後編
推しの部屋に通され、ソファに座ることを勧められた。いわれた通り座ると隣に推しが座る。少し動くと体が触れそうでこわばってしまう。それ、何とかならないのなんて言いながら不満そうな推しが、隣にいる。
「わたし、こんな地球最後の日に独りぼっちなの。オタクちゃん付き合って?」
「ツイッター見たらめっちゃリプ来てますよ。独りぼっちなわけないです」
「オタクちゃんにこんなこと言うのもなんだけど、毎日仕事場と家の往復でさ、スキャンダルになりそうなことすらできずにここまで頑張ってきたの。こんな日に隣にいてくれる人すら見つけられずにここまで来ちゃった。わたしって不幸だと思う?」
言葉に詰まる。推しは世界一番幸せでいてほしい人だけど、本人はずっと不幸だったのだろうか。
「オタクちゃんの隣に住んでたことがこの世で一番幸福だったかも」
いたずら坊主のような顔でこちらの表情をのぞき込む。顔を思わず赤らめたこちらの反応に満足したらしく、推しはなお饒舌に話し続ける。
「わたしね、多分見返したかったんだと思うの」
「見返す?」
「受からないオーディション受け続けてバカにしまくってきた同級生とか、仕事辞めた時に縁切った親とか。オーディション受けてありがたいことにファンはできたけどさ、結局独りぼっちじゃん。」
「でも、好きなことがあって、今それができてるんだからいいじゃないですか。わたしもあなたが好きだし」
推しはゆっくりと立ち上がり、引き出しからライターと煙草を持ってそのままベランダに出た。
「喉に悪いからって煙草も止めて、お酒も飲まないようにして、太らないように炭水化物抜いてさ、で結局世界は終わるの。馬鹿らしくなっちゃった」
光に照らされながら、煙と一緒に文句を吐き出す。すべてが空に吸い込まれていく。
「……今日、好きなだけ食べて飲んだらいいんだと思います。もう太るとか、そういう次元の話じゃないし」
吸いかけの煙草を地面に叩きつけ、足でもみ消す。
「それでも許せないんだよ。精度が高い予測だって分かってるけど、わたしも、あなたも、24時間後にはこの世界に存在しないんだって言われても、今わたしは地面に足をつけて立ってる。人に歌を聴いてもらえる日がまた来るんじゃないかって」
「わたしが聴きます」
ベランダに裸足のまま出て推しの手を握る。今までの人生で一番大きな声が出た。
「あなたはわたしのファンだから、わたしを肯定してくれてるってわかっててそれで弱音ばっか、ごめん」
推しは地面にしゃがみこんで、しゃっくりを上げながら泣き始めた。手が宙を彷徨ってそのまま推しを抱きしめた。
「あなたの事情なんて知らないけど、あなたの声のファンになって友達ができて退屈な毎日だけどあなたのおかげでちょっとだけ楽しくなって、毎日ツイートしてくれるのがほんとに楽しみで。推しは背骨なんて言う人がいたけどわたしの背骨はあなた。死んでも好きです」
「重い」
うつむき加減だけど分かる。自分のオタクに一番見られたくない顔で推しは泣いていた。
「あなたは同い年で、夢があって、才能があって、運があって、恵まれてるくせに文句なんて言わないで」
わたしも、推しに絶対見られたくない憎らしい顔でまくし立てていた。
「恵まれてようがどっちみち死ぬんだよ」
「それは、別に今日じゃなくても人は死ぬから」
「それは暴論」
「ごめん」
二人同時に吹き出して、ずっと隣同士で過ごしてきた人たちみたいにしばらく笑った。
「ねえ、わたしたち、同級生だったら友達になれてたかな」
「無理。わたしとあなたは推しとオタク、それ以上でも以下でもない」
立ち上がって遠くの空を眺めると、あまりにも巨大な光が猛スピードでこちらに迫るのが見えた。
「思ってたより早かった」
「予測って外れるんだね」
「コンサート会場で見たあなたの方が光ってたけど」
「オタク特有の規模のでかい語彙、こんなときまでやめてよ」
肩をはたかれる。
「でも、うれしい」
推しの瞳にわたしと石が映っている。こんな景色が見られるなら、現実も良いものだったのかもしれない。わたしも瞼の裏に最後に残る景色は、この世界で一番きれいな景色だ。
わたしの星(スター) 悠未菜子 @yuuminako
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