さらば狗奴国

 さて、邪馬台国に戻る決心をした我ではあったが、実際に戻るまでにはかなり時間がかかってしまったのじゃ。

 まず、弟のスジナオには猛反対されてしまった。スジナオは狗奴国の生活が気に入っており、良い思い出の少ない邪馬台国に戻るなど、もっての外とのことであった。我は、スジナオの気持ちも痛いほどわかってはいたが、半ば強引に説得をしたのであった。

 次に、集落のものにも反対をされた。もちろん、敵国である邪馬台国に行くとは打ち明けはしなかったが、狗奴国を出るのは危険だと何度も言われた。我らの時代は、国を移動するということが、戦争以外ではあり得ないことであったし、ましてや、違う国に住み始めるということは考えられないことであった。加えて、当時は特に戦争が激しい時期であったし、集落から出るということは危険に身を晒すことと等しかったのである。


 集落のものたちに、理解してもらうことに苦労していたある日のこと、我は突然モノリに呼ばれたのであった。城に入ると、モノリの家族に歓迎されて、夕食をともにした。モノリの子も数えで五つになったみたいで、幼いながらも礼儀作法はしっかりとしており、将来は立派な人になりそうだと、我はその時に感じた。


「セナよ、お前は狗奴国を離れたいと言ったと聞いた。それはなぜじゃ」

 夕食を食べ終わったときに、モノリが突然訪ねた。呼ばれた理由はまったくわからなかったのであるが、まさかそのことまでモノリの耳に入っているとは思わなかったので、我は驚いた。

「祖国に帰りたい・・・」

 我は思わず本当の気持ちを言ってしまった。すると、モノリはニッコリと笑った。

「はは、正直だな、セナは。しかし、それは大切なことである」

 その言葉に我も少し元気をもらえたが、すぐにモノリの顔は真剣になった。

「我はセナの祖国がどこかは知らない。しかし、この乱世、おそらく狗奴国の敵国になっているのであろう」

 我はドキッとした。邪馬台国という名前は出されなかったものの、モノリには何もかも見透かされている気がしたのだ。動揺する我のことは気にせず、モノリは話を続けた。

「頼るもののいないお前の場合、たとえ祖国に帰るのであっても、大変危険なことである。ちゃんと生きていける自信はあるのか」

 我は何も答えられなかった。もちろん、自信はまったくなかったからである。しばらく沈黙が続いた。


「そんなお前に捧げたいものがある」

 そう言ってモノリは従者を呼ぶと、従者は何か怪しげな風呂敷のようなものを持ってきた。

「開けてみよ」

 モノリがそう言うので、我は風呂敷のようなものを開けると、中からはとてもキラキラとしたものが出てきた。

「これは、水晶である」

 モノリが真剣な顔をして言う。我には、なぜ水晶を渡されたのか理解ができなかった。

「今はあらゆる国が武力で争っているが、そのような世界ではなかなか平和は訪れない。猛々しい男どもが国を統治しているだけでは、戦いで勝ったり負けたりを繰り返し続けて、民は困窮こんきゅうしていくだけである」

 モノリは、我に向かって語っているが、モノリ自身にも語り掛けているかのように見えた。モノリ自身も、相当苦しんでいたのであろうと、今になって思う。

「そのような乱世を救うのは呪術だと我は思っている。呪術は男女平等、いやセナのようなものの方が向いているかもしれない。どうか、この水晶を大切にして、平和に暮らしてくれ」


 城では、モノリの言っていることは理解ができなかったが、水晶を他のものには見つからないよう、集落に持って帰っていった。スジナオも寝た後に、こっそりと水晶を取り出し、両手を当ててみると大変不思議なことが起こった。

「明日の朝一番、狗奴国を去るべきである。周りのことを気にせず、ただひたすら、邪馬台国に向かって走っていけ」

 水晶が、我の脳裏にそう語りかけたのである。まだ、呪術を完全に信じていたわけではないが、我の中で決心は固まった。


 明日の早朝、スジナオと一緒に狗奴国を去る。何があっても、邪馬台国に行く、と。

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