第24話 初錬成の結果②

「……暇だ」


 カウンターの椅子に座って、何分過ぎたんだろか。店内を見渡しても時計がないため、どれくらい時間が過ぎたかわからない。

 ま、そもそも異世界こっちの文字は読めないから、時計があっても時間はわからないけどな。

 文字が読めるようになる魔導具マジックアイテムってないのかな。


「ん? どこにいるのかと思えば、こんなところに居たのかえ。もしや自分探しの瞑想でもしておったのか?」


 俺が声のする方を確認すると、通路の奥から顔だけを出しているシノさんの姿があった。


「そんなことするはずないでしょ。テトラに店番を頼まれたんですよ」

「……それはなんとも、ご苦労なことじゃな」


 彼女はアクビを噛み殺しながら、壁を支えにしながらフラフラと歩み寄ってくる。

 頭の狐耳はペタンと伏し、尻尾は力なく垂れ下がっている。銀糸のような髪が、さらさらと揺れ、ふわりと漂う甘い香りが鼻孔をくすぐる。どこか妖艶さが漂う彼女の姿に、俺は思わずドキリとしてしまう。

 シノさんは俺の横の席――テトラが座っていた席――に、ドカリと腰を下ろす。


「こんな辛気臭い場所に客なんぞくるわけなかろう」

「……元々、シノさんの店でしょ。お客さんが来ないと店が潰れますよ」

「店なんぞ趣味の範疇じゃ。潰れて困るものでもないのじゃ。閑古鳥バンザーイじゃ」

「それ、テトラが聞いたら泣き出しますよ。ちゃんと隅々まで掃除してるみたいだし、棚に並んでいる魔導具もマメに埃を落として綺麗にしているんですよ」

「む、それは困るのじゃ……」


 俺の言葉に柳眉を寄せるシノさん。

 やっぱりシノさんにとって、テトラは大事なんだろうな。


「真面目な弟子をもつと、儘ならなくなるのー」


 そう呟くと、シノさんはカウンターに伏す。彼女のサラサラの銀髪がカウンターいっぱいに広がる。

 シノさんはテトラの様子を見てないだろうけど、二人とも同じような行動をしている。

 やっぱり師弟で似てくるものなのかな。と俺は思いながら、疑問をシノさんに訊ねてみる。


「少し質問してもいいですか?」

「……妾が答えれる範囲のことなら、構わぬぞ」

「さっきのテトラが行った初級ポーションの錬成ですけど、全然問題無かったですよね。素材の下処理や手順、錬成陣の準備とか」


 むくり、と顔を持ち上げるシノさん。面倒そうに視界にかかる銀髪を手で流して、俺の方をまっすぐに見る。

 俺を見つめる金色の瞳。俺の考えなど全てを見透かされているようだった。


「ふむ。凛太郎がそう考えた根拠はなんじゃ?」

「素材が三つしかなかったから、それほど複雑な錬成じゃないのかと思って」

「ふむ、なれの推察通り、テトラの下処理や錬成陣に問題はなかったのじゃ。初めての錬成にしては及第点を大きく上回っている言ってよいの。だが、結果は見ての通りじゃったがのー」


 錬成後のテトラの様子を思い出したのか、クックックと口元を隠しながら笑うシノさん。彼女の笑い声に合わせて、銀髪がサラサラと揺れる。

 普段は凛とした佇まいを崩さないテトラが、呆けた姿は珍しい上に、普段とのギャップが激しい。シノさんが思い出し笑いをしてしまう心理も俺はわからなくはない。

 俺が考えるテトラが失敗した原因について、シノさんに確認する。


「結局、テトラが錬成に失敗した理由は、初級ポーションに対する理解不足ですよね? いや、錬成に対する理解不足の方がニュアンスとしては正しいのかな」

「ほほぅ、なかなか鋭い指摘じゃな。汝は、テトラが理解不足なんだと考えておるのかえ?」

「俺の元の世界だと、物質は分子って小さな粒が集まって、出来上がっているのが常識でした。それがどこまで異世界こっちで適用されるのかわからないけど、錬成は物質を最小単位に分解して、望んだ再構成する技術なんじゃないかと思ったから」

「ほー、凛太郎の世界にも錬金術があるのか」

「俺の世界だと、錬金術は過去の産物、オカルト扱いですけどね。話を戻すと、錬成時にその辺りを意識するのが大事では? さらに下処理するのは、不要なものが混じるのを減らすことで、錬成の精度をあげるためでしょう」


 俺の言葉に、シノさんはやる気の感じられない拍手をしてきた。バカにされていないのはわかるんだけど、なんかモヤッとする。


「凛太郎の申した通り、下処理をするのは錬成に不要なものを減らすためじゃ。錬成陣に魔力を流し、錬成反応――素材を分解し、再構成する。錬成陣が上手く描けていても、錬成反応を上手く制禦して方向性を整えなければ、錬成は成功せぬ」

「と言うことは、俺の推察は概ね正解なんですね」

「左様じゃな。ついでに言うと、錬成反応を完璧に近いカタチで制禦が出来るのであれば、錬成前の下準備も不要じゃ。必要なものを必要なだけ、錬成反応させればよいからの」


 シノさんは「ま、完璧な制禦などヒトには無理じゃけどな」と付け加える。

 彼女の言葉から、錬金術がどんなものか、何となく理解する。

 元の世界では温度や圧力といった条件を満たさなければ発生しない化学反応などを、異世界こっちでは、錬成陣に魔力を流すことで、発生させているのか。

 物質を最小単位まで分解すると素粒子とかになるって何かで見たことあるな。そこまで分解して再構成が出来れば、いろんな物質を作り放題になるのでは?

 頭が混乱しそうになってしまい、俺はソッと思考の扉を閉じる。


「錬金術を成功させるためには、素材と錬成陣と魔力だけではダメ。錬成陣を正しく動作させるためには、錬成結果だけでなく、錬成過程もイメージすることが大事ってことですね」

「若干、齟齬を感じるが、概ね凛太郎の言うとおりじゃ。強いて言えば、凛太郎の推察通りじゃな。素材を用意して、錬成陣に魔力を流せば錬成できる、というのは錬金術をよく知らぬ無知のざれ言じゃな」

「ざれ言は言いすぎじゃ……」


 俺は思わず苦笑してしまう。

 元の世界で、「スマホは何でも出来るんでしょ?」と言っていたのを思い出し、じわりと喉の奥が熱くなってしまう。

 俺はそれを誤魔化すように、シノさんに質問する。


「今回の初級ポーションの様なものであれば、錬成後に濾したりして不純物を除くと、品質をあげることも可能ですか?」

「可能じゃ。特に霊薬などは、錬成後に不純物を取り除くのはテクニックの一つじゃな。妾級になると不純物を錬成で御してしまうがな」


 カウンターに伏したまま、器用に胸をそらす。

 何というか、残念美人感が強調されていると思うのは俺だけだろうか。

 ともかく、シノさんとの会話で、テトラが初級ポーションの錬成に失敗した原因は、錬成過程をイメージ出来てなかったせいで、ほぼ間違いない。

 でも、テトラにどうやって説明すればいいのだろうか。分子とか言っても通用しないだろうし。そもそも俺からテトラにアドバイスしても問題ないのか?


「テトラに錬成が失敗した原因を話して大丈夫ですか? 流派とか師弟関係とか」

「構わぬぞ。そもそも己の腕を磨くことに流派も師弟も関係ないのじゃ。そんなもので己の成長を束縛して何の得があるのじゃ。己で見つけ出す、先達に学ぶ。己を磨く方法は千差万別じゃ」

「ちなみに自分で教えるのは面倒とか思ってませんか?」

「………………思ってないのじゃ」


 妙な沈黙。俺は何となく察する。


「本当に思ってないのじゃ! とりあえず、店じまいで昼餉に行くのじゃ」


 ガバッ! とカウンターから身を起こすと、シノさんは、ひらりとカウンターを飛び越える。

 その手には札――たぶん閉店と書いてある――を握りしめている。たぶん、店の入口ドアに掛けに行くのだろう。

 俺はテトラとシノさんの清算カウンターを飛び越える動きが似ていたので、思わず笑ってしまうのだった。

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