第12話 両親役との面会その1

「やあ、月野さん。青森の生活はどうかな。二週間経ったけど慣れてきたかな?」

 東京にあるMGJの会議室に入ったユイを、中田は怪しいくらいの満面の笑みで出迎えた。

「あ、はい。なんとか・・・。バイトを始めましたし、方言の勉強も進めています・・・」

 中田の表情に少し戸惑ったユイは、時折口ごもりながら答える。

「そうかいそうかい、大変だと思うけど頑張ってね。さあさ、座って」

 中田は相変わらず笑顔のまま、ユイに座るよう指示をする。


「今日来てもらったのは、両親役のキャストが決まったからなんだよ。ここに来てもらうことになっているから月野さんに会ってもらいたくて」

 両親役のキャストが決まったことは、ユイもメールで聞かされていた。しかし、そのキャストが誰であるのかは知らされていなかった。ユイは誰が今日ここに呼び出されているのかまったく想像ができず、正直不安な気持ちでいっぱいであった。


「さあさ、それでは両親役のお二人に登場してもらおうか。どうぞお入りください」

 しばらくもったいぶっていた中田であったが、ようやく両親役の人を部屋に呼んでくれた。

「失礼します」

 ノックの後、男女の声が聞こえてきて、そして会議室の扉がゆっくりと開いた。


「え・・・」

 入ってきた二人の姿を見るなり、ユイは言葉を失った。

「いやーいやー、ようこそ来てくださいました。こちらがかもめの母親である役の岸野きしの 真千子まちこさん、そしてこちらは父親である良一りょういち役のクラッカー渡辺わたなべ 太蔵たいぞうさん」

 部屋に入ってきたのは、ユイもテレビでよく見てきた有名人二人であった。


 岸野 真千子は宮城出身の女優であり、圧倒的な美貌もさることながら、演技力の高さでも有名である。およそ二十五年前、当時デビューしたばかりの岸野は朝ドラのヒロインに抜擢されると、一躍時の人となった。その朝ドラの最高視聴率の記録は、今でも破られていない。クラッカーという超人気お笑いコンビのメンバーである渡辺は、今回の朝ドラの舞台である青森県出身である。渡辺の少し訛ったボケが、いろいろなバラエティで重宝されていた。


 この二人が両親役として選ばれたことは、ユイにとって相当な驚きでしかなかった。まず、岸野は十年ほど前から子育てを理由に芸能活動を休止していた。ユイの知っている限りでは、芸能活動を再開するという発表はしていないので、おそらく、今回の朝ドラで電撃復帰となるのだと推測される。また、渡辺の方は、これまでドラマの出演経験がまったくなかった。渡辺の相方である津山は、何度かドラマに出演したことがあったが、渡辺がドラマに出るということはユイには想像できなかった。


 その一方で、この二人を両親役に選んだことから、MGJの本気度をユイは感じていた。岸野も渡辺もドラマに出演となると、大きなニュースになるのは必至であった。そして、朝ドラ史上最高のヒロインとの呼び声の高い岸野は東北出身であるし、渡辺は舞台である青森県の出身である。話題性だけでなく、キャストのマッチ具合も相当高く思われた。


「さあ、やはり朝ドラに向けて、本当の親子のようになってもらわなければならないから、私は部屋から出ていくね。あとは三人で好きなように話して」

 中田はそう言うと会議室から出て行ってしまった。

 部屋には、ユイと、岸野と渡辺の三人が取り残された。

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