第23話 初錬成の結果①

 俺が豆茶――この世界のコーヒー――の入ったマグカップを手に、アキツシマ工房の一階、店舗フロアに降りる。

 まだ日が高いので、建物の外はガヤガヤと騒がしいが、フロアはしんと静まり返っていた。

 フロアの奥から店の入り口の方を見ると、等間隔に棚が並び、整然と魔導具マジックアイテムが飾られている。

 いつから店に魔導具が並べられているか俺には分からないけれど、テトラが小まめに掃除しているので、埃っぽさは全く無い。

 店に殆ど来客がないにも関わらず、フロアを綺麗に掃除し続けるテトラは、健気と思う反面、頑固者と俺は思う。

 俺はマグカップの豆茶を溢さないように注意しながら、清算カウンターに近づく。

 日中、テトラがいる定位置だ。

 いつもなら凛とした雰囲気で、椅子に座っているテトラだが、精算カウンターに覆い被さるように伏していた。


「テトラ、ほら豆茶だよ。砂糖を二杯、ミルクを少し垂らしてる。これでも飲んで、そろそろ機嫌を治してよ」

「……納得いかない」


 テトラが清算カウンターに伏したまま不満そうな声を上げる。

 露骨な感情の発露を抑える傾向にある彼女が、全身で不満を表現しているのは珍しいかもしれない。

 テトラが精算カウンターから、体を引き剥がすようにして、上半身を起こす。彼女の頬は膨らんでいて小動物的な可愛さがあった。

 俺は衝動的に頭を撫でたくなるが、手にしていたマグカップに救われる。

 ふぅーと深呼吸をしてから、俺はテトラのマグカップを手渡す。

 テトラは頬を膨らませたまま、豆茶を啜る。ほろ苦い芳醇な香りがいっそう濃く漂ってくる。

 彼女はホッと息を吐いて頬を弛ませるが、俺の視線に気づくと頬を膨らませる。

 その可愛らしい仕草に、笑いそうになってしまうが、俺は豆茶を飲んで誤魔化す。

 テトラとは違い、砂糖もミルクも入れていない豆茶の苦味と渋味が口内に広がり、酸味が後を追う。テトラの可愛さに瀕死同然だった俺の平常心が息を吹き返す。


「私も初めての錬成だから、失敗しても仕方がないと思うわ。でも、素材は、水とカミーレ草、タレハ草の三つだけ。複雑な錬成陣は必要なくて、私が描いた錬成陣も師匠が問題ないって……」

「うん、シノさんが太鼓判押してたね」

「だから、失敗したとしても、低品質の使い物にならないポーションが出来るって思ったわ。なのに――」


 テトラは言葉を区切ると、ギリギリ彼女が手を伸ばせば届く場所に追いやられたビーカーを睨み付ける。


「――出来たのが『野草が混じった汚い水』なのよ。そんなの子どもがママゴトで作れるレベルのものよ。錬成して出来上がったことが納得いかないわ」


 テトラは頬を膨らませて、精算カウンターに頬杖をつく。

 ゴミを錬成したけれど、初めて錬成した記念品(?)でもあるから、捨てたくても捨てれない、そんな心境なんだろうな。

 俺は苦笑しながら、ビーカーを手に取ると、目線の高さまで持ち上げる。

 ビーカーは、テトラが口にしたように『野草が混じった汚い水』が一番しっくりくる液体で充たされている。

 水に素材の草を入れて、かき混ぜただけ。魔力がなくて、錬金術が使えない俺でも作れそうなクオリティーだ。


「んー、端で見てたけど、素材の下準備は問題なかった気がする。テトラは錬成陣に気づいたことはあるか?」

「……ない。錬成陣について、色々と考察できるほど、場数を踏んでいないもの」

「まー、仕方ないか。トライ・アンド・エラーで出てきた問題点を潰すことが成功に繋がるから、試行回数が足りてないのはしゃーない」

「……私が錬金術師ギルドに正式登録されるのは十年後とかになるのよ」

「そんなに時間かかるわけないだろ。テトラの錬成陣をシノさんが見たときの雰囲気だと、的外れな錬成陣になってたわけじゃなさそーなんだよな」


 いぢけるテトラを眺めながら、俺は豆茶を一口啜り、錬金術が成功しなかった原因を考察する。

 錬金術は理解・分解・再構成が大事とテトラが言っていた。ポーションを作る上で、理解・分解・再構成を考えた場合、どうなるのか? そもそも異世界人である俺は、ポーションについてゲームで出てくる回復アイテム程度の認識しかない。

 大抵の場合、ポーションは回復アイテム扱いで、使うと生命力HPが即回復する。状態異常の回復とか耐性アップとかもある。

 その程度の認識で、ポーションが上手く錬成出来るのだろうか。

 テトラは初級ポーションについて、どれくらいしているのだろうか。

 俺はテトラに訊ねる。


「……改めて確認だけど、初級ポーションって何?」

「服用すると、体力を回復させて、軽度の傷や打ち身なども治してくれる。傷口に直接振りかけると回復スピードがあがる。急にどうしたの、リンタロー」

「理解・分解・再構成が大事って言ってただろ。初級ポーションがどんなものか、テトラは完璧に理解してる?」

「それはもちろ――」


 反射的に答えようとしたテトラだったが、言葉を飲み込む。彼女は精算カウンターから身を起こして、考え込む。

 言葉に詰まったテトラの姿に、俺は思惑通りでニヤニヤ笑いが出てきてしまう。さりげなくヒントを与えて導いてる感は、ぽくてカッコいい。

 俺の反応に気づき、テトラは唇を尖らせる。そんな彼女の反応を眺めながら、俺は得意顔で話す。


「知ってそうで、知らないことって多いだろ。初級ポーションが、その効果が何故あるのか、テトラは知らないだろ」

「……たしかに」

「俺の想像だと、カミーレ草とタレハ草に含まれている成分が重要だと思うんだ。その二つから、抽出した成分を、水に均一に溶かすと出来ると思うんだ」

「……リンタロー、お金の計算は大丈夫よね?」

「計算はできるけど」

「なら、お店番をお願いね。金額は値札に全部書いてあるから」


 テトラは精算カウンターを、ひらりと飛び越えて身を翻す。

 ふわりと舞うスカートに、俺は反射的に視線を逸らす。

 俺が視線を戻した時には、テトラが店の入り口のドアをくぐった後だった。

 呼び鈴とドアの閉まる音を聞きながら、俺は呆けてしまう。

 どんな動きをすれば、あの一瞬で店の外まで移動できるんだろう。


「俺、異世界こっちの数字、読めないんだけど……」


 俺はテトラに伝えそびれたことを呟きながら、精算カウンターの席に座る。

 店内の静寂に、俺の欠伸が大きく響くのだった。

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