第4話「はじまり、はじまり」
「でんぶわ……だじが……ばるかったでず! ゴメンナバイ、ゴメンナバイ!」
事情を説明し、カイツに謝罪しているつもりだったが。
如何せん泣き過ぎて発する言葉は詰まり詰まりでちゃんと発声する事が出来ない。
必死に謝罪しているつもりなのにカイツは困惑した表情を浮かべるばかりで彼女の謝罪を受け入れようとはしてくれない。
怒っているんだ……。こんな言葉だけの謝罪では許せない程に憤っているんだ……。
本当は彼女の言葉が聞き取れず困っていただけなのだが。
カイツの反応を誤解したリンツは土下座してでも許しを乞おう。
一時の恥を晒してでもギルドの職だけは失いたくない。
そう覚悟を決め、地面に膝を付き、土下座の体勢に入ろうとしたのだが。
「うぅ……」
カイツと、彼の連れの小さな猿以外にもう一人その場に居る事に気付き。
うめき声が聞こえた方を注視すると。
「ば、ババ、バウルさん!」
その視線の先には彼女が見知った人物が倒れていた。
思わず彼女は彼の名を呼び駆け寄った。
「バウル……!」
彼女が口にした名を復唱すると、カイツは驚愕の表情を浮かべた。
バウルって、正か……?
「バウルさんしっかりして下さい! どうしたんですか!」
先程まであんなにも泣きじゃくり、土下座と言う醜態を晒そうとしていたのが嘘のように。
自分の問い掛けに一切の返答をせず、ただうめき声を上げるばかりで意識を失っているバウルを必死に救おうとしていた。
「ダメ……衰弱し過ぎてる。あぁもう! 暴王とまで呼ばれた魔法使いが何でこんな事に!」
暴王……、ならやっぱりこの人がバウル・コズウェルなのか?
この人が……、この男が父さんを殺した魔法使い……!
衰弱し、昏倒するバウルを目の前に、この場では手の施しようなどある訳もなく。
リンツが手をこまねいている中、カイツは人知れず激情を胸に抱いた。
父を殺した……、は些か極論過ぎるが。
目の前に居る男がバウル・コズウェルなのだとすれば、この男のせいでカイツの父は命を落とした。
この男のせいで、コイツを守る為に……!
復讐何て柄じゃないのは分かっている。そんなつもりで王都を訪れた訳では無いし、そんな事したって死んだ父は喜ばない事は分かっていた。
だが、いざ父の死の原因を作った男を目の前にすると。冷静でいられなくなった自分が居た。
復讐心に駆られる自分が居た。
「あの……すいませんカイツさん!」
「あ……はい! 何ですか?」
一瞬、本当に一瞬カイツが人道に外れた事を考え掛けた瞬間。
唐突にリンツはカイツの名を呼んだ。
その呼び掛けで平静を取り戻したカイツは、慌てて彼女に応えた。
「色々と手違いがあって説明しなきゃいけない事が沢山あるんですけど、それよりも先ずこの人を介抱してあげなければなりません。ついさっき冷たくあしらった私が頼める義理は無いんですけど……、手を貸して貰えませんか?」
そして、リンツは今カイツが最も選びたくない決断を求めて来た。
当然のようにカイツは躊躇した。本当にそんな義理は無い。
リンツに……と言うよりも、その男を救う理由が無くなった。
「モキュゥ……」
何故僕が父の死の原因を作った男を助けてやらねばならないのか。
そう思いはすれど、傍らに居るフィルはリンツと同じように「助けてやってくれ……」そう切実に頼み込んで来る。
リンツの言葉だけなら本当に見捨ててその場から去っていたかも知れない。
何故リンツだけでは無くフィルまでもがこの男を救えと懇願するのか……。
カイツの思いなど一切考慮などしてくれず、手前勝手な頼みを押し付けて来る。
「あぁ……! もう!」
バチバチッ――。腹が立つ……、この男を救わなければ外道に成り下がるこの状況に。
何よりも、この男を救わなければならない。そう使命めいたものを感じてしまう自分自身に腹を立て、カイツは体外に放出される魔力を抑える事が出来ず叫んだ。
「フィル、頭に乗って!」
「モキュッ!」
「リンツさん、少し痺れますけど一瞬ですから我慢して下さい!」
「え? 痺れるって? え、えっ?」
憤りが頂点に達し、私怨に駆られる自分を抑制し。フィルに命じ、彼を頭の上に乗せると。
リンツにそれだけを告げ、カイツは リンツの腕を掴み。倒れるバウルの襟首を掴んだ。
突然のカイツの忠告に意味が分からず慌てたリンツだったが。
「風よりも早く、音すらも置き去りにする閃光! 天を裂き、地を焼き、万物を切り裂く雷よ! 我の命に従いその力を示せ!」
次の瞬間にはカイツが聞いた事も無い魔術の詠唱を始めたかと思うと。
バリバリッ――。彼の体の周囲を目映い光が包み込んだ。
雷……?
正か雷属性魔術!
この子供は間違いなく詠唱の中に雷と言う名称を用いた。
そして、少年の体は放電し激しい光を放っている。
そんな事ある訳が無い……、そんな事あり得てはならない。
雷属性など数千年前に失われた属性だ。
それこそ、召喚魔術が存在した太古の昔に使用されていたと伝え聞く幻の魔術だ。
それをこんな少年が使えるだ何て……俄には信じられず思わずその真偽をリンツは問い掛けようとしたが。
ビュン――。リンツが疑問を口にするよりも早く風を切る音が聞こえ、一瞬リンツの体に微弱な電気が流れたかと思うと。
次の瞬間には、先程まで居た薄暗い路地裏では無く。良く見知った大通りにカイツ達は移動していた。
「え? 嘘ッ? ここギルド前? い、一瞬で? 何百メートルもの距離を?」
確かに、何度確認しても、何れだけ目を凝らしてもギルド前の大通りだ。
キョロキョロと回りを見回し、間違いなく自分達がギルド前まで移動している事を確認すると。リンツは状況を把握する事が出来ず慌てふためいていた。
「ふぁ……、大人二人を運ぶのはきついよ……」
「モキュ!」
「もう……良くやったじゃないよフィル……。一つ貸しだからな?」
「モキュモキュ」
「はいはい、今晩のご飯にありつけたら一品貰う事にするよ」
余りにも一瞬の出来事に、余りにも突然な魔術の発動にただただ困惑する事しか出来ないリンツを他所に。
カイツとフィルは穏やかな会話を繰り広げていた。
「はっ! こんな事してる場合じゃない! リンツです、警備兵か誰か直ぐに表に出て来て下さい!」
ドンドンッ――。何が起こったのかは何れだけ考えても理解は出来ず、カイツが何をしたかなど全く想像も出来なかったが。
悠長に思案している場合では無い事を直ぐに思い出したリンツはギルドの扉を激しく叩いた。
「リンツさん? 先程慌てた様子で飛び出したと思えばどうしたんですか?」
あ、さっき僕をつまみ出した警備兵の人だ……。
「急病人です! 医師の手配とあの人を運び入れる手を貸して下さい!」
「急病人……ってバウル様! 何故この方が王都に?」
「子細は私も分かりません! そんな事より早く手当てを! そ、それと……、リザニエル先生にもバウルさんが戻られた事を伝えて下さい!」
「リザニエル様……? よろしいんですか? お会いになるのをあれ程嫌がられていたのに……」
「あ、会いたくは無いですね……。でも、この事を先生に隠しているとどんな酷い目に合わされるか分かったものじゃないですから……」
「確かに……、分かりました直ぐに手配します」
う~む……、成り行きとは言えバウルを助ける事に助力したら大変な事になってきた。
リザニエル様……と言うのはやはりリザニエル・マインの事だろうか?
正かこんな短時間で父の知り合いの名を二人も聞く事になるとは……。
「バウル……? 本当にバウルか! 何時王都に戻ったんだ!」
「私も分かりません、さっきあの少年と居る所を偶然見付けただけなので……」
「あの少年……?」
不味いな……、どんどん人がギルドから出てくる……。
もう少しすればリザニエルも此処へ訪れるのだろう。
バウルが最初自分の姿を見て可笑しな態度を取った理由。少し考えれば父の顔見知りだって予測出来ただろう。
ただでさえ此処は王都、魔法使いだった父を知る者は何処にだっている。
父さんの息子……、そんな形で目立ちたくは無かった。
此処に……、王都に来た目的は「自分の力だけで魔法使いになる」為だ。
誰の力も借りはしない、それが父の知人だと言うなら尚更だ。
「風よりも早く、音すらも置き去りにする――」
逃げるなら今しかない、まだ僕が父の……。
ザイン・ベッケンシュタインの息子だと知られる前にこの場から離れなければならない。
ガッ!――。そう考えたカイツは小さな声で詠唱を始め、先程と同じ方法で逃げ出そうとしたのだが。
カイツが詠唱を終えるよりも早く、見知らぬ男が驚愕の表情を浮かべ近付いて来たかと思うと。
次の瞬間にはカイツの腕を掴み、彼にこう問い掛けた。
「き、君は正かザインの子息……、カイツくんか?」
同じだ……、あの行き倒れのバウル・コズウェルと全く同じ反応だ。
実の親子なのだから仕方がないが、一目見ただけで父の血縁者だと分かる程父に似すぎた自分の容姿を呪った。
見付かってしまった以上逃げ出す事は最早得策では無い。
父……、ザインの息子が王都に居るとなれば嫌でも捜索される。
逃げてもおんなじ、何れは見付かりこの人達の前に立つ事になる。
ならば取れる行動は一つのみだ!
「だ、ダーレのコトデーすかー? ボクーはトオりスガーリのイコクミンでーす」
目を細め、口をへの字に曲げ、頬を膨らませながら必死に変顔をてカイツは何故か片言で返答し他人の振りをした。
「ぶ……ハハハハハッ!」
「プキュキュキューー!」
すると目の前の人どころか、頭の上のフィルも腹を抱え爆笑し始めた。
「ちょっとフィル! 人が折角誤魔化そうとしてるのに何で笑うのさ!」
「プキュ……、モキュモキュ、モキュー!」
「嫌……可笑しな顔しないとバレるだろ?」
「プキュキュ……、モキュキュ……」
「そ、そんな言い方は無いだろう! こっちだって必死何だよ!」
他人に笑われた事よりもフィルに笑われた事に憤慨したカイツは、フィルの両脇をガッチリと掴み逃げられないようにし。目の前まで下ろすと彼に凄まじい剣幕で詰め寄ったが。
フィルは何時も通り笑いを堪えながらモキュモキュと言うばかりでカイツ以外には何を言っているのか全く分からない。
幾ら物心付いた時から一緒とは言え、意思の疎通が完璧過ぎやしないか?
そんな突っ込みを入れたい所だが、事情を知る者は此処にはおらず何の突っ込みも為されなかった事が悲しかった……。
「ははは……、仲が良いな君達は。その子がフィルくんかい?」
「な、何でフィルの名前まで! 父さんはそんな事まで――!」
そこまで言って自分の過ちに気付き、カイツは言葉を詰まらせた。
「やっぱり君はカイツくん何だね?」
何て巧みな誘導だったのだろう。
フィルの名前を知っていた事に何よりも驚き、カマを掛けられた事に気付かず思わず問い詰めてしまった。
フィルの名前は今自分が口にしたでは無いか……。
父さんがフィルの事を他人に言うわけが無い。この子の存在が他者に知られれば大騒ぎになる。
少し考えれば状況を汲み取って問われた事は分かっただろうに……。
これでは自分がカイツだと認めているようなものだった。
「はぁ……、分かりました、参りました。僕はカイツです」
「そうか、やはりか……。何故そんなに驚いたかは分からないけど、ザインの名誉の為に言っておくとその子の事は何も聞いてないよ」
「分かってます。僕がフィルって名前を言ったからカマを掛けたんですよね?」
「ふふ、そうだね。君はザインに似て頭の回転が早い」
何て余裕綽々な態度なのか……。
この口調だ。父の知人の中でも特に親しい間柄だった人だろう。
人を騙しておきながらも飄々としていて嫌味がない。
流石父の友人、油断できない食わせ者だ。
「余裕ですね? なら……、僕も貴方の事を知ってますよ?」
「へぇー……、ザインにでも何か聞いているのかい?」
「はい、貴方は此処のギルド長のゼーゲン・バーンスタッドさんですね?」
正直口で負けた事が悔しかった。
別に自分が一番利口だとは思ってはいないが、それでも裏をかかれて負けたまま引き下がるような素直な性格では無かった。
だからカイツは目の前の人に一泡吹かせてやろうとした。
「その通り、私が魔術ギルド長と分かるなら誰だって知っている名だ。奢りに聞こえるかも知れないが、ザインと同じくらい私の名前は有名だよ」
「そうですね、有名でしょうね。貴方が若かりし頃酔っぱらい過ぎてヘルトと言う酒場の前ムグググ……」
そこまでカイツが口にすると、ゼーゲンと呼ばれた男は瞬時にカイツの口を塞ぎ。
それまで浮かべていた笑みが一瞬にして消え、親の仇でも見るかのような冷徹な眼差しでカイツを見下ろした。
「何故……君がその話を知っている? ザインには絶対に他人に言わないように頼んだはずなんだけどね?」
「ムグッ、ムグググ!」
ま、正かここまで効果覿面とは……。
実際カイツの知り得た情報は目の前の人物がゼーゲン・バーンスタッドと言う事実しか無い。
今回の懐の探り合いは完全にカイツの負けだ。
素直に負けを認める……、のは些か癪だったから。昔ザインがうっかり口を滑らせそうになったゼーゲンとの思い出を、少し喋ろうとした瞬間にこれだ。
酒に酔っていたとは言え、余程他人には知られなくない痴態を演じたのだろう。
今回の勝負は痛み分け程度までは盛り返す事が出来た。
「良いかいカイツくん、もしその話を君以外の誰かが知っている……。例え話の触りだけだったとしても、君が他者にその話を漏らしたと分かった場合は。幾ら君がザインの息子であっても私の敵だと見なすよ?」
正直、カイツの知っている話はここまでだった。
ゼーゲンがヘルトと言う名の酒場の前で何かをしたまでは知っていたが。それ以上先はザインは語らなかった。
ザイン自身も言ってはならぬ事を口走ってしまった事を悔いたのだろう。
「ねぇーねぇーお父さん、ゼーゲンさんは酒場の前で何をしたの? ねぇーねぇー、教えてよ!」
話の続きが気になったカイツはザインにその先を問い掛けたが。
ザインはそれ以降カイツと目を合わせる事は無く。
自分の発言を否定する事も、撤回する事すらせず。ただただ押し黙るのみだった。
あの時の父の不自然な態度……、その理由が本人を前にして理解出来たような気がする。
「頼むよカイツくん、親友の息子を手に掛けるような事をさせないでおくれ?」
殺る気だ……、間違いなく喋ったら殺される……。
ブンブン!――。カイツはゼーゲンに口を塞がれたまま頭を縦に素早く振った。
カイツの従順な行動を見ると、ゼーゲンは爽やかな笑みを取り戻しカイツを解放した。
「プハッー! び、ビックリした……、父さんが怯える訳だよ……」
「ザインが何だって?」
解放されるやいなや、カイツは大きく息を吐き慌てたように驚きを吐露すると。
あの日父が頑なにこの話の続きをしようとしなかった理由が分かり思わず口に出してしまった。
ザインの名を聞くと、ゼーゲンは笑いながらそう問い掛けたが。
その面に張り付けた笑みとは対照的に体からは威圧する気満々のどす黒いオーラが放たれていた。
「な、何でもありません! それより……、僕の方も父さんの名誉の為に言わせて貰いますけど。父さんがうっかり口を滑らせたのはそこまでで、その先は幾ら聞いても教えてくれませんでしたからね!」
「ふふ、そんな事だろうと思ったよ。そこまで言った時点で不用意過ぎるが、ザインの口の固さは誰よりも知っているさ。信頼もしている。冗談で脅す振りをしただけだから気にしないでくれ」
嫌嘘だ!
絶対にこの人は殺る気満々だった!
世の中は広い……、故郷の皆は家族同然だったからこんな駆け引きした事が無かったけど。
口でこうもあっさり負かされる相手が居た事に驚きながら。
カイツは故郷を出て良かったと内心喜んでいた。
ゼーゲンの体から迸る魔力。口先だけでは無く、魔術の実力も高い事が分かる。
カイツ一人だけなら間違いなく勝てない相手だろう。
あくまでそれはカイツ一人の場合の話であるが……。
「モキュ……」
「おやおや、ごめんね。おチビちゃんを怯えさせてしまったようだね」
そんなカイツとゼーゲンのやり取りの一部始終を見ていたフィルは。何時の間にかカイツの頭の上に戻り、ガクガクと四肢を震わせ怯えていた。
無理もない、あれ程明確な殺意を向けられれば誰だって怯える。
人間よりも遥かに気配に敏感な動物なら尚の事。
嫌……、フィルだから尚更なのかも知れない。
人間以上に怖い生き物に会った事が無い。
そんな事を昔言ってたもんな……。
「大丈夫だよフィル。この人は敵じゃない」
そう言ってカイツは頭の上で震えるフィルを優しく撫でた。
今は……、と付け加えたかったが。ゼーゲンを警戒させても話がややこしくなるだけだと感じたから余計な事は言わない事にした。
「ふふ、君達は仲が良いんだね」
「はい、僕達は兄弟ですから」
「モ、モキュー!」
「はいはい、慌てて言わなくてもフィルがお兄ちゃんだって分かってるから」
「モキュモキュー!」
「ハハハッ、分かった分かった。頼りにしてるから、そのビビりな所は治してよ?」
二人の微笑ましいやり取りを見て初めは笑みを浮かべていたゼーゲンだったが。
カイツが余りにも当然のようにフィルの言葉を完璧に把握している姿を見て、怪訝な表情を浮かべた。
「ゼーゲン……さん?」
唐突なゼーゲンの表情の変化に、戸惑ったカイツは思わず彼の名を呼び問い掛けたが。
「正か……、君達はもしかして……?」
ゼーゲンは何か確信めいた物を感じ、二人の関係……。嫌存在を問おうとしたが。
「ゼーゲン様! 早急に医師の手配をお願いします!」
ゼーゲンが問うよりも早く、リンツがそう叫び。衰弱するバウルを忘れカイツとの会話に気を取られているゼーゲンを急かした。
バウルか……、すっかり忘れていた。
やれやれ、幾つになっても手の掛かる大きな子供だ。
「ああ、分かっているよ。至急手配する! そんな事ある訳が無い……か」
そう心の中で嘆息しながら、リンツの言葉に答え。
自分が頭に浮かべたカイツとフィルの関係性を一笑に付した。
そんな事あって良い訳が無い。
有り得る筈が無い。
「カイツくん、今は急を要する。色々と君には聞きたい事がある。その見返りに私は私の知る君のお父さんの話をする」
「父さんの……?」
「ああ、君の知らないザインの話を聞きたいと思ってくれるならギルド長室で待っててはくれないか? バウルに適切な処置を施した後にゆっくり話をしよう。私達と関わりたくない……、その思いが勝るのなら止めはしない、追いもしない。君が私達を憎み、遠ざかりたくなる理由は分かっている。待てなくなったら何時出ていって貰っても構わないから、私に機会を与えてくれないかい?」
弁明、或いは贖罪……。
ゼーゲンの言わんとしている事は分かる。
会話をすると言う事は、嫌でもこの人達の言い訳を聞かなくてはならない。
ザインを、父を見殺しにした人間達の言い訳を……。
「分かりました……。ただ一点、バウル・コズウェルとは話をしたくありません。それだけ約束して貰えるなら暫くは此処に止まります」
そんな物聞きたくは無かった。
聞きたくは無かったが、此処でゼーゲンの提案を拒絶して消えれば逃げた事になる気がしたから。
せめてもの抵抗として、あの男と会話をしない。それだけ要求してカイツは真っ直ぐゼーゲンの目を見据えた。
少しだけ、ゼーゲンは悲しそうな顔をした……。
やはりか……、そんな事を言いたげな悲しい笑みを浮かべた後。
「分かった。約束する、必ず守るよ」
その言葉だけを残し、それまでの柔和な物腰が嘘のように。
その場に居たギルドの職員に指示を出しバウルを連れギルドの中へ消えて行った。
「モキュ~……」
「ごめんねフィル。あの人がバウル・コズウェルだって分かった以上馴れ合うつもりは無いよ……」
「モキュッ」
「うん……、ありがとうフィル」
逃げ出す事は容易い。
ゼーゲンは言葉通り今消えたとしても深追いはしないだろう。
それはすなわち、何時消えても構わないと言う事を表している。
今逃げればカイツの負けだ。負けっぱなしで逃げるのは性に合わない。
せめて一泡吹かせた後に姿を消せば良い。
そう心に決め、カイツはフィルの了承を得るとギルドの中へと入って行った。
あの男がバウル・コズウェルだと初めから知っていたら僕は助けただろうか?
自分の本心に問い掛けながら、見殺しにしておけば……。
そんな自分でもおぞましいと思う感情を抱きながら。
彼は始まりの扉を潜った。
少々遠回りしてしまったが、史上最高と呼ばれる魔法使いへの第一歩を今踏み出したのだった。
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