第22話 初めての錬成?②

「うげっ……きもちわりぃ……」


 遊園地の絶叫マシーンで体験する浮遊感と、体の中をグチャグチャにかき混ぜられたような感覚。

 俺は吐き気とめまいで、その場に踞ってしまう。


「リンタロー、どーしたのよ、いきなり」

「これこれ、テトラ。凛太郎を揺すぶるでないのじゃ。単なる転移酔いじゃから、安静にすれば、直に良くなるじゃろ」

「て、転移……酔い?」

「読んで字のごとくじゃ。転移の魔術に慣れぬ者が、転移で平衡感覚などを失っている気分を悪くするだけじゃ。転移先で魔物が待ち構えていれば、無事では済まぬな。凛太郎、良かったのー、ここがダンジョンじゃなくて」


 ハッハッハと笑うシノさん。確かにダンジョンなら死亡確定かもしれないけど、いきなり転移してなければ、多少はマシだったかもしれない。心の準備は大事だと思う。

 心配そうな顔でテトラが背をさすってくれる。それだで、気分の悪さが和らいでいく。


「大丈夫、リンタロー。お水、いる?」

「水はいらない。だいぶ治まってきたから。ありがとう、テトラ」


 少しふらつきながら、俺は立ち上がる。テトラがとっさに体を支えてくれた。

 俺はテトラと周囲を見渡す。照明は見当たらないが、暗くないが明るくもない。

 真っ白な空間に、ポツリとドアが一つだけあった。中央にソフトボールくらいの透明な水晶が埋まっている以外、特徴のないドアだった。


「さて、テトラよ。水晶に手を当てて、登録を済ますのじゃ」

「……は、はい」


 テトラは俺の様子を確認してから、俺から手を離す。そして、ゆっくりとドアの正面に立つ。

 一度、深呼吸してから、テトラは恐る恐るドアの水晶に手を伸ばす。


「――ッ!」


 思わず驚きの声が出そうになり、俺は手で口を塞ぐ。目を見開いて、テトラの姿を凝視してしまう。

 淡い燐光がテトラの全身から漂い、周囲を仄かに照らす。ゆらゆらとスカートの裾がはためく。

 俺は身じろぎせず、幻想的な光景を見つめる。息を飲もうとした次の瞬間、テトラを包んでいた燐光が水晶に吸い込まれた。

 余韻などなく、初めからそうであったと言わんばかりの静寂が周囲を支配した。

 ただ、ドアの水晶に光が灯り、赤と紫の光が、踊るように揺らいでいた。


「うむ、うまくいったようじゃな。そのドアは、テトラ以外に開くことは出来ないのじゃ」

「し、師匠……ありがとうございます……」

「精進するが良いのじゃ。凛太郎が素材を集めて保管する場合に、テトラがいないと入れないのは不便なので、入室許可を与えてやるのじゃ。凛太郎の手をドアの水晶にのせて、被せるようにテトラの手をのせる。後はテトラが念じて終わりじゃ」

「わかりました。リンタロー、手をのせて」

「お、おう……」


 異世界――魔導具マジックアイテムが絡んだイベントに、俺は軽く興奮してしまう。

 テトラに促され、ソッと水晶に手をあてる。硬質でひんやりとした冷たさが手のひらから伝わってくる。ワンテンポ遅れて、手の甲から温かさが伝わってきた。

 魔導具に触れている興奮なんか消し飛んだ。伝わってくるテトラの体温と、すぐそばで感じる彼女の息づかいに理性が吹っ飛びそうになる。


「リンタロー、いい?」


 いいわけあるか! と俺は叫びたくなる。動揺を悟られないように、出来るだけ良い顔を作って、コクリとテトラに頷いてみせる。

 テトラが目を閉じて念じる。スッと何かが通りすぎていくような感覚。水晶にポッと灰色の丸い光が灯る。


「うまくいったのかしら」

「……この光が俺なんじゃね」


 務めて平静な声音で告げながら、俺は水晶に増えた灰色の光を指差す。


「ほほー、凛太郎は察しが良いの。主以外に許可を与えた場合、灰色の灯りが増えるのじゃ。では、中に入るかの」

「シノさんはテトラに許可を貰わなくて良いの?」

「チッ……凛太郎は、余計なところに気づくのじゃ」


 むっ、と眉を寄せるシノさん。まさかマスターキー的なやつがあって、テトラには黙っておくつもりだったのかな。

 ……あり得るな。イタズラにマスターキーは役に立ちそうだし。


「……師匠」

「あーもー大した理由じゃないのじゃ。錬成した者が拒絶されるはずないじゃろ。……意思をもって拒絶するように錬成しなければ」

「つまりシノさんは、わざと拒絶されないように仕上げたと」

「わざとじゃないのじゃ! ついうっかり忘れてただけじゃ! 入れて困ることはないので直さなかっただけじゃ!」


 開き直るシノさん。テトラは額に手をあててため息をつく。シノさんに意見することは早々に諦めたようだ。


「とにかく、妾に非があったとしても悪意があってのことじゃないのじゃ。許せ」

「まあ、リンタローが口にしなければ気づきませんでしたし、私の錬成室に師匠は無条件で入室できても不思議に思いませんから、気にしません。私のための錬成室を与えてくださったことに感謝しかありません」

「ぐぬぬぬっ、どことなく棘を感じるのじゃ。とにかく、錬成室に入るのじゃ」


 そう言ってテトラに錬成室に入るように促すシノさん。半眼でシノさんを見つめていたテトラは、一度肩をすくめてみせると、錬成室に入っていった。俺とシノさんも後に続いて入室する。


「すごいです、師匠!」


 錬成室に入るなり、テトラが喜びの声をあげ、ぴょんぴょん跳ねる。

 俺はテトラの影を避けながら、部屋を見渡す。

 広さは学校の教室程度。窓は一切ないが、自然な明かりで、室内が充たされているので閉塞感は一切ない。

 棚には理科室に置いてありそうなビーカーやフラスコといった器材が並んでいた。遠目でも新品というのがわかった。

 大きな作業台――魔法陣が描かれている――の他にいくつかの作業台、大きな鍋が部屋に配置されている。

 魔方陣とか大きな鍋を除けば、理科室ぽい雰囲気のある部屋だった。


「奥に素材を保管する部屋があるのじゃ。温度や湿気を一定に保つ優れものになっておる。存分に素材を貯め込むとよいぞ」

「はい! リンタロー、カミーレ草とタレハ草を二回分くらい取り出して。残りは保管室にお願い」

「りょーかい。二回分って、どれくらいだ?」

「えっと……一回分が、それぞれこれくらい」


 テトラは両手を合わせて、お椀をつくり、俺に見せる。

 うん、よくわからん。一回で二、三株分か? 多すぎても後で保管室に戻せばいいか。

 俺は心持ち多めに、麻袋から素材を取り出し、近くの作業台に置く。

 テトラを確認すると真剣な眼差しで、器材の準備を始めていた。

 俺は邪魔しないように、残りの素材を保管室に移動させることにした。量が足りなければ、すぐ持ってこれるようにしておこう。


「さてさて妾は見物と洒落こむことにするのじゃ」


 肩越しにシノさんの様子を確認すると、どこから持ってきたのか、真新しい揺り椅子に座っていた。

 部屋に入ったときは確実に無かったし、まじまじと部屋を見渡したときに見落とす可能性はゼロだと思う。

 魔導具でも、使って持ち込んだのかな。


*****


 俺が保管室から戻ってくると、フロア中央の作業台にテトラの姿があった。

 近づいて確認してみると、無色透明な液体の入ったビーカー、綺麗に根から泥を落としたカミーレ草とタレハ草が並べられていた。


「何度も試行錯誤してレシピを作っていくのが錬金術の醍醐味なんじゃ。しかし、弟子の初錬成を指導するのも師の務め。一度しか口にせぬので、聞き逃すでないぞ」

「は、はい! よろしくお願いします!」


 芝居がかった仰々しい口ぶりのシノさん。テトラは特に気にした様子もなく、気合い十分な様子。

 いつから熱血指導展開になったんだよ。


「下準備を始めるのじゃ。まずカミーレ草の葉を小指の先の半分くらいの大きさに千切る。葉以外は、別の錬成に使えるので、乾燥させてとっておくと良いのじゃ」


 テトラは頷くと真剣な眼差しで、カミーレ草を葉とそれ以外に指で千切ってわける。チラッとテトラが俺を見る。

 なんだろう、と考える。使わない部分が邪魔にならないように回収して欲しい、に賭けるか。

 俺は棚に積まれていた曇り一つない、銀のトレーを二つ手に取る。そのままテトラが仕分けたカミーレ草の葉以外の部分をトレーで回収する。


「ありがとう、リンタロー」

「どういたしまして」


 微笑むテトラ。自信はなかったが、テトラの意図を汲み取れたことが、素直に嬉しい。


「師匠、できました」

「では次にタレハ草は根を細かく刻み、薬研やげんで磨り潰すのじゃ。タレハ草に限らず、乾燥していない薬草を煎じる場合は、薬研車に注意することが大事になる。木製の薬研車は薬草の成分が染み込むため、扱う薬草ごとに薬研車を替えねば、成分が混じり品質が著しく損なわれることになる」

「……ならタレハ草を乾燥させた方が良いのですか?」

「それは答えることが出来ぬのじゃ。テトラが試行錯誤しながら錬成し、何が最適か見つけるとよい」

「わかりました。今回はこのままで、薬研車は金属製を使ってみます」


 テトラはナイフでタレハ草の根を切り取る。俺はタイミングを見計らって、せっせと使わない部分を回収する。

 丁寧にナイフでみじん切りにし、薬研車で磨り潰していく。

 ゴリッゴリッ、と規則正しい音が錬成室に響く。

 磨り潰したタレハ草は、どーするんだ? 皿的なやつがいるよな。

 銀のトレーがあった棚から、白い陶器の皿を二枚、取り出す。一枚はテトラが下処理済みのカミーレ草を載せ、もう一枚は薬研のそばに静かに置く。

 それほど激しい運動をしているわけではないが、テトラの額には汗が滲んでいた。服を探ってみると半分ほど残っているポケットティッシュがみつかった。もう二度と手に入らない可能性はあるが、俺はティッシュを一枚とりだして、テトラの額の汗を拭う。

 一瞬、驚いた顔をしたテトラだったが、すぐに「ありがとう」と呟く。

 一時間くらい過ぎただろうか、テトラが薬研車から手を離し、「ふぅーーー」と息をはく。

 薬研を両手で持ち上げ、俺が置いた皿に傾けて、灰色で緑がかった半液体を注ぐ。


「出来ました……」

「初めてにしては悪くない手際じゃ。さて、ここからが本番で胆となる錬成陣の準備じゃ。土台は何でもよいが、インクは魔昌石を混ぜたものが魔力との親和性があがる」

「普通のインクしか準備がないのですが……」

「初級ポーションで使う必要はないのじゃ。普通のインクでかまわないので、描いてみるのじゃ」

「わかりました……」


 テトラは作業台に白い布を広げると右手の小指をインク瓶につっこむ。

 一度深呼吸すると、布に小指で幾何学的模様を描き始める。何度も小指にインクをつけなおして、テトラは錬成陣を描きあげる。

 正直、俺には出来が良いのか、サッパリわからない。

 シノさんは「ふーん」という感じで、テトラの描きあげた錬成陣を眺めていた。


「液体に溶けること、均一になるように錬成陣を組んだつもりです。師匠、問題ないでしょうか?」

「それは錬成すればわかることじゃ。あとは水に下処理した素材を混ぜて撹拌し、錬成陣を起動して終わりじゃ。ほれ、やってみるのじゃ」


 シノさんから明確な回答が得られなかったことで、テトラの表情が僅に翳る。彼女は言われた通りに素材を混ぜ合わせると、錬成陣の中央に置く。そして、錬成陣に手を添える。

 テトラは「フゥー」と深く静かに息をはく。同時に錬成陣に淡い光が迸る。

 光はどんどん力強さを増していく。

 錬成陣の中央に置いたビーカーにもいつの間にか光が移っていた。

 機械で灯した明かりとは違う、息吹を感じる光。元の世界では見ることが出来ないであろう光景に、ただただ俺は息を飲んで見つめることしか出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る