卑弥呼自伝 女王になるまで
生い立ち
我は邪馬台国の中で一番有名な存在であるが、我の生い立ちについて知っているものはいないであろう。そもそも、我は民の前には姿を現すことはせぬから、年齢すら不詳に近いであろう。正直我も生まれたときの記憶は薄れかかっておるが、魔力によってその時のことを思い起こしてみる。
我が生まれたのは、建寧四年(教授注釈:西暦171年)のことである。我の家は、実は特別なものではなく、普段は農業を営み、何かあったら上のものに駆り出されて戦にでかける、いわゆる
我は第五子であったそうだが、物心がついたころには、兄も姉も皆亡くなっておった。我の兄弟で記憶に残っているのは、弟のスジナオと妹のメナくらいである。もっともメナも九つでこの世を去ってしまっておる。父は下戸なので、命令があったらすぐに戦に行かねばならぬといった、今思うと大変な思いをしていたのであろうが、あの頃我が家は平和であった。いや、少なくとも我は平和だと思っていた。
我が身に大きな変化が訪れるのは、十歳のときのことであった。
我は同じく下戸の身分である、ミチカナと結婚することが決まっており、いよいよ婚姻の儀まであと二日というときのことであった。いつもは日が暮れる前に帰ってくる父がいつまで待っても帰ってこぬのじゃ。翌朝になっても、父は帰ってこなかった。不審に思った母が、父を探すと言って家を出ていったのじゃ。その日も日が暮れかけてきたので、我は両親を探しに外に出てみた。外は
どれほど歩いたことじゃろうか。遠くからは母らしき声が聞こえてきたので、声がする方にかけていった。しばらくして、母の声は泣き声であることに気が付いた。
「母上、いかなるぞ」
我は母がムラの中心にある建物の中にいることに気づいたので、そう声をかけて中に入っていた。
すると、母は人相の悪い男に縛られている状態で泣きわめいておった。周りには数百もの男がそれを見守っていた。その中に、ミチカナの姿があったので我は急いで声をかけた。
「何事ぞ、はやく母上を救うのじゃ」
「セナよ、それはできぬのじゃ。よいか、よく聞け。お主の父は、戦で活躍できなかったため、王様の怒りをかってしまった。それで昨日王によって殺されたのじゃ。父がそうなったあと、すぐにお主の母がそれを見つけてしまい、あろうことか王様を怒鳴ったのじゃ。それで、今お主の母はこの状態じゃ」
我は状況をまったく呑み込めなかった。戦で父が死ぬかもしれない、そう覚悟するように日頃から母から教わっていたが、その日はそもそも戦があったことすら知らなかったのじゃ。そして、戦で命を落としたのではなく、王様によって命を奪われたというのが到底理解できなかったのじゃ。
「わけがわからぬ。父上はどこにいるのじゃ。なぜそのような目に合わねばならぬのじゃ。そして母上は何もしておらぬ。今すぐ助けるのじゃ」
我は再びミチカナに叫んだのじゃ。すると、母を縛っていた人相の悪い男が我の存在に気づいたのじゃ。
「おい、そこのおなご。小さいくせに威勢が良いじゃないか。ワシに何か用かな」
「おい!この悪魔!我の父と母を返せ!!」
我がそう男に向かって叫ぶと、ミチカナが慌てだした。
「セナ、お主何を言う。このお方こそ、我が邪馬台国の王マルタコ様じゃぞ」
そうじゃ。その人相の悪いお方こそ、当時の邪馬台国の王であったのじゃ。我は言葉を失った。父には生前、邪馬台国の王が偉大な方であると何度も聞かされており、もっと人格者を想像していた。それが、我の目の前にいたのは、武力ですべてをねじ伏せる野蛮な男だったのじゃ。
我は女の子供であったから、その場で抑えられると、危害を加えられることなく外へと追い出された。しばらくすると、母の悲鳴が聞こえ、それ以降は母の声がすることはなかった。
「姉上、おかえりなさいませ。父上と母上は見つかりましたか」
家に戻るとスジナオが嬉々とした表情を見せながら、我を迎えた。この時、スジナオは五歳、メナは三歳であった。我はとてもではないが本当のことを話すわけにはいかなかった。
「父上と母上は遠くの国で二人平和に暮らしたいそうじゃ。我らがお利口にしておったらやがって家に戻ってくるであろう」
我は、そう二人に伝えて、しばらく嘘をつくことにしたのじゃ。
翌日は、いよいよ我の婚姻の儀の日であった。そもそも、両親を失った悲しみから、我は気乗りはしていなかったが、向かうしかないと考えていた。しかし、ミチカナの家にいくと、我は入れてもらえなかった。ミチカナの父上がやってきて、私にこう言い放った。
「邪馬台国とその王のために功績を残せなかった父と、あろうことか王に暴言を吐いた母を持つお前は、確固たるこの国の反逆者である。そのようなものを、うちのミチカナに嫁がせるわけにはいくまい」
我は、短い間に両親を失い、結婚もできなくなってしまった。ついこの前まで平和な暮らしをしておったのに、一瞬で我の人生は不幸のどん底となった。我はとぼとぼと家に戻り、邪馬台国にはいられないと幼き兄弟を連れて他の国に向かうこととしたのじゃ。
この時、我の中に強い決心が芽生えたのじゃ。いずれ我が邪馬台国の王となって、皆のものを見返してやるのじゃと。
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