第21話 初めての錬成?①

 どさり、と音をたてなから、俺は担いでいた麻袋を工房の床に置く。俺は、そこまま床に座り込んでしまう。

 先を歩いていたテトラが振り返り、ムッと眉を寄せる。


「ちょっと、リンタロー。こんなところに置かないで、地下の錬成室まで、運んでよ」

「わーってるよ……。ちょっと、休憩させてよ……。サイズは小さいのに、すっげー重いなんて詐欺だよ……」


 俺は床に下ろした麻袋を恨みがましく睨む。見た目はサッカーボールぐらい。片手で軽く運べそうな大きさ。しかし、十数キログラムは下らないほど重い。

 その辺に転がっていそうな麻袋だけど、シノさんが片手間で作った空間歪曲効果を付与しているらしく、見た目の十倍近く物が入るらしい。

 十倍近く物を詰め込めば、麻袋が破れてしまいそうだが、空間歪曲は中心に空間が集まる性質があるので問題ないらしい。

 正直、俺には理解できない理論だ。水が表面張力で丸くなるのと同じような理屈なのか?


「……麻袋に十倍くらい物が入るなら、重さは一定を保つようにして欲しいな」

「そうね。師匠なら朝飯前で付与出来そうだけど、それは無理」

「なんで?」

「空間歪曲と重量軽減の組み合わせは、勝手に付与することが禁止されてるからよ」

「二つの組み合わせは、超便利じゃん。なんで勝手に付与しちゃいけないの?」

「単純な話よ。空間歪曲と重量軽減はにあたるからよ。人に物に一度にたくさん運べる方が有利でしょ。だから無断で付与すれば、投獄されるわよ。ま、実用的な精度で付与できるのは二流三流じゃ腕不足だけどね」


 なるほどね、と俺は頷く。

 大量輸送は軍事技術として大事だ。速く大量に運べるだけで、アドバンテージありそうだ。楽器ケースとか、警戒されなさそうな荷物に、人をたくさん入れられたら、クーデターとかも起こし放題になりそうだし、禁止されて当然かもな。


「そう言えば、付与を見抜く方法とかあるの?」

「『鑑定』って、付与効果を見抜く魔術があるわ。元々は、呪いや罠を判別する方法なんだけど、副次的な効果で付与効果などを見抜くことが出きるわ」

「へー、魔術か。それなら錬金術で付与することも出来るってことでしょ。魔導具にしてしまえば、簡単に使えそうでいいね」


 俺の言葉に、テトラは首を左右に振る。


「リンタロー、そう思うのは間違いよ。魔術師や錬金術師の技量で、『鑑定』の精度に差が出るのよ。ハッキリと付与がわかる場合と、何となく付与されてそうって曖昧な場合があるから。全くもって万能じゃないのよね」


 ゲームの場合は、戦闘で使用しない魔法は誰が使っても同様の効果が得られるパターンが多い。この世界では、それは通用しないのね。熟練度みたいな要素が絡むのか。

 俺はテトラの説明に納得し、「むん」と気合いを入れ直す。


「よし、休憩終わり。地下の錬成室に、素材を運んじまおう。まだ地下に行ったこと無いんだけど、どっから入るんだ?」

「二階の師匠の書斎か、横の鍵のかかっている部屋からよ」

「うげっ、一階の奥に入り口があるわけじゃないのか……」

「当たり前よ。工房は錬金術師にとって、一番大事な場所と言っても過言じやないわよ。簡単に侵入できそうな場所に入り口を用意しないわよ。ほら、行くわよ」

「へいへい」


 俺はあきらめて、麻袋二つを抱き締める。そして、気合いを入れて立ち上がる。

 ぐおっ、と溢れてきそうな呻き声を飲み込む。ズッシリとした重さが、俺の腰にダイレクトアタックしてくる。プルプルと震える四肢を必死に堪える。


「よ、よし……、さっさと、行こうぜ……」

「うん。頑張れ、男の子」


 柔らかな笑みを向けると、くるりと背を向けるテトラ。ふわりとスカートの裾が舞う。思わず見とれてしまい、麻袋を落としかけた。

 慌てて麻袋を持ち直して、テトラの後を追う。彼女は俺のペースを肩越しに確認しながら、ゆっくり歩く。

 男の意地とかプライドとか、俺には無縁だと思っていたんだけどな。

 重いから手伝ってくれとか、テトラに言えない。言い出せない。

 俺たちは、普通に歩いた場合の二倍くらいの時間をかけて、シノさんの書斎横の部屋にたどり着く。

 中に入ると家具は一切なく、床に敷き詰められた赤い絨毯に、幾何学模様――魔術陣が描かれている。


「ん? 何やら気配がすると思ったら、汝らか」


 別の入り口――シノさんの書斎と繋がるドアから、シノさんが姿を現す。

 俺とテトラの様子を確認し、状況を察したような顔で、シノさんが近づいてくる。


「錬成を試すための素材が集まったようじゃな」

「はい。十回以上は試せる量を確保してきました。今から師匠が使われている錬成室を借りても大丈夫でしょうか?」

「ダメじゃ」

「――そこはオッケーする流れじゃないのかよ!」


 俺は反射的にツッコミを入れてしまう。右手で空中にツッコミ――裏拳――を入れる仕草は、シノさんだけでなく、テトラにも奇異に映ったらしく、二人とも怪訝そうというか、憐れみが混じったようななんとも言えない視線を俺に向ける。

 反射的にやった俺が悪いけど、その顔は本気で止めてくれ……。


「こほん。凛太郎のことは無視して話を進めるのじゃ。師弟といえど、錬成室を貸すことは、まかりならんのじゃ。錬成室に己の魔力を馴染ませることで、より精度の高い錬成を行えるようなる。錬金術師は、己の腕前を磨くと同時に錬成室を育てていくのじゃ。簡単に工房を移動させたり、貸したりする錬金術師は三流じゃ」

「でも、師匠、ギルドは錬成室の貸出しも行うっていってましたけど……」

「そんな場所で錬成するのは、二流止まりじゃ。汝は高みを目指すのじゃろ。ならば、己の錬成室を用意して然りじゃ」


 シノさんの言葉にテトラが衝撃を受けたように目を見開く。一呼吸置いて、彼女は力強く頷く。

 その反応に嬉しそうに目を細めるシノさん。そして、ちょいちょいと手で俺を呼ぶ。

 俺とシノさんとテトラの三人が魔術陣の中央に集まる形になる。


「本当は正式にギルドに登録された祝いに渡す予定じゃったが、致し方あるまい」


 ――パチン!


 シノさんが指を鳴らすと同時に、世界が暗転した。

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