迷走する黒い噂

第7話 黒い噂の根拠

 ユイはヒロインオーディションの時のことを思い返したが、依然として納得できない思いであった。確かに、楠 佐奈子は最終オーディションの時に屈辱を味わっており、あの時の表情は忘れられないが、不正らしきものはまったくなかった。明らかに、不正があったと告白するには無理がある、そうユイは感じていた。


「ここで最新の情報が入ってきました。楠 佐奈子さんは不正の原因は脚本家の市沢 斗美子先生にあると報道陣に対して答えたそうです」

 つけっぱなしにしていたテレビから聞こえた内容に、ユイは衝撃を受けた。慌ててテレビを真剣に見ることにした。

「楠さんの話をまとめますと、市沢先生は十年前の大河ドラマ『尼将軍が吠える』の脚本をされていましたが、平均視聴率が10.2%と当時のワースト記録を更新。これまで手掛けてきたドラマのほとんどを大ヒットさせてきた市沢先生にとっては大きな泥を塗る形になってしまいました。」


『尼将軍が吠える』はユイも見ていた大河ドラマであり、今でも鮮明に覚えている。主人公の北条政子を演じる予定だった女優が、放送が開始される一週間前に、一般人を暴行したとして逮捕されるという前代未聞のことが起きたのだ。主人公の子役時代のみで終わる最初の三回分だけを予定通りに放送して、そのあとしばらく放送予定の目途がつかない状態が続き、二か月後に代役を立てた放送がやっと開始したのである。逮捕された理由が一般人への暴行だったこともあり、ネット上はその女優に対する批判であふれかえっており、ついでにその女優が主演予定であった『尼将軍が吠える』も見るなという流れになってしまったのだ。しかし、ストーリー自体はとても面白く、ユイは小学生ながら楽しく見続けられていたし、視聴者に対する評価は高かった。そこは、さすが市沢 斗美子といったとこであろう。


「市沢先生は、ご自身の手掛けたドラマが低視聴率で終わってしまったことに非常にご立腹されていたそうです。まあ、もちろんこれは主演予定の女優が逮捕されたところによるものが大きいのは周知の事実ではありますが、市沢先生は予定通り放送された最初の三回も視聴率が良くなかったことに納得がいかなかったようです。

 そして、その時に北条政子の幼少期を演じていたのが楠 佐奈子さんでした」


 キャスターの話の内容に、ユイは思わず声が出てしまった。楠 佐奈子が小さい頃から芸能界に入っていたことは何となく知っていたが、自分の見ていた『尼将軍が吠える』に、しかも主人公の幼少期として出ていたことは予想外であった。ユイは、政子の幼少期がどのように描かれていたか必死に思い返そうとするが、さすがにそこまでは覚えていなかった。


「楠さんは、当時小学生であったにもかかわらず、市沢先生に厳しい言葉をかけられたそうです。今回のオーディションの時には、明らかにあの時のことを、市沢先生が引きずっているようだったとも言っています」


 今までは、楠 佐奈子が勝手におかしなことを言っているとしか思っていなかったが、今回の報道の内容は妙に真実っぽく聞こえてしまった。ただ、ユイにはどうしても市沢 斗美子がそのような理由で不正をするような人間には思えなかった。オーディションで見かけたときの市沢 斗美子の眼差しは真剣そのもので、ただ純粋に良いドラマを作りたいと思っているように見えた。


 ネット上でも、この話題がさかんに取り上げられるなど注目がどんどん高まっていく中、翌日の別の週刊誌の記事は、さらなる混乱を招くこととなったのだった・・・

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