第9話「気付けば背後に居る恐怖」

 王都魔術ギルドの屋上、本来ならギルド長以外の立ち入りは許されていないのだが。

 そんな立ち入り禁止エリアにバウルは居た。


 体操座りをしながらバウルは空を見ていた。

 その隣にはリザニエルも同様の姿勢を取り、彼と同じように空を見つめていた。


 そして、何故かは分からないがリザニエルの隣にはフィルが居て。

 彼も同じように体操座りをしながら呆然と快晴の空を眺めていた。


 あの後カイツに関わった事がバレ、バウルとリザニエルはゼーゲンにこっぴどい説教を食らった。

 こっぴどい……、そんな言葉で片付けられない。

 未だかつて無い程恐ろしい剣幕で怒られてしまった。



「良いか、カイツくんが許すまで金輪際彼に近寄るな。今までみたいなストーキング何て下卑た真似も禁止する。もし今度私の命令に逆らったら……お前等二人王都で生きられなくするぞ?」



 思い出しただけでも寒気がする……。

 王都で生きられなくする……。一体何をされるのか?


 あの男ならやりかねない、その言葉通りの処遇を課す権力と人望を持っている。

 下手をしたら国王すら動かしかねない……。



「こえーな……ゼーゲンって……」


「ええ……、お兄様もゼーゲンさんだけは絶対に敵に回すなって仰ってたもの……」



 そう相槌を打ち合いながら二人は大きなタメ息を溢した。



「モキュー……」



 そんな二人とは全く関係が無いフィルも、何故か二人に呼応するようにタメ息を溢す。


 バウルとリザニエルはあの後散々な目に合ったが。

 フィルも怒り収まらぬカイツに見放され途方に暮れていた。


 カイツは言った、あのバケモノに今回の件を話すと。

 絶望だった……。最早それは死刑宣告されたと同義であり。

 生きた心地がしない中、仮初めの平和に身を置いているこの状況が彼には余りにも空虚に感じられた。



「なぁ、チビ……。何でお前まで黄昏てんだ?」


「モキュ……、モキュモキュ……」



 何故フィルが自分達と仲間のように仲良く並んで空を見ているのかバウルには分からず、思わず問い掛けた。

 それにフィルは「黄昏れたくもなるさ……、もうオレは死ぬ事が決まったからな……」そう返答したのだが。

 勿論バウルもリザニエルも彼の言葉が分かる訳も無く。



「そう……、君も大変ね……」



 取り敢えず適当な返事をして会話を終える事にした。


 これから自分達はどうなるのだろうか?

 ザインの息子には毛嫌いされ、ゼーゲンには愛想を尽かされお先真っ暗だ。



「そう言えばバウル、アンタ酒は飲んで無いの?」


「飲んでねぇーよ……、飲みたくてもゼーゲンの監視が厳しくて飲めねぇーんだよ……」


「良い事じゃない。そのまま禁酒しなさいよ」


「うるせぇー……、用が済んだら此処からは出ていく。そんで好きなだけ酒を飲んで自由気ままな生活に戻る」



 そんな中、リザニエルはバウルに語り掛ける。

 思えばこうやって肩を並べるの何て何年振りだろうか?


 3年前のバウルは常に酒に酔い冷静に話す事が出来ない状態だった。

 だから、酒が入っていない今は素の彼と漸くちゃんとした会話が出来るようで。

 リザニエルは彼を引き止める目的で言葉を続ける。



「又昔みたいに皆でバカやれば良いじゃない。此処にはアーデンも、ライツも、私も、ゼーゲンさんも居る。ハメを外し過ぎたら誰かが止めてくれるし、それに私だって――」


「兄貴が居ねぇーだろ……。もう昔みたいに何て戻れねぇーよ。もう誰の為に戦って良いのか……俺には分からねぇーんだ」



 だが、リザニエルの言葉を遮りバウルは彼女の提案を拒絶した。

 拒絶し、俯き、それ以上の言葉を拒んだ。


 どうしてこの男はこんなにも頑ななのだろうか?

 どうしてこの男は全て一人で背負い込もうとするのだろうか?


 悲しかった、寂しかった……。

 弱音の一つや二つ聞いてやる度量は今の彼女にならある。

 リザニエルはバウルよりも二つ下だ。ザインもバウルも兄同然の関係で育って来た。


 二人から見ればリザニエルは妹だ。

 それが邪魔をして本音で語る事を躊躇わせるなら、その事実が何よりも悔しかった。



「なら、自分の為に戦えば良いんじゃないですか?」


「自分の為に? そう諭してくれるなら俺の事何て放っておいてくれよ! 自分の為に生きてんだろ! 酒飲んで、好き放題やって、楽しく生きて何が悪い!」



 バウルの返答を聞くとリザニエルは続ける言葉を失い歯噛みした。

 そんな彼女の内心を気遣ってか、カイツが変わりとばかりにバウルにそう告げるが。

 バウルはカイツの言葉すら拒絶した。



「それはただの逃避でしょ?」


「逃避? 俺が何から逃げてるって言うんだ!」


「父さんの死からですよ。僕が見た限り、父さんの死を受け入れられてないのは貴方だけだ。ゼーゲンさんも、リザニエルさんも、まだ会った事は無いですけどアーデンフロイトさんも、ライツさんも父さんの死と向き合った。向き合ったからこそ立ち直り、今を生きている。僕から見たら貴方は亡者だ。8年前に必死にしがみついて、泣き喚いてるガキにしか見えませんよ」



 バウルの情けない姿を見てカイツは冷徹な言葉を吐き捨てた。

 だから、この男だけとは関わりたくないと言ったのだ。

 だから、この男はだけとは喋りたくなかったのだ。


 この8年で皆過去と向き合い、悲しみを乗り越えて立ち直った。

 ザインの死を受け入れ未来に生きようと必死に戦い続けている。


 なのに、この男だけは違う。

 酒に逃げ、過去に逃げ、親しい人間達を裏切り落ちぶれてしまった。


 反吐が出る。こんな男を弟と呼び、幼いカイツに自慢しながら語った父の言葉を踏み躙るようで。

 心の底から嫌悪している。



「言いたい放題言いやがって……! お前に俺の……何が……?」



 カイツの冷淡な言葉を聞くとバウルは憤慨した。

 憤慨し、反論しようとしたのだが。その時になって異変に気付き言葉を詰まらせた。


 今俺は誰と会話をしている?


 リザニエルの会話に滑り込むように差し込まれた為、ずっと彼女と話しているつまりで答えていたバウルだったが。

 明らかにリザニエルとは違う声、彼女では絶対に告げられない冷徹な言葉に我に返り。声がする方、自身の背後に即座に振り向いた。


 バウルと同様、余りにも二人が違和感無く会話を続けるものだから。大人しく聞いていたリザニエルもバウル同様驚愕の表情を浮かべ、彼に釣られるように背後を振り向くと。

 そこにはカイツが立っていた。



「ギャーーー! 出たぁーーー!」


「ひぃーーー! ゼーゲンさんに殺される!」



 カイツの姿を視界に捉えると二人は途端に怯え絶叫した。

 近付く事を禁ずる、そう命じられたと言うのに舌の根も乾かぬうちにカイツと至近距離で会話をしてしまったのだ。


 今度こそ殺られる、確実に殺られる、ゼーゲンなら殺る、間違いなく殺られてしまう!



「人を化け物みたいに言わないで下さい。ゼーゲンさんは僕に近付くのを禁じただけで、僕が近付く分には問題ありませんよ」



 そんな情け無い二人にカイツは落ち着いた態度で客観的な意見を述べ。二人とは対象的に自分に見向きもしない相棒に歩み寄った。

 此処からは再びフィルとカイツの長い会話になる為、分かりやすく翻訳付きでお送りする。



「まだ拗ねてるのフィル?」


「モキュ……モキュキュ、モキュキュモキュモキュ」

(拗ねてるんじゃない……噛み締めてるのさ、余命幾ばくも無い人生をな)


「余命って……、幾らお姉ちゃんでも殺しはしないよ」


「モキュッ……! モキューキュモキュモキュ!」

(お前に何が分かる……! あのバケモノが慈悲何て感情持ってる訳無いだろ!)


「バケモノって……、そう言う事ばかり言うからフィルは嫌われてるんだろ?」


「モキュ? モキュモキュモッキュー!」

(嫌われてる? あんなバケモノに好かれたくも無いね!)


「あっそう……、そんな態度取るなら今の会話も全部話すけど良い?」


「モキュー! モキュモキュモキュー! モキャモキャーーー」

(やめてくれー! 俺が言い過ぎた! そんな事言ったらホントに殺される!)



 モキュモキュモキュモキュ何なんだこの猿は?

 何を言っているのか全く分からないし、それを良く理解出来るなこの子は?


 怯える二人を他所に、到底成立しているとは思えない二人の会話を聞かされバウルとリザニエルは昨日と同様に困惑した。



「今回は完全にフィルが悪い。フィルがリザニエルさんの容姿に目がくらんで余計な手間を掛けさせるからコレハさんに逃げられただろ?」


「モ、モキュー……」

(そ、その通りだ……)


「コレハさん一度ギルドに顔を出した後は行方を眩ませたって。多分ルドの町に戻ってるんだと思う……」


「モキュ? モキュモキュ?」

(そうなのか? 後を追うのか?)


「現実的に考えてもう間に合わないよ。僕達の力は長期的には使用出来ないだろ? それに陸路だ……、土属性の、しかもライツさんの弟子になれるくらいの実力者だから追い付く事はまず無理だよ」


「モキュキュ? モキュモキュ?」

(じゃーどうする? オレあのハゲには会いたくないぜ?)


「フィルまでハゲって言うなよ……。今はゼーゲンさんと打開策を話し合ってる所だよ。流石に父さんの幼馴染だけあるね、事情を話したら直ぐに汲み取ってくれたよ。僕一人の力じゃどうにも出来ないから、フィルも力を貸してよ?」


「モ、モキュ?」

(ゆ、許してくれるのか?)


「許さないとフィルがお姉ちゃんに酷い目に合わされるだろ? 僕も頭に血が上って言い過ぎた。コレハさんの一件が丸く収まったら今回の事は水に流してあげるから」


「モ、モキュッ! モキュモキューモッキュー! モキュキュー!」

(ほ、ホントだな! あのバケモノに殺されるくらいなら何でもする! オレの力なら幾らでも貸してやるぜ!)


「だから、バケモノって言うなって!」



 二人は一通り会話が終えると硬い握手を交わした。

 人と猿……、と言うよりフィルは猿ってでは無いのだが。

 硬い絆で結ばれた二人は一時の諍いを忘れ、今目的を同じくし和解を経て、再び力を合わせる事を誓った。


 因みに、フィルは直ぐに自分が置かれる危機的状況を忘れ色欲に目が眩み又しても暴走する事になるのだが。

 何時も彼に振り回されてばかりのカイツが折れる結果になるのは言うまでもないだろう。


 コレハ、ルド、お姉ちゃん……。時折聞き慣れた名称は出てくるが、二人が……。と言うよりカイツが何の話をしているのかはバウルもリザニエルも理解出来ない。

 本当に蚊帳の外だ……。悲しいくらい彼等の輪の中に入れて貰えない……。


 もしザインの息子に会ったら話したい事が山のようにあった。

 教えたい事も、一緒にしたかった事も沢山あった。


 手を繋ぎ、屋上からギルド内へ繋がる扉に向かうカイツとフィルの姿を見て二人は羨望を抱いた。

 死んだザインの分まであの子と接してやりたかった……。



「あ、そう言えばリザニエルさん、ゼーゲンさんが呼んでましたよ?」


「わ、私! で、でも……カイツくんと話をするなって怒られて以来目すら合わせてくれないわよ……?」


「あぁ、それなら気にしなくて良いですよ。僕が関わりたくないのは貴方の隣に居る人だけですから。リザニエルさんは許してあげて欲しいって伝えたら呼んで来てくれって頼まれたんです」



 又カイツとの距離が開く……。今度は前回よりも厳しく彼に近付く事を禁じられた。

 もう二度と彼の顔を近くで見る事は出来ないかもしれない……。


 彼との関わりに諦念すら懐きかけた瞬間、カイツはリザニエルに語り掛けた。

 カイツの方から話し掛けられた事に驚きながら、脳裏に鬼の形相で二人を叱りつけたゼーゲンの顔を浮かべ歯切れの悪い返答を彼女が返すと。

 カイツは柔和な笑みを浮かべリザニエルに告げた。


 貴方の隣……、コイツか……。


 カイツが予想もしていなかった譲歩を口にするとリザニエルは先程まで仲間だった筈のバウルを蔑みの眼差しで見つめた。



「お、おい、嘘だろリズ! お前正か――」


「気安く話し掛けんなアル中!」



 カイツに嫌われている事はバウル自身熟知していた。

 きっとそれはリザニエルも一緒であり、共に嫌われている者同士。傷の舐め合いをしていた筈が、実際嫌われていたのはバウル一人である事が判明し。

 それを察したリザニエルの眼差しが先程までと打って変わって、まるでゴミでも見るような冷徹な視線に変わったのを見た瞬間。バウルはすがるように彼女に言葉を掛けようとしたのだが。


 リザニエルはバウルが全てを言い終わる前に彼を突き放した。

 嫌……、奈落に突き落とした。



「もう、待ってカイツくん! アイツが嫌いなだけならもっと早く言ってよ!」


「いや……、嫌いとかではないんですけどね……。全く興味が無いと言うか、好きにしたいならとことん地獄に落ちれば良いと思ってるだけです」


「そうね、あんな男地獄へ落ちれば良いわ! 関わってもろくな事が無いんだから!」



 おい、さっきの発言は!

 又皆でバカやるんじゃなかったのかよ!



「ねーねーカイツくん、私の事はお兄様から何て聞いてるの?」


「リザニエルさんは妹みたいな存在だって聞いてますよ。孤児院に引き取られてからずっと家族同然の間柄だって言ってました」


「もう! リザニエルさんはやめて! 親しい人間はリズって呼ぶからカイツくんもそう呼んで!」



 おーいリズ!

 置いていかないでくれ、これでもお前の兄貴だろ!



「じゃー……、リズさん」


「敬称も要らないわ、お兄様の息子何だもの。出来れば貴方のお姉さんみたいにお姉ちゃんって付けてくれると嬉しいわ!」


「僕には姉は居ませんよ、さっき言ってたのは叔母の事です。叔母さんって呼ぶと死ぬほど怒るんで仕方なく姉と呼んでるだけです」


「そうなの? なら私も叔母みたいなものだから是非お姉ちゃんでお願いするわ!」


「なら……、リズお姉ちゃん……?」


「キャーキャー! 悶絶だわ! 悶え死んでしまいそうだわ!」



 何がお姉ちゃんだこの年増!

 お前、後数年で30だろ若作りすんな!


 カイツと、ついさっきまで肩を並べ消沈していたリズの羨ましい会話を聞かされ。

 バウルは心の中で全力で突っ込みを入れた。


 彼が何故敢えて口に出さなかったかと言えば、リザニエルに聞かれればどんな仕打ちをされるか分かったものでは無かったからだ。

 気の強さだけならバウルにすら引けを取らない、気が強すぎて20代後半でも嫁の貰い手が無いくらいなのだ。


 無論そんな事本人には言えない、言えば下手をしたら殺される危険がある……。


 先程までの鬱屈した空気が嘘のように、和気藹々楽しげな会話を垂れ流しながらバウルの視界から消えていく二人と一匹。

 必然的に屋上に取り残されたのはバウル一人であり。唐突に訪れた孤独の中、バウルは空虚さに襲われた。



「どうして……こうなっちまうんだろうなぁ……」



 周りから誰も居なくなる、3年前と一緒だ。

 あの時は一人になりたくて、自分から遠ざけたが。いざ人と関わろうとしても又同じ結果を招いてしまった。


 自分の為に戦えば良いんじゃないですか――。


 簡単に言ってくれる……。それが出来たら何の苦労もない。

 バウルの人生はずっと誰かの為の戦いの連続だった。

 母を守る為、兄を守る為、妹を守る為、仲間を守る為の……。


 それがどうだ?

 母は死に、兄も死に、妹も仲間も去って残ったのは自分一人。



「何でお前は自分の事をもっと大切にしてやれない! お前がお前を守らなくて誰がお前を守るんだよ!」



 喧嘩別れをする前にライツにもそう言われたっけ……。

 自分で自分を守る。そう怒鳴り付けられた当初は何の話をしているのか、何にライツが怒っていたのか分からず。彼を遠ざける事しか出来なかったが。

 改めてカイツに諭されてその言葉の真意が漸く理解出来たように思える。



「前を向くのが辛くても、生きてる以上未来を見つめるしか無いんですよ。僕は貴方の事が嫌いです。でも、父さんは貴方の事が大好きだった。だから、父さんが好きだった頃の貴方を貫けば良いんです」


「嫌……、そう言われても……。兄貴と居た頃の俺何て今とさして変わんないぜ?」



 そんなバウルにカイツは優しく語り掛ける。

 嫌いと言う割には案外彼の事を気遣う言葉ばかりで、その父をお前から奪ったのは自分だと言う事実に胸を締め付けられながら。バウルは率直に答えた。



「自分勝手で我儘放題。まるでその名の通り雷傲らいごうの再来、故に暴王。フィルバウルと誰よりも近くで接してる人間だから言えます、貴方はフィルと同じだ。自分勝手で我儘だけど、誰よりも優しい」


「ハハ、過大評価も良い所だな」


「それを過大と思うなら過小と認めさせてやればいいじゃないですか。父さんが未来を託したのは僕じゃない、貴方だ。現に貴方は現代最強と呼ばれるまでになり、全ての魔法使いの頂点に立ったじゃないですか」



 それは暴王と呼ばれる以前の現代最強が居なくなったからだ。

 暴王、言い得て妙とも思えるがこの身には余り過ぎる呼称だ……。



「又好き放題酒を浴びるように飲んで、クズ極まりない生活に戻りたいなら。せめて僕に暴王と呼ばれた頃の貴方を最後に見せて下さい。父さんが満面の笑みを浮かべて自慢した、あの頃の貴方を見せて下さい」



 3年……、それ以前からも酒に溺れ魔術の訓練など蔑ろにして来た。

 又以前のような魔術が使えるようになるとは限らない。

 彼の使う無属性魔術は特殊だ。普通の魔術と比べ、繊細で針の糸を通す程も精密な魔力制御が要求される。


 それを3年以上も訓練無しに同じレベルの魔術を使えるようになるかは絶望的な話だった。



「そうだな……最後に格好の良い姿を見せて消えるのも……悪くは……無い……?」



 だが、そこまで気にかけて貰えるなら暴王の最後の意地を見せるのも悪くは無い。

 ザインの息子に何れだけ自分が優秀な魔法使いだったか、見せ付けてから消えるのも悪くは無い。


 カイツとの会話の中でバウルは少しだけ前向きに自分の置かれる状況を改善させよう。そう思えるようになったのだが。

 そこまで決意を口にした瞬間バウルは先程と全く同じ疑問を抱いた。


 あれ、今俺は誰と会話をしている?


 そう思い、不意に声のする方に視線を向ければそこには去っていった筈のカイツが立っていた。



「うわーーー! だからお前は何なんだよ! さっきから人の背後ばっかり取って!」



 余りにも自然に、バウルの心の中を見透かし差し込まれる問い掛けに当たり前のように会話をしていたが。

 正かあれ程冷淡にバウルが嫌いだと吐き捨てたカイツが戻って来ているとは思わず。

 彼の姿を見るやバウルは取り乱し、不満を絶叫した。



「他者の魔力を感知出来ない程貴方が鈍っていると言う事です。後ろを取られたくなかったら一から修行して鍛え直して下さい」



 そんな情けなく取り乱すバウルにカイツは上から目線でそう言い残し、再びギルド内部へ続く扉に向かって歩き始めた。



「言っておきますけど、フィルと一緒に居る時の僕は最強ですからね? 生半可な鍛え方じゃ追いつけませんよ」



 最後にカイツはそう告げ、一瞬バウルに振り返り快活な笑みを浮かべると今度は振り向く事も戻る事も無く。ギルドの中へと入っていった。


 追いつく……か、懐かしい感覚だ。

 昔はザインみたいになりたくて、ザインと肩を並べたくて必死に努力したものだ。



「くっそぉ……、人をコケにしたようなあの態度……。兄貴に瓜二つじゃねぇーかよ」



 そう言ってバウルはゴロンと仰向けに寝転がると、又雲一つない空を見つめる。


 ザインの息子と少しでも良いから話がしたくて王都に残る道を選んだが。

 実際に会話をすると、もっと関わっていたい。そんな欲望が胸の内に湧き起こって来た。


 酒も、放蕩生活に戻るのもお預けだ。

 あの生意気な小僧に泣きべそをかかせて、一生消えない敗北感を与えるまで抗ってやる。


 俺を誰だと思ってやがる?

 史上初めてにして唯一無属性魔術を使った暴王だぞ?


 そう思い、そう決意しながらバウルは静かに瞳を閉じた。

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