第17話 ファーストモーニング

「いやあ、なかなかすごいファーストモーニングだったよ」

 草一の声は少し苦笑いしているようであった。

「こっちは大変だったんだからあ。今から録画見るね」

 そう言って、ユイは草一との通話を切った。久しぶりに草一と通話できたものの、明日も朝早いことに加えて、ファーストモーニングの録画を観たいこともあって、短めの会話で終わった。

 ユイのクランクインが生中継された「ファーストモーニング」は、その後相当な話題となったのであった。そのことを知った状態で、ユイは放送の様子をじっくりと見ることにした。


「なんだばや。きまやげるじゃ!」

 ユイの台詞が、番組開始早々聞こえてきて、ユイが武役の男を海に突き飛ばすシーンから始まった。しかし、かなり遠くからの撮影であった。

「近くにいたカメラマンは何だったんだろう・・・」

 ユイはてっきり、すぐそばにいるカメラマンの映像が流れるかと思ったので、驚いた半面、自分の演技が大々的に映らなくて良かったと感じていた。


「みなさん、おはようございます。今日のファーストモーニングは前日お伝えした通り、来年の朝ドラ『かもめ』のクランクイン現場からお送りします」

 田中美鈴が少し声を潜めながら、それでもはっきりとした声で挨拶する。現場で見た

 田中アナウンサーは愛想が悪かったのだが、テレビでこうやってみると、とてもサバサバとして元気の良い人に見える。

「クランクイン生放送って前日に伝えていたんだ・・・」

 ユイはボソッと呟く。朝のテレビ番組など見る時間のなかったユイは、自分よりも先に視聴者が今日のことを知っていたことに、驚かされた。

「そして、クランクインにはの両親役も登場するとのことです。まだ、キャストが公式に発表されていないのですが、どなたが演じるのでしょうか。私も今とてもワクワクしております」

 放送前に、田中アナウンサーは、両親役のいるバスの中にいたため、この時点ですでにキャストは知っていたはずであるが、本当に何も知らされていないかのように話しているのを、ユイは逆に感心していた。ユイなんかより、よほど演技が上手であるかのように思えた。


「はい、かもめの両親役のお二方スタンバイお願いします」

 そう声をかけられると、バスから二人降りてきた。そう、岸野と渡辺である。二人が姿を現した瞬間、ディレクターの声がすぐにかかる。

「それでは本番始めます。5、4、3、2、1」


「おい、かもめ。馬鹿でねな!やめでげじゃ!」

 ドラマ経験の少ない渡辺の声は少々裏返っていた。やはり、このような形でお披露目になることに少なからず緊張はしていたのであろう。

「とっちゃ、かもめを怒らないでけろ。かもめはいるかのことを思ったんず」

 続いてセリフを口にした岸野の演技は、圧巻であった。バスから降りてきて間もないことに加えて、かなり久しぶりの演技であるはずだが、目にはうっすらと涙を浮かべていて、この瞬間までに、すでにかもめの母親として、いろいろなことを経験してきたかのように思えた。


 二人の演技はまだ続いているが、再び田中アナウンサーのドアップに画面が切り替わった。田中アナウンサーは、演技であるはずだが、口を大きく開けて唖然あぜんとした表情を少しした後、我に返ったかのような素振りを見せてから口を開いた。

「す、すみません。あまりの予想外のキャストに本当に驚いてしまいました・・・。母親役のふなを演じるのは、女優の岸野 真千子さん。子育てのために芸能界を休業されていたはずですが、まさかの復活なのでしょうか・・・。そして、父親役の良一役は、あのクラッカーの渡辺 太蔵です・・・」


 画面がスタジオに切り替わって、田中アナウンサーと一緒に司会を務める、お笑い芸人のファーブル三世の二人も驚いた表情で会話をしていた。

「え、ちょっと。渡辺さん、いつも仲良くしてもらっているのに、朝ドラ出ること一度も教えてくれなかったじゃないですか!」

「いや、それよりも、岸野さんですよ!あの、岸野さんが本当に芸能界に戻ってきたのですか?」


 ユイは少しだけ早送りをした。おそらく、スタジオのファーブル三世もキャストは事前に知らされていただろうに、わざとらしく驚いているのが少し嫌になったからだ。草一の話だと、この辺りでSNSはかもめのキャストに関する投稿が急速に増えたらしく、MGJの狙い通りだったのだろう。


 しばらくして、田中アナウンサーと、岸野と渡辺の三人が画面に映った。

「皆さん、今回は特別に両親役のお二人にお話を直接聞けることになりました!」

 田中アナウンサーが興奮気味に話す横で、岸野は優しく堂々と微笑んでおり、渡辺は少し恥ずかしそうにしていた。

「なお、ヒロイン役の月野さんは、まだ撮影があることからお話は聞けないそうです」

 田中アナウンサーが一瞬冷静な状態に戻って、そう言った。

「え?」

 ユイはテレビの前で大きな声を出してしまった。テレビの画面では再び興奮状態の田中アナウンサーが二人に話を聞いている。


 クランクインの時、ユイが実際に演技をしたのは、冒頭の武を突き飛ばすシーンだけであって、そのあとはまったく演技をすることはなかった。そして、生中継の間も、ユイは詳細を聞かされないまま、少し遠くの場所で勝手に事が進んでいたのだ。

 結局、ユイが映ったのは、冒頭の20秒ほどのみであり、そのあとは画面に見切れることすらなかった。


「何のためにこんなことやらされたのだろう・・・」

 ユイはモヤモヤした気持ちでいっぱいであった。この日の撮影は、実際の朝ドラで放送できるようなものは一切なかったことが、経験の浅いユイから見ても明らかであった。完全にMGJの宣伝として、クランクインが使われてしまったのである。そして、ユイなんかはヒロインであるから、建前上呼ばれただけで、何の役目もなかったのであった。


「まあ、戦略がはまったという点ではいいのかな・・・」

 ユイはSNSを見ながら思いなおした。夜になってもなお、本日のクランクインのことは一番の話題になっているし、ネットニュースもたくさん流れた。おそらくMGJにとっては、この上ない大成功といえるのであろう・・・。

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