メナの死
狗奴国にはその後も、四年ほどは三人で仲良く暮らしておった。モノリが王様となってしまって、遠い存在となってしまったことは悲しかったが、それでも他の集落の者どもは我らを大切に扱ってくれていたのだ。
今思い返すと、この頃が一番幸せであったかもしれないのう。
しかし、その一方で、我の年齢も十六となり、世の中の事情をわかるようになってしまっていったのじゃ。我らの前では何も言わない集落の者も、邪馬台国に対する怒りの念を口にしていることを度々耳にしてしまったのじゃ。
ある時、寝ているふりをして、こっそりと他の者どもの会話を盗み聞きした。それで、我らがいる場所は、邪馬台国の敵国である狗奴国であることを確信したのであった。
ただ、その頃は生活もとても裕福で幸せだったので、一生邪馬台国に戻らなくても良いとさえも思っていた。もし、あのことがなければ、我は一生狗奴国で暮らしており、邪馬台国などもっと早く滅んでしまっていたのかもしれない。
あのこととは、最愛の妹メナの死である。
メナが九つになって、間もない頃、急に彼女は高熱を出すようになったのだ。我は、弟のスジナオと必死に看病を続けた。それでも、メナの熱は一週間下がることがなかった。九つの少女の身体にとって、一週間の高熱は相当の負担だったことであろう。
集落の者たちも、必死で熱を下げるのに効きそうな食事をとってきてくれた。狗奴国で一番と噂される医者にも診てもらったが、お手上げだったようじゃ。あるとき、医者が我とスジナオに向かってこう言ったのだ。
「残念ながら、メナ殿は快方に向かうことはなく、このまま生涯を終えることであろう。この病気には、ある生薬が効くかもしれないと言われているが、残念ながら狗奴国では手に入れることができないのじゃ」
「メナを救ってください。彼女は我らのために、幼いながら文句も言わずに、働き続けていたのであるぞ」
我は、その場にしゃがみこんで大声で泣いたあと、しばらく立ち上がることができなかった。
その晩、メナは息を引き取ったのである。
葬式は翌日行われた。そこには、モノリの姿もあった。とても悲しい日ではあったが、メナが、これだけ多くの人に可愛がられていたことがわかったので、少しだけ嬉しい気持ちがあったような気もする。
しかし、葬儀の終わった頃に、集落の者たちがモノリと話している内容が聞こえてしまったのじゃ。
「メナ殿が亡くなってしまったのは、生薬が手に入らなかったから。その、生薬は憎き邪馬台国が独占しており、我らにはひとかけらも与えてくれないのじゃ」
その会話を聞いて、我は心の底から、我の故郷に対して憎しみを覚えるようになったのじゃ。邪馬台国が、狗奴国を敵対視することによって、本来邪馬台国の住民であった、メナが亡くなってしまった。
両親に加えて、妹までもが、邪馬台国によって命を奪われてしまったのである。
「二度と邪馬台国に帰るものか」
我は、最初はそう思ったが、しばらくしてから考え直すことになった。
もし、我が、邪馬台国を支配することに成功すれば、世の中は大きく変わるのではないか。本来は富を持っている、邪馬台国を、我のこの手で治めたいと思うようになったのである。
我は、この時、お世話になった狗奴国を離れ、邪馬台国に戻る決心をしたのじゃ。
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