第3話「バカとバカ」


「ありがとうカンデさん。全く……、まだ13の子供がギルドマスターの紹介を得られる訳無いじゃないの。幼稚な嘘でこの私を騙せると思うなんて、親の顔が見てみたいわ」



 カイツを追い出し、職務を終えた警備兵が受付に戻ると。受付嬢はカイツを追い出してくれた警備兵に対し礼を述べ、ぶつくさと虚偽で騙そうとしたカイツに憤った。

 まぁ、普通の大人なら当然の対応と言えよう。

 特に此処はこの国一番のギルドだ。身分詐称などもっての他、本来なら即刻牢獄送りなのだが。カイツが子供であった為追い出すだけで済ませてやったのだ。

 寧ろ寛大な処置をしてやった事を感謝して欲しいくらいだった。



「あれ、リンツさん。妙に騒がしかったですけど何かあったんですか?」



 受付を任されている以上、何かあれば全て彼女の責任。

 お叱り程度で済めば良いが、職務怠慢と取られると彼女の首など簡単に飛んでしまう。

 給与が良い上に簡単な事務さえこなせればこれ程楽でボロい仕事は無い。

 首になってたまるものか、疑わしき者は即排除に限る。


 などと、受付嬢が腹黒い事を考えていると、ギルドの奥から一人の青年が現れ彼女に問い掛けた。



「あらコレハくん。そうなのよ、さっきルドの町のギルドマスターから紹介されたってほざく嘘つきの子供が来たのよ。もう、追い出すのに大変だったんだから!」



 リンツと呼ばれた受付嬢は青年、コレハの問い掛けを聞くと本性をさらけ出し毒づいた。

 見た目は可愛いのに、人によって言葉使いと態度が豹変するのがこの人の欠点だな……。


 そう思いながらコレハは怪訝な面持ちを浮かべリンツに告げた。



「父さん……、もといルドのギルドマスターから紹介状が来てるって昨日話しましたよね?」


「はは、知ってるわよそんな事。紹介状に書いてある名前はケイツさんでしょ? あの子カイツって名乗ったのよ? それに、ギルドマスターの名前をあの子アレハ何てクソダサい名前で呼んだのよ? 何よアレハって、私なら自殺レベルの名前だわ!」



 確かにルドのギルドマスターから紹介状は来ていた。それは彼女も承知済みの話だ。

 しかし、紹介状に書いてある名前と少年が名乗った名が違ったのだ。

 しかも、彼女が知るギルドマスターの名はアレハなどでは無くダレイだった。


 紹介状がルドの町から来ていると知ってそれを利用しようとしたのだろう。

 腹立たしい……、彼女の職務を邪魔する者は全員敵だ。

 問答無用で排除してやる。



「いや……リンツさん、僕の名前は何ですか?」


「は? コレハくんでしょ? 何、バカにしてるの?」



 リンツの暴言以外の何物でもない言葉を聞くと、コレハは眉を潜め彼女に問い掛けた。

 コレハの問の真意がリンツには分からず、バカにされてると思い苛立ちながら彼に答えた。



「で……、その子が告げたギルドマスターの名前は?」


「ちょっと、コレハくんまで何なのよ。アレハでしょ? あんまりおちょくると幾らコレハくん……でも?」



 そして、コレハは呆れたように少年が告げたギルドマスターの名を問い掛けた。

 流石のリンツも意味の分からぬ質問に次ぐ質問に怒りを露にし、コレハに怒号を飛ばしそうになったが。

 彼女は再びコレハの名を口にした所で、彼が何を言いたいのかを理解した。


 名が似ていたのだ、コレハとルドのギルドマスターは。

 何を隠そうルドの町のギルドマスターとコレハは実の親子だった。

 位の高い者は基本的に姓で呼ばれる為、ルドの町のギルドマスター、アレハ・ダレイの名を知らなくても仕方なかったかも知れない。


 確かに可笑しな名だとは思うが、こうも見事に実の父の名をバカにされると気分が良い筈もない。

 コレハの表情も曇る訳だ。


 親元を離れ王都の魔術士ギルドで働きながら魔法使いを目指すコレハ。

 彼とリンツの付き合いはもう二年以上になる。

 無論彼の父がルドのギルドマスターである事もリンツは知っていた。

 魔術士ギルドで働く者なら誰もが知っている事実だ。


 似た名を口にした時点で彼の父だと気付かない彼女は残念ながらバカだった……。



「そ、そんな! でもでも、紹介状の名前は? コレハくんも見たでしょ、確かにケイツって!」


「はぁ……、多分父さんも誰かさんみたいにバカだから綴りを間違えたんですよ。Kaitzって書いてましたけど、本来はKitz何だと思います」



 そして、コレハの父もバカだった。紹介状に書かれていた名の綴りが間違っていたのだ。

 リンツの知らぬギルドマスターのファーストネームを告げる少年。魔術士ギルドに所属しているには余りにも若すぎる容姿。そして、何より綴りの間違いで名を勘違いしていた訳で。

 状況証拠だけを見るとリンツがカイツの話を信じられなかった事も頷けた。


 だが、アレハの名を聞いた瞬間コレハの名に似ている事。カイツが告げたように紹介状が確かに届いていた事実。

 そして、少年が名乗ったカイツと紹介状に書いてあったケイツと云う似た名。少し思考を巡らせたら紹介状の綴りが間違っているのでは無いか、普通の人間ならそんな答えを導き出せるだろう。


 紹介状を出した人間がバカで、それを読み実際に応対した彼女もバカ。

 バカとバカによる合わせ技により今回の悲しい勘違いが発生してしまったのである。


 ガクガクガク――。自分が犯した過ちに気付くとリンツは四肢を激しく震わせた。



「ルドのギルドマスターが今回の件を聞いたら相当怒ると思いますよ。紹介状にはとても優秀なギルドメンバーって書いてましたし。第一、あの頑固で有能な人間しか気に入らない偏屈な父さんが自分の息子のような子だって書いてましたから。名前は初めて聞くから僕が故郷を出た後にギルドに入ったみたいですけど、そのカイツくんを有無を言わさず追い出したって知ったらここのギルドマスターに抗議するでしょうね。下手したらリンツさん……」



 二年、人生の長さで言えば余りにも短い期間しか付き合いの無い二人であったが。

 彼女の腹黒さと、単純さはそんな短期間の付き合いさえあれば把握出来る。


 リンツの人となりを熟知しているコレハは、紹介状に記されていた内容を告げながらわざと彼女の不安を煽るように大袈裟な物言いをし。

 そして、最後に言葉を途切らせると。


 クイッ――。首をかっ切るようなジェスチャーをして彼女に止めを差した。


 首だ……、このままではまず間違いなく彼女はこのギルドから……。

 嫌、下手をしたら王都から追放されるだろう……。


 ルドの町のギルドマスター、アレハ・ダレイと言えば超が付く武闘派で通っている。

 50を過ぎ、今でこそ小さな町のギルドマスターに落ち着いているが。

 その昔はこの世界の上位十指に入る程の大魔法使いだったと聞いた事がある。


 そんな大魔法使いのお気に入り、しかも息子とまで言い放つ程の間柄の魔術士を邪険にした上に犯罪者扱いし追い出してしまった。

 この話がもしルドの町のギルドマスターの耳に入れば抗議などでは済まないだろう。

 ルド対王都ギルド、全面戦争だってあり得る。


 それくらいルドの町のギルドマスターは気性が荒く、影響力も、更には実力もあると来ている。



「ぶぁーーーーッッ!」



 その事実に、自分がしでかした過ちに気付いた途端リンツは情けない声を上げながら泣き出した。

 そして、突然泣き始めたかと思うと、今度は慌ててギルドから飛び出し何処ぞへと駆けて行った。



「やれやれ、世話が焼ける人だ……」



 そんなリンツの唐突な行動に嘆息しながら。コレハは何事も無かったかのように通常業務へと戻ろうとした。



「コレハくん、偉く表が騒がしかったようだけど……。って、リンツは何処へ行ったんだい?」



 すると、ギルドの奥から一人の壮年の男が顔を出し。先程のアレハと同じ事を呟いたかと思うと、受付のリンツが居ない事に気付きアレハに問い掛けた。



「さぁ、泣きながら走って行きましたけど?」


「な、泣きながら……? 何があったんだい?」


「聞かない方が良いですよ、バカを相手にすると僕達の貴重な時間を無駄にするだけですから」


「はは、一理あるな。君が案ずるなと言うなら信用するよ」



 手厳しい言葉であったが、リンツに対し彼なりの優しさが込められていた。

 何せ今目の前に居るのはこのギルドのギルドマスターなのだ。

 子細を知れば、リンツの責任問題にまで話が大きくなってしまうかも知れない。


 まぁ、普段腹黒極まるあの人を懲らしめるのも悪くは無いが。

 自分のバカさ加減に気付き、泣きながら追い出した少年を追い掛けて行ったのだ。

 今回は素直に助け船を出してやる事にした。






 そんな自分が居なくなったギルドで、一歩間違えば即座に首になるであろうやり取りをギルドマスターとコレハがしているとも知らず。

 リンツは走った。王都の中を泣きじゃくりながら。


 首にはなりたくない、あんなにもボロい職務手放したくない。

 事が大きくなる前に見付かってくれ、頼むからカイツさん現れてくれ。


 そう願い、そう祈りながら、リンツは王都を駆け回った。



「ガイヅざぁ~ん! いだぁ~!」



 そして、前話のラストに話は繋がり。彼女は無事カイツを見つけ出す事が出来た。

 バカとバカの合わせ技によって引き起こされた、バカみたいな勘違いの話であった。





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