処刑場での生活

 我らの新しい生活は、平和ではあったが、緊張感もあった。見張りの者どもは、気が緩んでいるため、我らの住処の変化に気づくことはなかったが、すぐそばを通り過ぎることが日常であった。外から聞こえる大きさで話をすると、気づかれる可能性が高いため、スジナオとの会話は常にささやき声で済ませておった。


 一番大変なのは、食事を探すことであった。我らは外に出ざるを得ないので、見張りの者がちょうどいないタイミングを見計らうしかなかった。そのため、我らは見張りの者が食事をしている間に、即座に移動をしていたのじゃ。我の役目は、近くにあった畑で麦を採ること、スジナオは城の中に保存されていた、イノシシや鹿の肉をこっそり盗み取って持ち帰ってきた。持ち帰った後も、火を使わねばならないので、煙が住処の外にいかぬように最新の注意を払っていた。

 もともと処刑場であった上に、肉を焼いたりしていたから、今思い返すと相当な臭いの中で生活していたのであろう。


 我らは、よく見張りの者どもの会話を盗み聞きをして、邪馬台国の状況を把握していた。当時は、邪馬台国が弱かったうえに、王も他所の国を攻めるという意気込みがなかったようであった。もっとも、その時の王は程なくして病で亡くなり、その後は少し気性の荒い王に変わってしまったのであった。王が変わってからは、少し緊張感も見張りの者どもの間では出てきたようであったが、まさか長い間見ている処刑場の中に我らが住んでいることは想像していなかったのであろう。結局、処刑場で生活している間、見張りの者どもに気づかれることは一度もなかった。


 あるとき、見張りの者どもの会話を聞いていたら、何やら聞き覚えのある声が聞こえてきたのであった。他の見張りの者どもとは一際違って、とても聡明な声だと思われた。あれは、間違いなくミチカナ、我のもともとの許嫁いいなずけ、であった。ミチカナももともとは下戸の身分であったため、当時にしては珍しく出世したのであろう。我は、もちろん姿を見せることはできないが、久しぶりにミチカナが元気にしている姿を見て、なぜかホッとしたのであった。


「我らの中では、伊都国が一番強いことになっておるが、遠くではという国が大きな勢力を伸ばしていることを知っておるか」

 ミチカナの話に、思わず我は耳を疑った。我は、狗奴国で過ごすなど、特別なことをしていたから、伊都国など近辺の国の状況を把握しておったが、当時の民どもは、そもそも倭の中でどのような国があることすらわかっていない状況であった。そのような中で、我も知らぬ国が、遠くではより大きな力を発揮していることは衝撃であったのであった。


「魏の国では、武力も優れているのはもちろんであるが、知力もとても優れているとのことである」

 ミチカナの話は、我には信じられなかった。この時代、武力が一番大切であり、我のような女子おなごは無力そのものであった。しかし、知力も大切にしている国があるというのは、驚きとともに興味深かったのである。


 もし、我がこの先、両親を失った日に抱いた、邪馬台国の王になるという野望を果たすには、知力が鍵になるのではないかと感じたのであった。もっとも、この時は、実際になれるとはまったく思ってはいなかった。両親を失ったときは、あまりにも無知であったため、王になると誓っていたが、我もいろいろ学び、世の中簡単ではないことを重々に承知していたのであった。

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