第3話

 大学前、というそのまんまな名前の駅に着いて、大勢の人と一緒に電車から吐き出された。自分の髪が乱れていないか確認すると、隣にいる幼馴染の方がひどいことになっていた。


「めっちゃ髪絡まってるよ!だからくくった方がいいんじゃないかって言ったのに」


 髪に手を伸ばすと、さりげなくかわされた。れいは最近、わたしに触れられるのを嫌がる。こうして一緒に入学式に向かってくれているくらいだから、嫌われてはいないと思うのだけれど。


「そっちこそ乱れてるよ。まあ元々寝ぐせついてたけど」

「嘘でしょ?言ってくれなかったじゃん」


 起きてから今まで隣にいるくせに1度も言ってもらえなかった。恨みがましい顔で怜を見る。


「かわいいから良いかな、と思って」

「怜、いつもわたしにかわいいって言ってくれるね。こんなに言われることないから、いっつも照れちゃう」

「え、嫌だった……?」


 急に顔色が暗くなった。

「ううん、うれしいよ」

「ごめん、いつも言い過ぎないように気をつけてるんだけど......」

「それ、言ってる以上に思ってるってことじゃん!」


 怜は、わたしに寝ぐせがついていても、何も無いところでコケても、理科の実験でアルコールランプでノートを焦がしてしまったときも、何をしてもかわいいと言ってくれる。


 ありがたいけれど、その言葉にずっと甘えてしまっていいのかなと最近不安になる。


 喋りながら大勢のスーツの人並みに流され、大学の正門が見えてきた。薄いピンクの桜が散る中、校内に足を踏み入れるのは、まるでドラマのワンシーンのようで、まだ何メートルも先なのにソワソワした。


 まだ少し先に見えるその景色の中に、目を奪われる姿があった。黒やネイビー、グレーのスーツの波の中にその人はワインレッドのスーツで堂々と歩いていた。鮮やかなピンクに染められた髪も目を引く。


「こんな学校でも、あんな目立ちたがりみたいな人いるんだね。意外」


 嫌なものを見たような様子で、吐き捨てるように言う怜に一瞬戸惑う。こんな様子、あまり見たことがない。


「たしかに、みんなと違うから目を引くよね。自分らしく、って感じ」

「悪目立ちって感じ。あんな人に話しかけられても無視していいからね」


 曖昧に返事をして、歩き始める。この先に待っている未来に、ちょっぴり不安を抱えながら。


 入学式は1年生が全員揃った体育館で行われるが、学部毎に場所が分かれている。入口で怜と別れ、文学部と書かれた一角に進む。1度振り返ったけれど、怜は振り向かなかった。


 文学部は女子が多いと担任から聞いていたけれど、本当に女子しかおらず、まるで女子高生だった。しかも、ほとんどの人が、2人がけの椅子の隣に座った子と仲良さそうに話している。


 怜のいない体育の時間に「じゃあ2人組を作ってください」と言われた時の寂しさを思い出した。自分のいるべき場所を探すけれど、どの椅子も埋まっているように見えた。


 既に座った人達と目があわないようにしながら空席を探す。すると、人がほとんどいない一角があった。何かを中心にして、円上にぽっかりと空いているせいで浮島のようだった。


 何があるのだろう。視線をスライドさせる。


「あっ」


 思わず声が出た。その声に引き寄せられて、わたしが声を発してしまった理由が、こちらを見る。そして目がバチンと合った。


 そのまま、ワインレッドのスーツに鮮やかなピンクの髪。誰よりも桜の花が似合う彼女の、隣に向かう。




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