第11話 初めての青森
「ようやくついたね。ユイ、疲れてない?大丈夫?」
草一がユイに優しく声をかける。二人は青森県にある小さなアパートにいた。
中田に引っ越しを半ば強引に求められたユイは、そのあと草一に直接会って相談していた。草一は、ユイの話をすぐに理解して、引っ越しも大学の休学も納得してくれた。ただ、草一自身は大学を休学するわけにはいかないので、しばらくは青森と東京の遠距離恋愛ということになる。ユイが引っ越しをするこの日は、草一もバイトの予定をキャンセルして、手伝いにきてくれていたのだった。
「あ、うん。私は大丈夫・・・。ありがとう。だけど予想以上に不便なところだわ・・・」
ユイは、古びたアパートのベランダから外を眺める。青森県の中でも、「かもめ」の舞台となっている場所の近くに住んだ方が良いとのことから、交通の便のかなり悪い築40年のアパートに住むことになっていた。
「今日はゆっくり休みなよ。明日からの予定は?」
「明日はバイトを探すかな。バイトを通して地元の人の言葉や感覚を理解しなさいって言われているし」
「そっか、僕は明日は大学で授業があるから、朝一にタクシー乗って帰るね」
草一はユイのアパートに一泊してから帰る予定であった。
二人はシャワーを浴びた後、パジャマに着替えて一緒にテレビを観ていた。ふと、草一がユイに話しかける。
「そうだ、週末は毎回東京に戻ってくるんだよね?ということは、これから週末は予定を開けておいた方が良い?」
「あ、うーん。東京に戻るって言っても、朝ドラの打ち合わせとか指導を受けるために帰るだけだから、会う時間なんてないかも・・・。むしろ青森にいる間の方が暇だから、こっそり東京に行くこともできる気がするけどバレたら大変かも」
ユイの朝ドラに関する直近二か月間の予定はすでに決められていたが、毎週土日は東京で打ち合わせや演技指導がみっしりと入れられていた。青森にいる間は、特に厳しく監視されているわけではないが、定期的に青森市内のMGJ青森にいって、アナウンサーやスタッフの人と会議をする必要があるらしく、何かあったときには簡単にバレてしまうようになっていた。
「そうか、大変だな・・・」
草一はそう言うと再び無言になる。ユイも何を話しかけて良いかわからず、黙ってテレビの画面を見つめていた。草一の明日が早いこともあり、二人はしばらくして寝ることにした。
翌朝、ユイが目を覚ましたころには、すでに草一は着替え終わって出かける準備が完了していた。
「うわ、草一ごめん。帰るギリギリまで寝ちゃっていて」
「いいよ、ユイは大変なんだから僕のこと気にしないで」
ユイは草一の優しいところが好きであったが、ここ最近は迷惑をかけることばかり多くなってしまっていたので、優しくされることに胸が痛い気持ちもあった。
「あの、草一、ごめんね。私が朝ドラのヒロインに選ばれたばかりに・・・。本当に何もかもも私たちが思い描いていたものとは違うことになってしまって」
「何言っているの。今はユイにとって大きなチャンスなんだよ。選ばれたくても選ばれない人がほとんどの中でユイは選ばれたんだよ。ここを乗り越えたら、ユイは大きな成功をする可能性が高くなるんだよ。僕のことなんか忘れて、今は仕事に専念すべきだよ」
草一の言葉にユイは思わず涙が出てしまった。
「ありがとう、草一。うん、私は今頑張るしかないね。とにかく、何かあったら連絡するね。草一のことあまり気にかけられなくなるかもしれないけど、健康に気を付けて頑張ってね」
ユイの言葉に草一は笑顔で頷く。
「まあ、僕は女優としてのユイではなくて、普通の女の子としてのユイが好きだったんだけどね・・・」
出る直前に草一がそう呟いて苦笑いをした。ユイは、東京に戻る草一の背中を見つめていたが、やはりどこか悲しそうな背中に見えた。
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