第19話 プチ冒険へ①
「うはっ! 視界が広ッ! さすが異世界」
街を取り囲む城壁の外に出ると高い建物は一切なく、青々とした自然が広がっていた。
俺が住んでいた地域は田舎だったが、見渡せば視界のどこかに人工物――電柱やアスファルト道路など――が入っていた。
元の世界でも、開発が手つかずの地域に行けば、人工物がないんだろうけど、俺の心は軽く興奮していた。
「リンタロー、何をブツブツ言ってるのよ。知ってると思うけど、街道を外れると危ないから気をつけなさいよ」
俺が後ろを振り替えると、メイド服に上半身を保護する革鎧を身につけたテトラの姿があった。
さらに腰には鞘に収めたショートソードが下がっている。
如何にも冒険者と言える格好ではないが、ファンタジー感が増して、俺の
「街の外に出るから危ないんじゃないのか? 街は壁で囲まれているから安全なんだろ」
「本気で言ってるの? まさか飛んでいる記憶に一般常識も結構含まれているの。……危険だわ」
テトラは額に右手をあてながら、頭を左右に振る。ため息のおまけ付きだ。
俺の発言はだいぶ良くなかったらしい。
「主要な街道には、魔物避けの結界が張られているわ。ただし、
「ほえー、そんな仕組みがあるのか。街道に魔物が溢れ返っていたら、物流が安定しないし、必要な仕組みか」
ゲームだと、街の外は道だろうが森だろうが、魔物とエンカウントすることが多いので、新鮮だ。
ふと、俺は自分の格好とテトラの格好を見比べる。
そこで俺は、今更ながら重要なことを忘れていた。俺の装備は、"ぬのの服"のみだ。武器になりそうな物は何も持ってない。
魔物と遭遇する可能性がある場所に行くのに、無装備すぎないか。レベル最大で、雑魚魔物からダメージゼロって、オチでもない気がする。
「ちょっと気になるんだけど、リンタローは、そんな軽装で大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない気がしてきた。そもそもシノさんに買ってもらった日用雑貨以外、持ち物はないんだけどね」
「……そーだったわね。リンタローの装備にも気を回すべきだったわ」
こめかみを指でつまみながら、何やら考えるテトラ。
工房に戻ってシノさんに相談すれば、一番安い鎧とか買ってくれそうではあるが、今日の素材集めは中止だろうな。
テトラは腰の後ろから、鞘に収まったナイフを外すと、俺の方に付き出してくる。
「今日、向かう場所は魔物の出現がほとんどない場所だから、このまま向かいましょう。でも、何かあったときに丸腰では危険だと思うから、私のナイフを貸してあげるわ。……思い入れのあるナイフだから、手荒に扱わないでね」
「あ、ありがとう」
受け取ったナイフは思ったより軽い。包丁より重いけど、扱うのが困難というほどでもない。
俺はテトラに視線を送り、鞘から出しても良いか確認する。テトラは小さく頷いて了承してくれる。
ゆっくりと鞘から抜き放ったナイフ。刃渡りは、大きな定規より短い気がするので、十五センチメートル以下だと思う。湾曲刀で、内側に刃がついていた。鉈のようなナイフだ。手入れが行き届いているナイフにはくもりひとつなく、陽光を受けて輝いていた。
「……すっげーいいものじゃないのか? 俺が扱って大丈夫か?」
「特殊効果が付与されているわけではないから、そんなに高いものではないわ。ただ、小さい頃から使っているから、愛着があるのよ」
フッ、とどこか遠くを見つめるような表情になるテトラ。なんとなく、それ以上、尋ねることは憚られた。
俺はテトラがしていたような、受け取ったナイフをベルトの腰あたりに固定する。ぎこちないが、何度かナイフを鞘から抜いてみて、位置に問題ないかチェックする。
……よし、大丈夫そうだ。
「問題なさそうね。今日採取する素材は、カミーレ草。今の時期だと、タレハ草の二つになるわ。リンタローは、薬草に疎いと思うから、イラストを用意してきたわ。カミーレ草は、中央が黄色で白い花弁をつけた小さな花が特徴で、果物のような香りがするわ。タレハ草は、草丈が腰くらいあって、鋸のような葉をつけるわ。両方とも、よく見かける雑草に分類されるから、見つけるのには苦労しないはずよ」
「わかった。量はどれくらい必要なんだ?」
「持って帰れるだけ欲しいわ。一度で初級ポーションの錬成に成功するとは思えないし……」
「りょーかい。余って困るものじゃないし、採りまくるわ」
「期待しておくわ。あと、採取した薬草を入れる袋と
テトラから薬草のイラストを描いた紙と麻袋を二枚、
「少し街道を進んだ場所から、脇にそれた日当たりのいい平原で、採取するわよ」
「りょーかい。さっさと採取してしまおう」
俺はテトラの後を追いかけるようにして、目的地に向かって歩き始めた。
*****
「さて、どーしたものかな」
テトラから手渡されたイラストを元に、初級ポーションに必要な素材を探しているわけだが、すぐに見つかった。
テトラが"よく見かける雑草"と表現したのも頷ける。
草原を見渡せば、群生しているところを何ヵ所もあたりをつけることが出来る。
「テトラ――って、いねーし。予想以上に機動力あるよな……」
平原だけど、なだらかな丘って、感じの場所はあるし、草丈が腰くらいある場所もあるから、近くにいても見つけれない可能性があるけど。
俺はテトラが大声を出せば聞こえる範囲にいると信じて、薬草の採取を始めることにする。
まずはカミーレ草。集まってワサワサ生えまくっている。黄色と白で目立つので、遠目でもすぐわかる。
「問題は、どーやって採取するかだよな。どこが一番重要なんだろうか。花弁、葉、茎、根。だいたい分類すると四つだよな」
ジッとカミーレ草を睨んで考える。とりあえず、
何株か抜いた後、何気なく麻袋の上に並べてみる。特に大きな違いはないように見えるが――
「なんか、コレは良さげな気がするな……」
一株つまみ上げて、しげしげと眺める。日に透かしてみるけど、特に大きな違いはないと思う。でも、なんか気になる何かを感じるんだよな。
「リンタロー! 避けて!」
「え?」
突然、テトラの声が響く。反射的に俺は身を前に倒すようにしゃがみこむ。
ヒュッ! と風切り音が、俺の耳に飛び込んでくる。
「な、なんだよッ!」
慌てて立ち上がり、身構える。睨んだ先には蠢く不定形な何かがいた。
「リンタロー、スライムよ。雑魚魔物だけど、顔に張り付かれたり、口から体の中に入られると危険だから。油断しちゃダメ」
「うへっ、窒息死とか寄生死とかノーサンキュすぎる。スライムって、倒せんの?」
某ゲームだと、スタート直後のフィールドでエンカウントする文字通り雑魚魔物。だけど、作品が変われば強さも変わると言うか、極端に強さが違うんだよな。物理攻撃無効とか、レベル最大でも倒せないような特性がある場合もあるからな。
うごうご弾んでいる水色がかったスライムを睨み付けながら、ジリジリと距離を取る。
テトラが近づいてくる気配はあるが、スライムが次の瞬間、飛びかかってくる可能性はゼロじゃない。
俺はスライムを刺激しない様に、ゆっくりと腰のナイフを引き抜く。持ち直す余裕はなく、逆手のまま、顔のあたりまで持ち上げて構える。
次の瞬間、スライムの姿が霞む。
「右に飛んで!」
「ッ! どらぁ!」
テトラの声に反射的に横に飛ぶ。次の瞬間、耳にチリッとした痛みが走る。その痛みで、スライムが飛び掛かってきたことを認識する。
「散れッ!」
肩越しに後ろを確認すると、テトラが裂帛の気合いと共に、ショートソードを一閃。スライムが真っ二つになって霧散していた。
ショートソードを振るテトラの姿は、素人目にも無駄がなく、洗練されているように見えた。
「錬金術師になるより、剣士とかになった方がいいんじゃねーの」
「……イヤよ。私は錬金術師なのよ」
テトラは、ぶっきら棒に言い捨てる。俺、何かマズい事、言っちゃったのかな。
警戒を解かないテトラのそばに移動しながら、俺はナイフを順手に持ち替える。
テトラは目を細めて、周囲を射抜く様に見渡す。肌越しにピリピリとした緊張感が伝わってくる。ナイフを握る俺の手に汗が滲む。
「運が悪かったみたいだわ……」
「い、いきなり何なのさ。思わせ振りな台詞は心臓に悪いからやめてくれ」
「あと数体、潜んでいるわ。この平原は、ほとんど魔物の報告なかったはずなのに。リンタロー、運が悪い人?」
横目で俺を見るテトラ。
運の良さには自信はない。いや、異世界に飛ばされるなんてレアな体験をしているから、運が良いのか? いやいや、普通に生活して、死ぬ確率が圧倒的に高いのは異世界だ。運が良いとか思って誤魔化したらダメだ、俺。
「……俺の運は普通だ。いや、シノさんに保護してもらえたことを踏まえると、運が良いんじゃないか」
「そうだった。師匠と知り合えた時点で、豪運だわ。でも、それでリンタローは、人生の全ての運を使い切ってるかもしれないけど」
「……あり得そうだな」
俺が肩をすくめると、テトラが小さく笑う。状況を考えると不謹慎だろうが、やっぱり笑うテトラは可愛いと思う。
「リンタロー、出てきたみたいよ」
「お、おう」
草の茂みから、スライムが三体、飛び出してくる。某ゲームだと愛らしいスライムだけど、不定形で蠢く姿は不気味で気味悪い。
ゴクリ、と無意識に俺は生唾を飲み込んでしまう。
「私が相手をするから、リンタローは戦わなくていいわよ。ただ、飛び掛かってきたときは、自衛して。ここのスライムは核を潰さなくても、真っ二つにすれば倒せる。体力が低くて、復元する前に力尽きちゃうから」
「りょーかい。飛び掛かってこないことを祈っとくよ」
「速攻で片付けるわ」
次の瞬間、金髪をなびかせながら、スライムに突貫する。
上段から一気にショートソードを振り下ろし、地面ごとスライムを切り裂く。一体がテトラに飛び掛かるが、体を捻りながらショートソードを一閃。
ほんの数秒で、スライム二体が霧散した。
すげぇ、と素直に見とれてしまう。
「――ッ! リンタローッ!」
テトラの言葉に我に返る。
残りの一体が、カラダを広げて俺に飛びかかってきた。テトラの体勢が悪く、動きがワンテンポ遅い。
耳障りなスライムの雄叫びが、ゾワリと俺の恐怖心をかきたてる。
やばい! やばい! やばい!
時間がゆっくりと流れる。空気が身体にまとわりつくような感覚。
俺は何かを口にしながら、ゆっくりと流れる時間の中で、苛立つほど遅いスピードで、ナイフを振るう。
スライムが俺に振れる前に、ナイフを振り抜けた事を認識した瞬間、安堵感に俺の意識は途切れた。
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