第15話 クランクインは生中継
クラインクインの瞬間は生放送される。
そうユイが聞かされたのはクランクインの前日のことであった。クランクインがニュースになることはユイも知っていたが、まさか生中継されるとは思ってもいなかった。朝ドラ出演も、ヒロインを務めるのも初めてのユイであったが、テレビの生放送に出演するのも初めてとのこともあって、緊張は最高潮に達していた。
クランクインの当日、ユイは午前3時に目が覚めた。もともと、午前6時半からメイクなどを開始することになっていたが、予定よりも緊張で早く目が覚めてしまったのだ。青森の生活には慣れてきていたが、いよいよ撮影が始まるという現実はまだ受け止められないでいた。
「おはようございます」
午前6時、ユイは特設スタジオに入った。
「おはようございます、メイク・衣装担当の
川岸と名乗る女性の言うがままにユイは椅子に座って指示を聞いた。スタジオの周りを見渡すが
「はい、それではこの衣装に着替えてください」
川岸から渡された衣装は、オーディションの時にきた衣装とかなり似ていたが、それよりもダメージ加工などが
「あ、キツイ・・・」
衣装を着ようとするが、サイズがかなり小さくてユイは思わず声を出してしまった。
「かもめは海で働く少女なのですから、かなり筋肉質で痩せているはずです。月野さん、もう少し体を絞るべきでしたね」
それを見た川岸が淡々とユイに話しかける。川岸は完全に無表情であり、ユイは少し不気味に思えた。
「すみません・・・」
そう言ってユイは何とか服を着ることができた。
「衣装を着たら、次はメイクです。砂浜にいるので、少し泥で顔が汚れているのを再現しますね」
川岸がメイク道具を取り出すと、手際よくユイの顔に化粧をし始めた。メイクは、美しく見せるためというよりも、かもめの設定に合うように、できるだけナチュラルに、海で働いている粗さのようなものを出していた。それでいて、ヒロインに相応しく美しい見た目になるような細かな工夫もされていて、ユイは川岸のスキルに感心した。
「準備が終わったので、現場にはタクシーで移動します。外にタクシーがあるので、向かってください」
そういうと、川岸は最後まで笑顔を見せることなく去っていった。ユイは指定されたタクシーに乗って、津軽半島の海岸に向かって行った。
「やあ、月野さん。いよいよクランクインだね」
ロケ地に到着すると中田が満面の笑みで出迎えた。
「おはようございます。はい、頑張りたいと思います」
ユイは愛想笑いで返すと、ロケ地のあたりを見渡した。すでにたくさんのカメラがセットされており、旗を持った多くの人が待ち構えていた。
「こちら、津軽半島にある町中の町長さんとその関係者たち。みんな、月野さんのために駆けつけてくれたんだよ」
中田がそう言うので、ユイは旗を持った人たちに軽く会釈をした。町長らしき人たちは、笑顔で旗を振ってくれる人もいれば、無理やり連れてこられたのがあからさまなくらい
「ところで、他の役者さんたちはどこにいるのですか。まだ、武(かもめの姉の夫)役の人も知らないのですけど」
ユイは中田に聞いてみた。
「あぁ、岸野さんと渡辺さんはこのタイミングでメディアにお披露目だから、そのタイミングまで隠れてもらっているよ。特に、岸野さんは十年ぶりにテレビの前に姿を現すことになるから慎重にいかないとね」
中田の発言を受けてユイは周りを見渡すと、遠くにバスのようなものがあることに気が付いた。窓もすべて黒くなっていて、外から中が見えない作りになっていたので、おそらくその中に二人がいるのだろうとユイは思った。
「武については、実はまだキャストが決まっていないんだよね。いろいろ難航していて・・・」
「え・・・どういうことですか?」
中田の発言にユイはとても驚いた。
「いやあ、だけど今回は問題ないよ。クランクインはあくまでも周りへのアピールが第一の目的だし、武が誰かわからなくても問題ないような作りにしてあるから」
中田の説明を聞いてもユイは理解できなかった。ただ、演技指導などがあまりない中でクランクインとなったのは、メディアへのアピールが第一目的であることだけは理解ができた。
「はーい、生放送15分前です。月野さんはスタンバイお願いします」
スタッフに声をかけられ、ユイは海岸沿いへと向かった。先ほどは遠くにいた、両親役の二人が入っているであろうバスも気が付いたらすぐ
ちょうど、現在の朝ドラ「はるの夏」の主題歌が流れているところである。
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