第8話 黒い噂の黒い噂

「楠 佐奈子の暴露。その裏には大御所プロデューサーとの密約が」


 楠 佐奈子が市沢 斗美子の不正を告白した翌日、今度はまったく違う角度の記事が週刊誌に掲載された。ワイドショーがこの記事について大きく取り上げる。


「実は、楠さんはもともとヒロインに抜擢されることを大物プロデューサーのNさんが裏で約束していたようです。なので、あれほど多くの人が応募したヒロインのオーディションも実は出来レースだったということです」

 ワイドショーで芸能リポーターが読み上げているのを、ユイは他人事のように見ていた。プロデューサーのNさんとは、間違いなく中田 正尚のことであろう。そう言われると、確かに楠 佐奈子のオーディション中の中田の表情は緩んでいた。


 今テレビで報道されていることが事実だとすると、中田と楠は相当な信頼関係で結ばれていたらしい。中田の言うことに対して楠が従順であるため、中田は楠をヒットさせれば自分の権力がさらに高まると感じていたという。

「本当だろうか」

 ユイは少し疑問に思うが、オーディションの時の楠の自信満々な表情や、中田の不敵な笑みのことを考えるとあながち嘘でもないようにも思えた。


「ヒロインのオーディションは市沢先生やプロデューサーのNさんを含む審査員による採点の合計点で決められているそうです。プロデューサーのNさんはヒロインの有力候補とされていた鈴木さんと田辺さんに最低点をつけていたそうです。これで、楠さんが問題なく演技をすれば、合計点では一番高くなるはずでした」

 芸能リポーターは淡々と話しているが、話している内容はかなり衝撃的なことであった。ドラマのオーディションは実際に出来レースが横行しているのであろうか。それは、一応女優であるユイにもわからないことであった。


「ところが、楠さんは演技で市沢先生の怒りを買ってしまいます。これによって市沢先生はもちろん、Nさんを除く他の審査員も市沢先生に遠慮してか楠さんに低い点数をつけなければならなくなってしまいました。その結果、合計点が一番高くなったのは選ばれるはずもなかった無名の女優、えーと、さんだったけかな、になったのです」

 ユイは座っていたソファーから思わず飛び上がった。芸能リポーターがユイの名前を間違えたことはおいておき、ユイが選ばれた理由があまりにも衝撃的であったからである。これでは、ただ単に不正にいろいろな人が巻き込まれた結果、部外者であったはずのユイがたまたま選ばれたということになってしまうではないか。


「本当にあり得ないし、ひどいことですよね。これが本当なら私はヒロインオーディションのやり直しを求めます」

 テレビのコメンテーターが怒ったような表情でそういうと、司会者もその意見に同調した。ユイは他人事のようにニュースを見ていたつもりが、今一番この出来事に影響される存在になってしまったのを感じた。



 この報道からしばらくして、ネットではヒロインオーディションのやり直しを求める声であふれていた。中には、「月野ユイは不正によって選ばれたヒロインであり、朝ドラにふさわしくない」とコメントしている人もいた。ユイまで風評被害を受ける形になってしまったのだ。確かに、もともとやりたいわけではなかった朝ドラヒロインではあるが、一度決まったとされて全国に知られてしまった以上、今更白紙に戻されるのも困るとユイは感じた。


 この報道に対して、楠サイドは無言を貫いていた。楠の最初の告白に対して、市沢 斗美子の所属している事務所は抗議文を出していたため、中田と楠の間の不正がより現実的にも感じられていた。ユイの知り合いからは、ヒロイン抜擢が報告された時ほどではないが、多くのメッセージが届いていた。純粋に心配をしてくれているメッセージも多かったが、中には「ヒロイン辞退した方が良いんじゃない?」ということを言ってくるものもいた。


 ユイが多くのメッセージにうんざりしていたところに、草一からのメッセージが届いた。

「ユイはいつでもどんなことがあってもユイだから。これからどうなろうが俺にとってのユイは変わらないよ」


 ユイはその言葉に少し救われた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る