第25話 初級ポーションとは・テトラ
「初級ポーションとは、綺麗な水と体力回復の効能がある薬草と怪我に効能のある薬草を組み合わせ、錬成して作る
私は手にしていた資料に書かれていた内容を読み上げる。錬金術師ギルドの資料室兼図書室に私の声が響く。
私以外の利用者は誰もいないので、気にしない。貸し切り状態なので、気にしても仕方ない。
凝視していた資料から目を離し、私はふーっ、と息を吐きながら天井を仰ぐ。
資料に書かれている内容は理解は出来る。でも、リンタローが指摘していた初級ポーションを錬成する上で必要な理解とは違う気がする。
眉間を指で揉みほぐしながら、私は視線をテーブルに戻す。保管棚から持ってきた山積みの資料がすぐ目に映る。
フロアを歩き回って、ポーションに記載がありそうなものを全て引っ張り出してきたけれど、ポーションについて書かれている内容は、どれも似たり寄ったりで大差はなかった、
「……分からない。『理解・分解・再構成』が錬金術の基本であり、極意。でも、初級ポーションの理解ってなに? 中堅以下の冒険者がお世話になっている
何度目かわからないけれど、私は初級ポーションについて、思い付くままに口にしてみる。
初級ポーションについて知っていれば、誰でも口に出来そうなことばかりで、真理に程遠いことだけは、私でも理解が出来る。
むー、と口をすぼめて私は唸る。
錬成が失敗した原因の糸口が掴めないことに苛立ちが募ってしまう。
リンタローは、私より錬成が失敗した原因について、理解している気がする。リンタローは、魔力がなくて魔術も錬金術も使えないはずなのに、私より真理に近い位置にいる。競っているわけではないけれど、なんか悔しい。
「ふふふっ、何かきっかけが掴めそうかしら? 根の詰めすぎは身体に毒ですよー」
資料に再度、目を通そうとした私に声がかかる。確認すると保管棚の間から、小柄な女性――ミリーさんが顔を出していた。
「あ、ミリーさん。すみません、急に入室許可をお願いしてしまって……」
「気にしなくていいのよー。それがギルド職員のお仕事だからねー」
トテトテとミリーさんが微笑みながら、私が座るテーブル席に歩み寄ってくる。
一応、私は武術の心得がある。お兄様のように城一つ分のヒトの気配を把握することは無理だけど、錬金術師ギルドの建物一つ分なら、私でもヒトの気配を把握できる。
ついさっきまで、ミリーさんの気配は一階にあったはず。彼女が移動した気配を全く把握できなかった。
私より年上のはずだけど、小柄で童顔で可愛いミリーさん。見た目通りの天然で、時折不可解な動きをする。それが私の張り巡らせたセンサーを見事に掻い潜ることに繋がっているようだった。
もしここが実家なら、ミリーさんの気配に気づけなかった時点で地獄の猛特く――そこで私は頭を振って考えを振り払う。私はシノ=アキツシマに師事する見習い錬金術師。ミリーさんの気配に気づけなくても何ら問題ない。
私は深呼吸して、気を鎮める。その間にミリーさんは私のすぐそばに立って、大きな目をクリクリと動かす。テーブルの上の資料を確認し、更に私の開いている資料を覗き込む。
ワンテンポ遅れて、ポンと柏手を打つミリーさん。
「リリーシェルさん、ギルドの登録試験を始めたんですね。順調ですか?」
「順調……とは、言いがたいです」
私は一瞬、言い淀む。それだけで何かを察した様なミリーさん。さすがはギルド職員と言ったところかもしれない。
んー、と唸りながら、何かを考え込むミリーさん。
ミリーさんはギルド職員だけど、錬金術師でもある。だから初級ポーションの作り方も熟知していると思う。もしかすると初級ポーションで悩む理由が理解できないとか思われているかもしれない。
私は才能がないのかな……。
「リリーシェルさんは、アキツシマさんに錬成について、教えてもらってますか?」
「一度だけ……教えてもらいました……。教えてもらったんですが……」
失敗しました、と口に出すことが憚られた。私は下唇を噛みながら俯く。
何で成功しなかったんだろう。
不意にポンポン、と柔らかくて温かい感触が頭に生まれる。顔を上げるとミリーさんが私の頭を撫でていた。
「リリーシェルさん、失敗したことに気を病んではいけません。これからリリーシェルさんが錬金術師として生きていくのであれば、数えきれない失敗をすることになります。錬成に失敗することは恥ではないですよ」
「……でも……せっかく師匠が直接、教えてくださったのに……。成功させたかったんです」
「不安な気持ちは、わたしもよく分かります。わたしも師匠にとって、出来の良い弟子ではなかったので。師匠には、ずいぶんと迷惑をかけてましたよ」
「……失望、されませんでしたか?」
私の言葉に、ミリーさんがコロコロと笑い始める。想定していなかった反応に、私は戸惑ってしまう。
ひとしきり笑ったミリーさんは、目尻に滲んだ涙を指で拭いながら、私の顔を見る。
「す、すみません。わ、わたしも師匠に似たようなことを尋ねたことがありましたよ。まさか自分が口にした言葉を他の人から聞くとは思っていなかったので、驚きよりも昔の自分も今のリリーシェルさんみたいだったんだろうなって。師匠はわたしの扱いに、本当に困っただろうなって思ったら、笑いが込み上げてきて――」
再び笑い始めるミリーさん。その屈託のない笑う姿に、私の沈んでいた気持ちが少し晴れる。先ほどよりは早く笑いが収まったミリーさんは、フーッと息を吐いてから、身なりを整えて、私に向き直る。
「リリーシェルさんは、わたしの弟子ではないし、師匠に縁があるわけでもありません。でも、わたしが師匠に言われた言葉を貴女に贈りましょう。『馬鹿か、お前は。世界の真理を探求し続けることと、お前のドジをフォローし続けること。どっちが困難か一目瞭然だろう。未熟者は未熟者らしく失敗して、成功に一歩でも近づけ』と。全ての錬金術師が同じように弟子を扱っているわけではありませんが、少なくともアキツシマさんは、弟子であるリリーシェルさんに、愛情を持って接していらっしゃると思いますよ」
その言葉を聞いて、私の視界はいつの間にか涙に滲んでいた。
ミリーさんが、スッとハンカチを差し出してくれた。私は受け取ると頬を伝う涙を拭う。彼女は更に私に右手を差し出す。そこには親指の先くらいの大きさの飴玉が乗っていた。
「わたし特製ハニージンジャーキャンディです。疲労回復効果のある薬草も混ぜて錬成した評判の品ですよ。疲れたときは甘いもので疲労回復、気分転換です」
「あ、ありがとうございます」
ニコニコと微笑むミリーさんに促され、私は飴玉を包み紙から取り出して口に放り込む。コロコロと飴玉を口の中で転がすと、
即効性のある薬の類ではないだろうけど、心が軽くなった気がした。
「美味しいでしょ」
「はい、とても。これはミリーさんが錬成したんですか?」
「そうよ。といっても、わたしは最前線でバリバリ錬成している錬金術師に、品質は足元にも及ばないけどね」
「そんなことないです。すごく美味しいし、元気が出ました」
「ふふふっ、お世辞でも嬉しいわ。さて、今日はそろそろお開きにしましょう根の詰めすぎはよくないから」
「はい、分かりました」
ミリーさんの言葉に、私は素直に返事をする。
さっきまでの沈んだ気持ちが嘘のようだった。気がつけば、私は工房を掃除している時のように鼻歌を口ずさみながら、資料を片付けていた。
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