第5話
同じ学部の、ピンク髪の千鶴。これだけ情報があれば簡単に探し出せる、そう思っていたわたしが馬鹿だった。入学式から1週間。まだ、彼女らしき人を学校でも通学路でも見つけられなくてわたしは焦っていた。
あれはわたしが入学式の時に見た幻だったのではないか。あのとき名前以外の情報を仕入れておくべきだったと何度も後悔した。
5限の授業がやっと終わって伸びをする。定年間近のおじいちゃんの先生が万葉集の講義をしてくれるのだけれど、この時間はさすがに眠たくなってうとうとする。帰り道に寝てはいけない、と頬を叩く。
いつもは帰りに待ち合わせをする怜から、今日は予定があって無理だと前々から聞かされていた。中学生の頃から続けているギターを生かせるサークルを探しているそうだ。高校の頃は練習に差し入れを持って行って怜のバンドメンバーと話して仲良くなったり、文化祭の日に横断幕を作って持って行って最前列で怜を見たりしていた。
あの時の、うれしさと恥ずかしさが入り混じっていたのか、それともただ照明が熱かっただけなのか、頬を赤く染めた怜がとても愛おしかったことを思い出す。
「
一人で電車に乗っていたはずなのに、急に話しかけられてびっくりする。目の前には、オリーブがかった淡い髪色にハンサムショート、Tシャツにジーンズを履いた見知らぬ人がいた。
「失礼ですけど、どなたですか?」
「まだ会ってから1週間しか経ってないのにもう忘れたんだ。記憶力にわとりレベルじゃん」
頑張って記憶を辿る。
「入学式で隣に座ってた、って言ったら分かる?」
その話し方、状況から考えて。
「
「思い出すのに時間掛かったね~隣失礼するよ」
電車の中は空いているのに、わざわざ真横に腰掛けてきた。一人で帰ると思っていたから気を使っていなかったけれど、メイクが崩れていたり変なにおいがしたりしないだろうか。途端に落ち着かなくなる。
「髪染めて、切ったんだね」
「美彩が褒めてくれたからそのままにしようと思ってたんだけど、さすがに友達欲しくて悪目立ちしない格好に変えた。ごめんね?」
「それは、全然いい、んだけど、雰囲気全然違うから気付かなかった」
もしかして学内ですれ違っていたのではないかと聞くと、もちろん何度も見たと言われた。
「同じ授業、結構履修してるよ。英語とか」
「嘘でしょ!」
「ほんと。美彩、いつも周りに人がいるから話しかけにくくてさ」
全然友達とかではないんだけど、と謎の弁解をしてしまう。千鶴の他に親しい人がいると思われたくなかった。
「あと彼氏もいるでしょ?」
思ってもみなかった会話の流れに耳が赤くなる。
「な、なんで?」
「だって入学式の日、彼氏が迎えに来る、みたいなテンションだったじゃん」
怜だ。今彼女のことを思い出すと、胸に黒いしみが広がっていくような気持ちになった。
「あれは、女の子の友達だよ。千鶴が思ってるような人じゃないし、彼氏もいない」
後半に行くにしたがって声が小さくなってしまった。でも、誤解されるのは好きじゃない。余計な情報だとも思ったが補足しておく。
「じゃあさ、」
千鶴は出会った瞬間のように、目をバチっと合わせ、心底楽しいというような表情で言った。
「わたしと付き合ってよ」
リリィ・チョイス 悠未菜子 @yuuminako
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