聖女ネメシスが死んだ日
仲仁へび(旧:離久)
第1話
彼女は誰よりも弱く、優しく、繊細で。
よく物が見えた。
だから、その混沌とした世界で、心に芯を通さねば折れてしまっていたのだろう。
弱い者が生き延びるためには、強くなるしかないから。
異常なほどまでに、心を定めて、強く在ろうとするしかないから。
彼女こそが、あの世界で一番弱かったのかもしれない。
その世界では、神が育つべきものを区別していた。
育つべきものだと判断された者達には、才能という名のギフトが配られた。
育つべきでないと判断された者達には、何も与えられなかった。
だから、神に見捨てられたものは、優秀に育った者達に己の憎悪をぶつけていった。
それで、戦争が起き、多数の死者が生まれる。
少女ネメシスの周囲もその例から漏れない。
友人が死に、家族が死に、顔を知った誰かが泣き、顔を知らない誰かも嘆く。
少女ネメシスには、それがよく見えた。
なぜなら彼女は、神の言葉を人々に伝える立場にあったからだ。
場合によっては、神の言葉をかみくだき、分かりやすく編集する事もあった。
しかしそこには、様々な人の思惑が絡む。
神の言葉はねじまげられ、本来の意味を失っていった。
ネメシスは、その様もずっと見続けてきた。
だから、彼女はよく物が見えるようになった。
人の考えを計算し、人の動きを予測する彼女には、未来が見えるようになった。
彼女の想像が導き出したのは、人類の滅亡。
争い合う者達の共倒れ。
彼女は、それを防ごうとした。
だから、言葉を尽くし説得し、意思を伝え説得した。
より自分の意思を固め、強固にするために、自分をとぎすました。
より耳を傾け、現状を考えてもらうために、自分をさらにとぎすました。
そして、彼女は聖女となる。
尊くなり、綺麗になり、至高となり、伝説となった。
けれど、争いはとまらない。
人々は互いに殺し合い、結局共倒れてしまった。
全てを見届けた後、聖女ネメシスは心を壊した。
そして、結論を下した。
人は、分かり合えない生き物なのだと。
共倒れた彼等は、元からそういう人間にすぎない。
分かり合えない生き物だったからそうなったのだと。
「だって、分かり合えたのに分かり合えなかったなんて、悲しくて辛いだけじゃない」
聖女ネメシスが死んだ日 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032
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