第14話 クランクイン日時の決定
「さて、本当の親子のような関係になれたのかな?」
現場が凍り付いたのを待っていたかのように、突然中田が戻ってきた。ニタニタしている表情は、まるで3人の会話をずっと盗み聞きしていたかのようで、ユイは少し気味が悪かった。
「いやあ、岸野さんも渡辺さんも改めてよろしくお願いしますね。月野さんはまだまだ経験もないし、演技力も朝ドラヒロインとしては足りないから、しっかりと鍛えてあげてくださいね」
中田の発言にユイはムッとはしたが、経験がないことも演技力が足りないことも自覚していたことだったので、何も言わずにグッとこらえた。
「いやあ、それにしても岸野さんと仕事をするのは、『かくれんぼう』以来だね。あの時は、右も左もわからない女の子だったのに今や立派になられて」
中田の発言に、ユイはドキッとした。「かくれんぼう」とは岸野がヒロインをつとめた朝ドラのことで、つい先ほどその話を振ったことで、岸野の表情が曇っていたからである。何かがあったのだろうとユイは考えていたが、中田も関係したとなると、今後の撮影も少し不安に思った。
「中田さんこそかなり偉くなられたので、素晴らしいですわ。あの時は、まだ上司に怒られてばかりでしたものね」
岸野は表情を一切崩すことなくそう言い放った。やはり、中田と岸野の間には何かしらの因縁があるのだとユイは確信した。その横で、渡辺は気まずそうにしながらも、微笑んでいた。テレビでのキャラとは違って、渡辺はおとなしくて心優しい人なのだろうとユイは感じていた。
「それはそうと、クランクインの日程がついに決まりました」
中田は不服そうな顔をしながら、台本らしきものを取り出した。
「市沢先生を何回も説得してようやく書いてもらいました。まったく、クランクインはヒロインとその家族のシーンから始めたいのに、幼少期の頃の台本しか書いてもらえないからひどく時間がかかりました」
相変わらず脚本家の市沢を快く思っていたいのが伝わってくる発言ではあったが、岸野と渡辺がいる手前か、ユイと二人きりの時よりは抑えめであった。
台本を開くとなんと最初の2ページほど
クランクインのシーンは、かもめが17歳の時らしい。東京に出ていくことを決心するきっかけとなるシーンであって、かもめは久しぶりに両親と会っているとのことであった。そこに、かもめの姉の夫が突然現れてくるとのことであった。
「かもめの姉・・・?」
かもめの家族構成については、まだユイは知らされていなかった。ト書きを見て、初めてかもめに姉がいることがわかったのだ。
「あの、かもめの姉はどなたが演じられるのですか」
ユイが尋ねると、中田は嬉しそうな顔をした。
「かもめのお姉さんはもう誰が演じるか決まっているけど、皆にはまだ秘密だよ。その方が役に思い入れできるでしょう」
ユイは中田の言っている意味が理解できなかった。姉の夫がクランクインから登場するのに、姉については何も知らされないという意味が納得できなかったのだ。しかし、台本を読み進めるうちに、中田の言っている意味がなんとなく分かった。
(以下、台本の台詞)
かもめ「それじゃ、ねっちゃはどこにいるのかわからんべか?」
かもめ「おめ、
武「私の中では、もういるか(かもめの姉)はこの世にはいない人だ。残念だが、諦めるしかない。今日皆のところに来たのも、新しい妻をもらったことを報告しに来ただけだ」
かもめ「なんだばや。
かもめ、武の胸倉をつかみ、海に突き飛ばす。
良一「おい、かもめ。馬鹿でねな!やめでげじゃ!」
ふな「とっちゃ、かもめを怒らないでけろ。かもめはいるかのことを思ったんず」
良一「そんな言い訳が通ずるか!かもめ、いーかげんにせ!」
良一、かもめを持ち上げて海の中に投げ飛ばす。びしょびしょに濡れたかもめは海の中から顔を出して叫ぶ。
かもめ「とっちゃ、なんでこったことするんずや!」
ふな「そったごどより、武さんば助げねど」
かもめはおぼれかけている武のもとにいき、浜辺へと連れていく
武「まったくなんというおなごだ!いるかと全く違って、気性の荒い最低な奴だ。こんなおなご、誰ももらってくれないぞ」
(台本、終わり)
ユイは台本を読み終えると、一気に不安な気持ちが強くなった。クランクインからかなり激しい演技が要求されることになる。最初の撮影は、爽やかだけどお
「クランクインは今からちょうど2週間後の5月20日だから」
中田の発言に、ユイはまた驚いた。
「え、もうそんなにすぐなのですか」
「あら、それは予想外だわ」
岸野も少し驚いた表情をしていた。朝ドラのクランクインは放送の半年前くらいだと想像していたのに、それよりも半年近く始まるからだ。何より、ユイ以外のキャストは公式には誰も発表されていない状態であった。さらに、方言がかなり強いので、方言指導などの事前準備がもっとかかると思っていたのだ。すると、中田は厳しい顔になった。
「今回の朝ドラは、我々にとって本当にすごく重要なのだ。始まる前から、視聴者の期待を最大限に高めておく必要がある。そのためだったら、何でもする。こんなに早い時期から撮影を開始することで、我々の本気度を皆にアピールするのさ」
ユイは息をのんだ。これから多忙な日々が本当にやってくる。全力で毎日取り組まないと、ユイは周りから叱られることになるだろう。MGJの今後の運命を託された重責を全うしなければならない。そう、ユイは自分に言い聞かせていた。
一方で、こんなことも考えていた。
どうして、私が今このようなことになってしまったのだろうか。これが、私のやりたいことだったのだろうか
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