次々と決まるキャスト

第10話 引っ越しのススメ

「え?青森県に今から暮らすのですか?」

 中田からの提案にユイは驚いた。まだ撮影開始されていないどころか、他のキャストも決まっていないにもうかかわらず、今から青森県でしばらく暮らすように提案されたからである。

「そうだね。やはり月野さんは女優としての経験が浅いので、これまでのヒロイン以上の努力をしてもらわないと困りますね」

 中田は相変わらず淡々と説明をする。


 ユイは考え込んでしまった。ドラマの舞台となる場所に行くことは良い経験だと思うが、脚本ができあがっていない以上役作りをするのは難しく感じられた。それに、青森県に暮らすとなると、日常生活を変えなければいけないし、いつまで暮らさなければいけないのかも現段階では見えてこない。

「あの・・・私大学に行かなければならないのですけど・・・」

 ユイがそう言うと、中田が驚いた表情を見せた。

「月野さん何を言っているのですか?朝ドラのヒロインになった以上、大学になんか行く時間なんてあるわけないですよ。結局のところ撮影中は休学しなければいけないのだから、それが少し早まるだけです」

「ええ、そうなのですか・・・」

 ユイは現実の厳しさに改めて気づかされた。今までの芸能活動は、すき間時間に少しする程度であったため、大学にはほとんど休むことなく通っていたし、サークルやバイト活動などもしてきていた。しかし、朝ドラヒロインになったら、ユイの時間のすべてをドラマに費やす気でいかなければならないということを意味していた。



「あ・・・」

 ユイの頭に草一のことが浮かんだ。朝ドラヒロインに決まって以降、ゆっくりとデートすることもできなかったユイであったが、このままではクランクアップするまでの二年半近くまともに会えないかもしれないと思い始めていた。

「すみません、青森で暮らすかどうかの返事は家族などと相談してからご連絡してもよろしいですか」

 ユイがそう言うと、中田は大きなため息をついた。

「月野さん、あなたには自覚が本当に足りないようだね。そもそも、青森で暮らす話は決定事項であって、君に拒否する権利はないよ」

 これまで調で話していた中田だったが、ユイの姿勢にしびれを切らしたのか、急に口調が馴れ馴れしくなっていた。

「それから、君が選ばれた役の重要性ちゃんとわかっている?MGJの朝ドラのヒロイン、しかも二十年ぶりに一年間の放送となるドラマだよ。万が一このドラマでこけるなんてことがあったら、五十年以上続く朝ドラの歴史は終わってしまうかもしれないんだよ」

 中田の言葉はユイの胸に深く突き刺さった。自分自身の能力が朝ドラヒロインとして求められるレベルに達していないことは、ユイ自身がわかっていたことであるから、何も言い返すことができなかった。


「はい、それじゃあ引っ越しは来週してもらうからね。それまでに休学届とか個人的な用事はちゃんと済ませてね。もちろん他の芸能活動がある場合は相談してくれれば、短期的に戻ってきてもらうこととかはできるから。まあ、月野さんの場合は他に仕事なんてないと思うけど」

 そういうと中田は鼻で笑った。引っ越しが来週であると聞かされて、ユイはますます焦ってきた。

「あ、それから、青森に住んでもらっている間に他のキャストも決まると思うから、その時は東京に来てもらうから。それと、打ち合わせとかも基本的に東京だからそのたびに来てもらうことになるかな」


 打ち合わせが終わり、家に戻ったユイはいろいろなことを考えた。来週引っ越すとなると、いろいろな準備を急ピッチでしなければならない。ユイは、大学の休学の手続きや引っ越しの準備について調べ始めた。

「あ、そうだ。家族と草一に連絡しなきゃ」

 そう気づいたユイは、慌ててメッセージを送ることにした。ヒロインに選ばれたことを喜んでいた両親には簡単にメッセージを送ることができた。しかし、問題は草一に対してである。この先長期間会えないかもしれないことを話すべきなのかユイは迷った。


 十分ほど考えた後、ユイは詳しいことは直接話した方が良いと決心した。

「草一、突然だけど来週から引っ越しが決まった。いろいろ説明したいから今週末会えない?」

 そう、文面を入力すると、ユイは送信ボタンを押した。

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