、フィルの体外に迸っていた電光がカイツの体に伝わって行った。



「リズお姉ちゃん、今の僕の体は常時魔術を放っている状態ですから近づかないで下さい」



 バチバチッ――。カイツの体を電撃が包んでいた。

 爆発的に魔力量が増加した訳では無い。見た目上も電撃が走っている以外変わった所も無い。



「えぇ……、分かったわ……」



 なのにリザニエルは全身から溢れ出る冷や汗を止める事が出来なかった。

 先程まで浮かべていた恍惚の笑みは鳴りを潜め。驚愕の眼差しでカイツとフィルを見据えた。


 常に魔術を放っている状態……、何の冗談だ?


 彼の周りを包んでいるのはただの魔術では無い、上級魔術ハイエストだ。

 今のカイツは常に上級魔術を放ち続けている状態だ。

 つまり、今カイツが無造作に拳を振るったとしたらそれは上級魔術を放った事になる。


 全ての動き、全ての攻撃を上級魔術に出来るなどチートでは無いか……。


 魔力の円滑な供給。それが召喚魔術の能力なのだと誤認していたリザニエルは寒気を覚えた。

 今のカイツの状態を端的に説明するならフィルが上級魔術を唱え続け、カイツが無動作で放てるようにしているのだ。


 詠唱無しですら度肝を抜かれたと言うのに、正かまだこんな奥の手を隠していたとは……。

 驚嘆……、嫌恐怖すら覚えてしまう。

 この少年がこのまま成長したとしたら何れ程の魔法使いになるだろう?

 現代最強は当たり前、伝説上の魔術士にすら比肩される程の大魔法使いになるだろう。


 それだけに、カイツの行く末が恐ろしかった……。

 ザインが生きてさえいれば良い師になっただろう。

 ザインが生きてさえいれば良い指標になっただろう。

 惜しむらくはカイツには魔術の教えを乞える程の魔法使いがもうこの世に居ない。


 もし万が一この子が進むべき道を誤ったなら?

 もしこの子が私欲の為に魔術を使うようになったのなら?

 きっとこの世界の全魔法使いが束になっても敵う事は無いのだろう。

 止める事は出来ないのだろう……。


 この子が魔法使いになる事は容易いだろう。まだ実力の片鱗しか見ていないが、現時点で並の魔法使いを遥かに凌駕している事は明白だった。

 だが、そんな彼の師を探す事は困難だ。

 召喚魔術が使用出来なくなって、ただの一人も、ただの一度も召喚魔術が使えるなど前例の無い事だ。


 それに加え闇魔術何てとうの昔に忘れ去られた幻の属性を使うと来ている。

 魔術に関しては師と成り得る人間は居ない。教えられる程の召喚魔術と闇魔術の知識を持った人間が居ないのだ。

 彼の師になれる訳が無い。



「さぁ、行っくよーフィル!」


「モキューーー!」



 優秀な魔法使いは優秀な師が居てこそ成り立つ。

 魔術士としても、人間としても、自分がそうであったように。

 彼の父が居てくれたから今の彼女が在った。


 まぁ、バウルと言う例外は確かに居たが……。

 もしこの先彼が誰かに魔術の教えを乞うとして、その誰かが彼を正しい道に導いてくれる事をリザニエルは切に願った。


 まるで窮地を遊び場のように駆けて行く一人の少年と一匹の精霊の楽しげな姿を見つめながら。

 もし彼が道を踏み外してしまった時、彼を殺す役目だけは自分達に負わさないで欲しい。

 そう切に願いながら、彼女はカイツの後ろ姿を見守った。


 幸か不幸か、彼には師になる魔法使いが現れる事になる。

 そして、後の世で彼は史上最高の魔法使いと呼ばれる事になるのだが。


 そんな史上最高の魔法使いの師がバウル・コズウェルになると言うのだから。

 彼を寵愛するリザニエルにとっては余りにも皮肉過ぎる未来が待ち構えているのだった。

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