(回想)ヒロインオーディション
第3話 一次選考
「ねえ、
ユイはオーディションを受けに来ている有名女優を見つけては、同じ事務所の
「もう、ユイったらー。私たちもオーディションを受けに来たのよ!もう少しオーディションに集中しなよ」
広子が呆れたように言う。ユイも広子も事務所の所長に言われてオーディションを受けに来たので、周りの女優と比べて緊張感は少なかった。
「それではグループ番号89の方々は面接室に入ってください」
ユイのグループが呼ばれた。一次選考は五人ほどのグループ面接である。ユイは広子と別れて面接会場に入っていった。
ユイと同じグループのメンバーは、名前こそはわからないが、皆テレビで見覚えがあるような人たちであった。一次選考とはいえ、事前の書類選考で4000人から500人に絞られてはいたので、ある程度テレビに出たことのある人が使われるのだとユイは思った。
「それでは、一人ずつ名前と、これまで出たことのあるドラマ、それから得意な演技を言ってください」
面接官がそう切り出すと、一番左に座る女性から順番に自己紹介を始めた。朝ドラヒロインのオーディションとあってか、皆どことなく緊張しているようであったが、三番目に自己紹介をした人は堂々としていた。
「みなさん、こんにちは。楠 佐奈子です。この前の朝ドラ『ラベンダー』ではヒロインの妹役をしていました。苦労人とか清純派な役どころには自信があります」
ああ、そうだ。この人は楠 佐奈子だ。ユイは自己紹介を聞いて、初めて名前を思い出した。今回のヒロインの有力候補に名前があがっていたため、ユイも注目していたはずが、実際に会ってみると、思ったよりオーラがなくて、ユイは気づけなかった。
四人目も自己紹介を終えて、最後はユイの自己紹介の番である。
「月野 ユイです。これまでは、『品田弘忠』で銀行の客役として、昨年の大河の『銀閣義政』では、応仁の乱で戦死する武将の娘役をしていました」
ユイはこれまで名前がついているような役はしたことがなかったので、有名なドラマのエキストラに近い役を出演経験として出した。すると、座っていた楠 佐奈子が鼻で笑った。ユイは、少し不快に思ったが、気にすることなく話を続けた。
「得意な演技は、どんなことにも負けない元気な女の子です」
そう言い切って、一礼だけしてユイは座った。
そのあとは、尊敬する女優だとか、今まで見てきたドラマの中で印象に残るシーンだとか、そういうことだけを聞かれて、一次選考は終わった。
「ユイ、お疲れ~。どうだった」
部屋から出ると、広子が待っていた。広子のグループはかなり前に面接が終わっていたようだった。
「一応無事に終わったよ。だけど、よくわからなかった」
これが、ユイの正直な感想であった。今回の朝ドラに関する話が一切出ておらず、しかも何か演技を見せたわけではないので、どうやって選抜するのかユイは不思議だった。
「そうだよねー。どうやって選抜されるんだろう。あーあ、やっぱり出演歴がほとんどない私たちは厳しいかもね」
広子も頷く。実際のところ、広子の場合は、一話限りではあるが、民放ドラマにクレジット付きで出演したことがあったため、ユイよりは経験豊富といっても良いくらいであった。
「まあ、いいよ。今日はもう帰ろー」
ユイはそういって、会場をあとにしようとする。
その時、一人の女性が近づいてきた。
「ちょっといい?」
それは、楠 佐奈子であった。
「え?楠さん?」
広子はすぐに楠 佐奈子であることに気づいたようで驚いた顔をしている。ユイもなぜ自分が話しかけられたのかわからなかった。楠 佐奈子は気にせず話を続けた。
「あのね、オーディションとか出るのにも順番があるの。あなたみたいなエキストラみたいな役しかしたことのない人がこんなところきても恥かくだけよ。ふふふ」
そう言って、楠 佐奈子はどこかに行ってしまった。
「なに、あれ・・・」
ユイは、いきなり言われたことに対してイラっとした。しかし、それと同時に彼女が言っていることはもっともだとも思った。そもそもユイ自身、こんな場所に自分は場違いだと思っていた。
「ねえ、ユイ。あなた楠さんに何かしたの?」
広子が不思議そうにユイに聞く。
「いや、何も。ただ同じグループだっただけ。私なんかどうせ一次で落ちるだけなのに、なんであんなこと言ってくるんだろうね」
ユイはそう返すと、広子は苦笑いをする。
「まあ、いいよ。今日は一次選考の打ち上げって称して焼肉にいこ!!」
広子がそう言うと、ユイも賛成して、駅へと向かっていった。
少し不愉快な思いをした審査であったが、これで落ちるから気にすることはない。
そう思っていたのに、なぜかユイは一次選考を通過してしまったのだ。
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