第3話 あの日の彼女

修行は色々やった。




最初の一年はひたすら柔軟をしたし、柔軟しながらバランスをとって体感を鍛えたりと、サーカス団を思わせるような訓練から始まった。




それを無難にこなせるようになった頃には、ひたすら体を苛め抜かれた。




ひたすら指先で突くだけで木を倒せと言われ、それが終わるとひたすら棒で殴るから受け止めろと言われた。




こうしてみると虐待まがいだが、効果としては十分なものだった。




慣れたころには手刀で岩を砕けたし、猪の牙くらいは体で受け止められるようになっていた。




ちなみにこの年あたりで子供らしい喋り方にも慣れてきた。




次の一年はひたすら動物と戦わされた。




どうやら梁山泊には戦いの型というものは存在しなく、皆押しなべて野生で育つ。動物的な戦闘が最も効率がいいと考えているからだ。




それを自分なりに会得したのち、人と稽古をして対人間用に昇華させて完成というわけだ。




そして狩りに慣れ始めた頃、大きな転機が訪れた。




「今日は何に会えるかなーっと!お?」




見るとそこには木々に爪研ぎの後。深く抉り取られたそれは、マーキングのようにも見える。




「今日は熊じゃい!ついでに鮭もあると尚よし!」




昂りながらも、僅かな足跡の窪みを探す。




見えた。まさに川で鮭取りの最中だ。




すぐさま木陰に身を潜める。左手には少し長めの刃。長めのクナイの様な見た目をしている。




対する熊の意識は川に向いている。




「鮭を取るタイミングかな…」




脳が冷えていくような感覚、目の焦点がスッと合い落ちていく。




ユキの存在感はどんどん希薄になっていく。




まるでそこに存在しないかのように気配を消している。




狩の基本はとにかく冷静に。僅かな隙を突くだけでいい。その為の過程が大事。




「…今!」




熊がまさに鮭を掴み取った瞬間、背後から一瞬で近づき脊髄目掛けてクナイを刺し切る。




熊の急所の中でも取り分け薄い急所を勢いを利用して突く。これならクナイでも充分届く。




熊が雄叫びを挙げるも、そのまま川に倒れ込む。いかに頑丈な生き物でも急所を突けばひとたまりも無く息絶える。




よし!我ながら完璧だ。




「ユキ…今のはまさか…」




「とう様、かあ様!今日は久し振りに見てくれてたんですね!」




「当たり前だ。いくらお前が手のかからない出来た子でも、俺達はお前の事を気にかけてるよ。」




ああ、こんな時深く家族という者を感じる。両親も現役ではなくとも、梁山泊からの要請で仕事はしてるはずなのに。




「それよりユキ…最近狩をしてる時、自分でも不思議なくらい速かったりしないか?」




「確かに、あれは、とう様とかあ様の教えによるものだと思ってましたが…」




「そんな事あってたまるか!あの速さは正直、今の俺じゃ追いきれないぞ!消えたようにしか見えない速さだ!」




「え?どういう事ですか?」




「ユキ、それは『天禄てんろく』という力です。」




天禄?何か聞いた事あるような…




「梁山泊の強者と呼ばれる人は、『天禄』という、特別な力をそれぞれ持っているの。それは女性が圧倒的で、男性は持っている事自体が奇跡の様な物なのよ。本人が望んだ力を得られる。それは生まれたときには身についていたり、後から身に着けたり。」






なんと比率にして1:1万。さらに天禄自体が超レア物と考えると、男が持てることなんてほぼありないのではないか?




俺、めちゃくちゃラッキーじゃん。






「女性は生まれながらに『加護』という、鍛え抜いた体を女性らしいまま男性よりも育める力を持っているの。天禄はその影響だと考えられているから、もしかしたらユキにも加護がついているかもしれないですね。」




なんだそのゲーム丸出しの能力は…




「でも、とにかく僕は強くなれる力を持ってるって事ですよね!」




「ああ、間違いなくその力があると俺たちは思う。」




「とにかく今度からはそれも一緒に鍛えましょう。自ずと名前が思いついたら、習得の合図ね。」




そうして修行に組み込まれた数か月後には、俺は二つの天禄を得た。




『絶影』と『透過』である。




『絶影』これがまさに俺の先頭のすべてといってもいい能力。




足の指に力を込めるだけでどこまでも早く動ける。およそ秒速400m。




とにかく相手に動きを感知されずに倒しきる事を可能に出来るといっていい。




そして『透過』。景色に自分を同化させていく。カメレオンのような能力。






効果としてはただひたすら『見え辛く』するだけだが、絶影にはかなりのアドバンテージになる。




ただ二つというのは異例の事態らしい。強者でも一つの天禄のみで、それを極め続けるのが道だと考えられている為だ。




そしてミカの予想通り加護もついているみたいだ。女性よりは薄いみたいだが、傷の回復速度や修行の成長効率が圧倒的に早い。






そんな驚く両親を尻目に、俺達家族に引っ越しの機が訪れた。




「改めて父さん達がいた、梁山泊というのは、大雑把に言うと強い人達の集まりなんだ。強い人達の中でも更に強い人達だけが名乗れる組織みたいな物だよ。」




「ええ!じゃあ2人共その強い人達だったって事なんですね!凄い!」




「そうだぞ〜父さん自分でも凄いと思うくらい鍛えたんだ。それでも母さんには勝てなかったけどな!」




「もう!レイの前でわざわざ言わなくていいでしょう!恥ずかしい…」




ええー…母様は父様より強いのかよ…








話を整理すると、




まずこの俺たちの住む山林自体が梁山泊の土地であり、山岳地帯の様なもの。




多くの山々に囲まれた中に、10の集落の様なものがあり、1万5千人ほどの人が住む。




俺はこの世界をまだ知らないが、隔離されてると言っても過言では無いほど侵入が難しい。




山自体が蜃気楼に隠され発見は困難、見つけても侵入する山林は住民以外では迷宮以上の難しさ。




発端は究極を求めた強者達が、浮世を離れて修行に専念する為に住処を作った事による事。




その影響か、生まれてくる多くの子は武の才能が豊かであり、間違いなく世界最強と言っていい集団が代々生まれ続けている。






そして住民達は、例外はあれど12才から18歳までの子供達を中心に、その中で優れた100人を梁山泊としておよそ10年周期、場合によっては30年など期間を空けて「選出」し合う。


梁山泊に任期はないので、タイミングは現役の梁山泊と入れ替わりの調整などもにも左右される。




「選出」の挑戦機会は生涯1回のみ。適齢のタイミングが合わなかったり、敗れた人達は別で「下剋上」という機会があるみたいだ。






選出方法はシンプル。ひたすら総当たりで戦うのみ。立ち合いは親や条件外の住民が行う。




まずそれぞれの集落内数百人で、1位から10位までを決める。




そして各集落の1位と2位のみでまた総当たり、3位から8位も同様にひたすら総当たりで。徹底して順位を決める。




つまり、最も勝利した人物を棟梁とする仕組みである。




この内のトップ10は『十刺じゅっし』と呼ばれ、絶対的な発言権を持ち、領地内の最も高い位置に立つ家をそれぞれ与えられる。




この領地はそれぞれ1位から100位までが住め、高さに比例して標高も上がる為、『登竜の地』とよばれるそうだ。




そして我が母ミカは先々代の十刺であり、当時の特権で「特別区」なる我が家を貰ったというわけだ。




ここまではっきりと差があると、蹴落とし合いも発生しそうだが、故意に命を奪う事は絶対に禁止。




組織として仲間であるし、お互いに高め合う武人だ。強いこと、それだけで圧倒的な尊厳となる。




「そろそろお前の修行も動物達では限界かな、お前が梁山泊を目指すなら改めて俺達がいた村に移り住もうと思っている」




「そうね、もう『育成』の時期ですものね」




「とう様達の村ですか?」




「そうだ、お前みたいに強くなろうとしている子が一杯いる所だよ。梁山泊みたいに強くなるなら、そこでみんなと一緒にもっと大変な修行をしないとな!」




「行きたいです!」


即決であった。強くなれるのはもちろんだし、多くの人と交流を持てるのは大きい。






それから3日後。俺は両親が共に住んでいたという『壱の集落』に来ていた。




どうやら集落における役割というのは、俺と同世代くらいの子達を梁山泊の力として、徹底的に育成する機関の事を言うみたいだ。




1集落500人くらいが集まり、これらが次期梁山泊を担う宝であり、『育成』する場所なのだ。




とはいえそもそも武芸が苦手な子や、途中で挫折し武芸者を支える道を選ぶ子もいる。そういった子達は農業や大工などの道に進んだり、




戦争における軍師という実質的な梁山泊の参謀を目指したりする。






それを支えるために家族も住んでいるといった形なのか。




「お~まだ全然変わってないな!あの時のまんまだな!」




懐かしむ父親の声を聴きながら、俺は前に住んでいた自宅と全く変わらない作りの家に着いた。違う点は同じ作りの家が所狭しと集まっている事か。




「今日からはここで暮らすのよ。落ち着いたら周りの人たちに挨拶に行かないとね。」




「そうだな。父さんたちは片付けをするから、ユキは外で遊んでていいぞ!」




「いいんですか!早速行ってきます!」




俺は空気の読める男。久しぶりに来た故郷なら、夫婦水入らずで話したいこともあるだろうと踏んだのだ。




新しい土地を散策したいからじゃないぞ。




まずは真裏の山からかな。狩りはここでもするだろうし…




そんな考え方が板についてきたユキは山奥を進もうとした時、遠くの声に呼び止められた。




「おーい!そこの少年!」




透き通ったアルトの柔らかい響きの声に、思わず俺は振り返った。




「お!止まってくれた!そっちいくねー!」




嘘…だろ…




「初めまして!レイって言います!男の子かぁ、この村の子だよね?これからよろしくね!」




「レイ…ちゃん…?」




「あれ~?私君と会ったことあったかな?忘れてたらゴメンよ~」




あの時の面影を背負ったまだ幼い美少女が、そこにいた。

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