第13話 両親役との面会その2

「月野ユイさんって言うのね。はじめまして、岸野です」

 岸野がユイの顔を見てにっこりと笑う。ユイは岸野の表情を見つめたまま何もできないでいた。岸野は、ここ十年間、芸能界から完全に姿を消し、ブログやSNSなどもしていなかった。そのため、十年前の様子しかユイは知らなかったし、おそらく世間も現在の岸野の姿はまったく知らないであろう。当時の美貌びぼうはそのままキープしていたが、少なくともテレビ越しでは以前はなかった、温かい母性のようなものがあふれ出ていた。

 ユイが緊張して何も言葉を発せないでいることを悟ったのか、岸野が話を続けた。

「月野さんは大勢のオーディションを勝ち抜いてヒロインになったんですって。すごいわね。これから大変なことも多いと思うけど、よろしくね」

 岸野の優しい言葉を聞いているうちに、ユイの緊張は少しずつ解けていった。

「岸野さん、渡辺さん、今度の朝ドラでヒロインをします月野ユイです。お二人が私の両親役としってとても心強いです。どうぞよろしくお願いいたします!!」

 ユイが元気よく挨拶するのを、岸野は満面の笑みで見ていた。


「渡辺さんとは私も初めましてですよね。クラッカーのお笑いは子供たちともよく見て笑ってますわ」

 岸野が渡辺に話しかけた。バラエティとかでは陽気なイメージの強い渡辺であったが、三人だけになってからはずっとうつむき加減であった。

「こちらこそ・・・私も岸野さんの頃は学生時代から大ファンだったから・・・復帰することも思ってなかったのに、まさかドラマで夫婦役になれるなんて・・・」

 渡辺がモジモジしながら話している姿がユイにとっては新鮮であった。


「私はドラマに出るのが十年ぶりだからうまくできるか心配だわ。だけど、大事な朝ドラだから皆で楽しくやりたいわね」

 岸野はにこやかに話すが、確かに久しぶりの芸能界復帰を心配そうにしているのが、少しだけユイにもわかった。とはいえ、ユイも渡辺もドラマ経験がほとんどないから、自分がリードしなきゃと思っているのであろう。その姿を見て、岸野に負担をかけすぎないように頑張ろうとユイは思った。


「あの、私たちどうやったら家族として一年間演技できますかね」

 ユイは思っていた疑問を素直にぶつけた。今の段階だと、大女優である岸野と大人気のお笑い芸人である渡辺を両親だと思うのは難しかった。そして、二人の年齢は、ユイの実際の両親より十歳以上若いのも、違和感がある原因でもあった。

「それは、家族であるという演技を頑張ろうとするのではなく、ドラマの撮影以外でもいかに家族らしく仲良くできるのかにかかっているわよ。ということで、これからは普段の会話とかでも家族らしく話してみましょ」

 岸野の回答はとても説得力があった。ユイでも渡辺でもない何か遠くをまっすく見つめてそう語る姿をみると、おそらく相当の覚悟で芸能界復帰を決めたのだろうと想像がついた。


「それならユイさんは岸野さんとオラのことを、って呼んでみなよ」

 渡辺がはにかみながら提案してきた。かっちゃととっちゃという呼び方は、ユイが青森に住んでから何回か聞いたことがあった。

「わかりました。かっちゃ、とっちゃこれからよろしくお願いします」

 ユイがそういうと、岸野はふふふと笑った。

「家族なんだから敬語もいらないのよ。津軽弁は意識しつつも、普段ご両親に話しているときの感覚を思い出してみて」

「な、なるほど。自然にできるように頑張るね」

 ユイは岸野の提案を受けて、敬語をやめてみた。すると何か肩の荷がすっと下りたような気がして、二人が少し身近な存在に思えてきた。


「私たちはユイさんじゃなくてこれからかもめって呼ぶわね。かもめ、朝ドラの撮影は本当に大変だけど私たちを頼ってね」

 岸野がそういうと、当初よりかなりリラックスしてきた渡辺がユイに話しかけた。

「そうだ。せっかくなんだからヒロイン経験者のかっちゃにいろいろ聞いておきなよ。わからないこと、心配なことは早めに聞いちゃった方が良いよ」

「そうだね、かっちゃがヒロインだったときの話も撮影開始までにいろいろ聞いておきたいな」

 そうユイが言うと、岸野の表情が突然曇った。

「私がヒロインだったときの経験をもとに、かもめにいろいろアドバイスをすることはどれだけでもするわ。だけど、私がヒロインだったときの話は一切聞かないで。思い出したくもないの」

 くつろいでいた現場の雰囲気が、一転して凍り付いた。ユイが思わず渡辺の様子を見ると、渡辺も目を大きく見開いて戸惑っている様子であった。


 一体、岸野はヒロインの時に何があったのだろうか。いろいろなことがあった一日ではあったが、ユイの中にはそのことが大きく疑問として残る一日となってしまった。

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