両親の匂い

 我らが住むことに決めた場所は、処刑された者どもを葬るための場所であったのじゃ。

「姉上、この場所はすごく不愉快ですね・・・」

 スジナオは、とても嫌がっているようであったが、我の気持ちは少し違っていた。もちろん、我もこの強烈な臭いは嫌であったし、処刑場で暮らすのは縁起が悪いと感じていた。しかし、我がここを見て思い出したのは、我らの両親のことであった。


 そう、前に記した通り、我らの両親は邪馬台国の当時の王であるマルタコのめいによって、処刑されていた。この建物の年季を考えると、我らの両親がここで眠っていてもおかしくないと、我は思ったのじゃ。


「姉上、他の場所に移りませぬか・・・」

 スジナオが、再び我に話しかける。その顔は、今にもこの場所を去りたいという表情をしておった。そこで、我は、今まで両親のことを、ミチカナにまだ伝えていないことを思い出したのであった。もともとは、両親のことは一生秘密にしておこうと考えていたのであるが、この場所に住んでみたいことを伝えるには理由を説明する必要がある。そして、スジナオは、嘘を簡単に見破れるくらい利口な青年であった。


 我は決心した。

「あのな、スジナオ。今まで黙っていたのであるが・・・」

 我は、一つ一つ両親が殺された時のことを説明した。かなり前のことであったため、記憶も薄れかけているかと思っていたが、スジナオに話していくうちに、あの時のことを鮮明に思い出すことができた。


「やはり、そうだったのですね・・・」

 すべてを説明を聞いたスジナオはうつむいてしまったものの、我が恐れていたほど驚いた様子はなかった。

「両親がこの世にいないことは、狗奴国に住んでいる間になんとなく想像できていました。しかし、そのような最期を遂げられていたとは」

 スジナオは淡々と話す。我は、両親が遠くの国で暮らしていると伝えていたということも、この時に改めて思い出させられた。きっと、スジナオはおかしいとは思いながらも、本当のことを伝えない我の真意を汲み取って、これまで一度も両親のことを聞いてこなかったのであろうと思われた。


「それなら、ここでしばらく暮らしましょう。きっと両親が我らをどこかへ導いてくれるかもしれません」

 スジナオはやっと笑顔になった。我は、スジナオの笑顔にこれまで何度も助けられてきたのであった。

「そうであるな。きっとここにいれば、母上のことも父上のことも側に感じられるであろう」

 そう言って、我は大きく息を吸った。


「うむ?」

 我は、息を吸ったとき、腐敗臭の中から、何か懐かしい匂いを感じたのであった。

「どうしたのですか」

 スジナオが、我を不思議そうに見つめる。我は、再び大きく息を吸って、懐かしい匂いのもとを探した。

「うむ、こちらからするぞ・・・」

 我は、ひたすら匂いのもとを探し続ける。匂いは本当に微かであったので、慎重に歩んだ。


「ここだ・・・」

 懐かしい匂いのもとにたどり着くことができた。しかし、我はまだ、なぜ懐かしく感じているのかわかってはいなかった。ふと、匂いのするところの下を見ると、血の跡と骨のようなものがあった。

「母上・・・父上・・・」

 なぜかわからぬが、この遺体は我らの両親であると、我には思えてきた。それと同時に、懐かしいと感じた匂いは、両親の匂いであることに気が付いたのであった。

 不思議なことである、七年ほど前のことであるのに、まだ匂いが感じられたのであるから・・・


 我はその場にしゃがみ込んで、ひたすら泣き続けた。両親を失ってから今まで、あらゆることを経験し続けたが、スジナオとメナを守れる唯一の者として、ずっと気を張って生きていたのであった。残念なことに、メナを守りきることはできなかったのではあるが。両親の匂いを嗅ぐと、両親に守られて過ごしていたときの記憶が、つい昨日のことのように思い出してしまったのである。それと同時に、あの頃は二度と戻ってこないということも強く感じられたのである。スジナオは、何も言わずに、我の背中をさすってくれた。


 とにかく、我らは、両親が眠っているであろうこの場で、生活をすることを決めたのであった。

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