わたしの星(スター)

悠未菜子

前編

 カーテンの隙間から差し込む光が鬱陶しくて目が覚めてしまった。


 窓の外には、この街を象徴する、無駄にデザイン性の高い塔が威張り立っている。時計を確認するとアラームの時間まで15分もある。たかが15分、されど15分。その、たった1時間の4分の1の時間と布団を抱きしめてわたしはまた目をつむった。


 このまどろみの時間が好きだ。夢の中の世界にいるようで、現実を見ないで済むから。


 現実なんて、良いと思ったことがない。特別仲良しな人もいない大学、誰でもできることをしてお金をもらうバイト。毎日、時計の針が進むのが遅くて仕方がない。もう眠りにつくことをあきらめて、スマホの通知をチェックした。たくさんのダイレクトメールに交じって、青い鳥のアイコンに通知がいくつも来ていた。


 わたしには推しがいる。同じ年に生まれて、去年、会社を辞めてアイドルになった人だ。その人の情報を集めたり、ファンの人と話したりしたくてツイッターを始めた。フォロワーさんの、テンションの高いメッセージにクスリとする。返信は夜の楽しみに、と思ったけれどふと思いなおしてささっと返した。わたしたちに残された時間はあまりないからだ。


 ツイッターを閉じてニュースアプリをチェックする。1週間前、緊急という文字と共に黄色い帯でずっと知らされ続けている言葉は地球滅亡。なんでも、今日の午後23時過ぎ、この地球に隕石が衝突して地球が滅亡するらしい。正直まだ信じ切れていないけれど、宇宙を映すカメラに映った大きな石は確実に私たちのもとに迫っているらしい。


 あの日、電車に乗ってバイト先に運ばれていた時、突然緊急アラートが鳴り響いて車両が緊急停止した。スマホを確認する人たちの顔がこわばり、その後パニックになり始めた光景が瞼の裏に今もこびりついている。


 あの日から、今まで通りの社会生活を営む者はほぼいなくなった。24時間営業のコンビニも満足に営業しておらず、街に出ても盗みに遭うだけだ。でも、そんな中でも、わたしの推しはアイドルとしてSNSを毎日更新し続けている。それに合わせて、わたしも、外に出ないようにしながらも、今まで通りの毎日を送るようにしている。


 そんなわたしに寄り添ってくれるように、ピコンという音が、推しのSNSの更新を知らせた。


 急いで画面に目を落とすと、窓の写真が添付されていた。

「みんなおはよう。今まで家の写真は載せてなかったんだけど、今日ならもういっか!と思ってわたしの寝室からの景色をお届けしちゃう~今日も頑張ろうね!」


 その写真に既視感を感じて、自分の部屋の窓に急ぐ。祈るようにスマホをかざす。手の中にも、窓の外にも、全く同じ塔があった。



 ベッドの上にダッシュで戻り布団をかぶる。嘘だ。もう一度写真を見ると、塔以外の建造物もすべて一致した。構図的に、わたしと同じマンションの、しかもあまり変わらない回数から撮影されたものだと推測できた。布団を押しのけ、推しの投稿した写真を必死でスクロールする。わたしと推しをつなぐものを他にも探したくて、それに縋り付きたかった。


 わたしの推しは、学生時代から歌手になりたくて何度もオーディションを受けていた。その夢は叶わず、諦めて就職したものの夢をあきらめきれず、歌ってみた動画をずっとSNSにアップしていて、その途中でアイドルのオーディションを受けた。オーディションの途中で会社を辞め、そのままアイドルになった。


 同い年の人が夢をかなえていく様は小気味よかった。対比として夢も何もないわたしがみじめになっていくことに目を伏せ、今日まで応援してきた。


 推しの歌ってみた動画を探す。違法アップロードされたものだけどすぐに見つかった。壁の色と間取りを照らし合わせると、わたしの部屋と一致した。このままではわたしは推しと同じ建物にずっと住んでいた、ということになってしまう。この気持ちを何とかしたくて、外出していてもおかしくなさそうな上着を羽織って散歩に行く準備をした。


 貴重品は持たず、ドアノブをガチャっと回し、外に出る。そのとき、隣の家の人が外に出るのが見えた。まさかと思って顔を見る。目が合った。

 地球最後の日、まさかのことが起こってしまった。


「わ、わたしのオタクだ……」

 先に口を開いたのは推しだった。

「認知ありがとうございます……」


 両者とも明らかに間違えた反応である。


 なんという言葉をかけるのが正解かわからないまま、推しもわたしも固まってしまった。推しはよくSNSに載せているお気に入りのジェラピケのパジャマを着ている。自然と萌え袖になっているところがかわいらしい。顔はノーメイクだけど、当たり前に整っている。


 大きく息を吐いた推しが、諦めたように口を開いた。

「とりあえず、わたしの部屋入って、目立つと困るから」

「わたし、あなたのオタクですよ?こわくないんですか」

「あなたの部屋、わたしのグッズだらけだから恥ずかしい。ほんとはだめだと思うんだけど先週のオンラインお話会でめちゃくちゃかわいいなと思った子だから、許す」


 わたしの言葉が直接推しに届いている。画面越しではなく、目の前に、いる。


 

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