第18話 初クエスト?②

「師匠! どういうことなんですか!」


 シノさんの書斎に駆け込むテトラ。突然のことで、揺り椅子で微睡んでいたシノさんは、椅子からずり落ちそうになっていた。

 俺はテトラの走るスピードがあまりにも速く、全力疾走で必死に追いかけたため、呼吸困難に陥っていた。

 膝に手をつき、肩で息をしても全然楽にならない。次々に滴ってくる汗がうざったい。


「て、テトラ……落ち着け。ちゃんと、説明……しないと、わからないって……」

「そ、そうじゃぞ、テトラ。何がなんだかサッパリわからないのじゃ」


 何とか息を整え、テトラに声をかける。テトラのただならぬ様子に、シノさんも気圧されている。

 シノさんから事前にものの数分でギルドへの登録が終わると説明されていたのに、登録には錬金術の試験が必要と言われれば、動揺もしたくなるか。

 テトラは大きく深呼吸する。スッと彼女の顔に落ち着きが戻ってくる。彼女は身なりを整え、瀟洒なメイドの様な態度をとる。


「師匠。錬金術師ギルドへの登録の件について、お伺いしていた内容と違いました。全く違っていたと言ってもよいくらいでした。何故、私に嘘を教えられたのでしょうか?」

「え? どー言うことじゃ? ギルドへの登録なんぞ、推薦状とか紹介状を渡して終わりじゃろ」


 テトラの無言の圧。シノさんは助けを求めるように、俺を見る。

 錬金術師ギルドのマスターの口振りだと、どこかのタイミングで登録手順が変更されたけど、興味のないシノさんは覚えていないって状態だよな。非はシノさんにあることは間違いないけど、テトラの様子から察するのは酷だろう。


「えーっと、ギルドで登録手続きを行ったところ、ギルドマスターから諸事情があって、ギルドへの登録手続きが変わったって説明を受けました。シノさんは錬金術師ギルドの会合とか参加しないから、知らないかもって。俺の予想ではギルドから通達がきてもシノさんは全てをスルーしてたんじゃないですか?」

「むむ、そんな通達なんぞ記憶にないのじゃが……」


 眉を寄せあげながら、シノさんは揺り椅子から降りる。そして、高く書籍や書類が積み上げられた書斎の一角に移動する。シノさんが心底嫌そうな顔で、山の一部を指で突っつくと、ブワッ! と効果音が聞こえてきそうな勢いで埃が舞い上がる。


「し、師匠ッ! そこは私が掃除しようとしたら、断ったエリアじゃないですか! いつから埃が溜まっているかわからない場所を無造作に触らないでぐださい。換気を良くして挑まないと危険なんです」

「ゲホッ! ゲホッ! うざったいのじゃ!」


 パチン! とシノさんが指を鳴らす。するとドアと窓が自動で開く。どこからともなく風か吹き、書斎を通りすぎていった。舞っていた埃が一瞬で駆逐される。


「す、すげぇ……。魔術ですか?」

「理屈は近いが、違うのじゃ。これが錬金術の実力じゃ。妾の意思に従い書斎を換気するのじゃ。その場から一歩も動かずに動作するなどなかなか素晴らしいじゃろ」

「錬金術ってモノを作るだけじゃないんですね」

「魔術や錬金術に馴染みの薄い凛太郎に、分かりやすく説明するならば、魔術を物に付与すると言えばわかりやすいじゃろ。魔術師ではない者が魔術を発動したときと同じような効果を得ることが出来るのじゃ。使用者の意思が発動条件だったり、特定の条件だったり、常時発動したりと色々あるのじゃ」

「つまり、この部屋には、シノさんが錬金術で作った魔道具マジックアイテムが設置されていて、シノさんの意思で効果が発動するわけですか?」

「然りじゃ。正確には言うならば、部屋自体に錬金術で特殊な効果を付与しているのじゃ」


 なるほど、と俺は口のなかで呟く。

 前に特殊効果の付与も錬金術師の範疇ってシノさんは言ってたよな。その時は深く考えていなかったけど、錬金術は万能かもしれない。

 魔術を再現するアイテムを作れるし、馬車の荷台や"ワイルドベアーの巣穴"みたいに特殊効果のある空間を作ることもできる。魔術と錬金術がどう違うのかわからないけど、魔術より錬金術で作り出したアイテムの方が扱いやすい気がする。

 俺が錬金術に対して考察していると、シノさんは山の中から黄ばんだ封書を何通か抱えて戻ってきた。

 何年放置すれば、あんなに黄ばんだ色になるのだろうか。

 シノさんは無造作に封書を開いて、乱雑な手つきで中を取り出しては、流し読みをしていく。

 十数通目を手にした際、シノさんの動きが止まる。流し読みではなく、頷きながら中を丁寧に読んでいるようだった。

 シノさんは読み終わった後、ふぅ、と深い息を吐く。そして、珍しく引き締まった表情でテトラに向かい合う。


「今から四十二回ほど前の会合で、翌年から新規にギルドに登録する者は、手続き方法を変更するとあるのじゃ。粗悪品や偽物が市場に流通するのを防ぐためとあるのじゃ。錬金術師として一定水準以上の適正がない者を除外するためともあるの。……なんとケチ臭いことを決めたものじゃ。粗悪品や偽物を見抜いてこそじゃろ。適正なんぞねじ伏せる情熱が大事じゃろ」


 ブツブツと不満を口にするシノさん。会合の開催周期が解らないけど、年に十二回開催されていると仮定しても三年以上前。文句を言うには少し遅いですよ、シノさん。


「とりあえず、登録テストとして、初歩的なアイテムを錬成させて提出させ、品質を確認するとあるのじゃ」

「師匠は書類を提出すれば終わりって言ったじゃないですか。錬成した物を提出とか、一度も錬成したことない私には荷が重いです!」


 語尾を強めるテトラ。シノさんは呆れた表情で、肩をすくめてみせる。


「何を言っておるのじゃ。サクッと錬成して、提出して終わりじゃ」

「私は、まだ錬成をしたことがないんです」

「誰でも初めてのときがあるのじゃ。それがたまたま今であることに問題はないじゃろ」


 シノさんの淡々とした言葉に、テトラは絶句する。

 テトラには悪いけど、シノさんの言う通りだ。初めてのときは誰でも一度は経験する。だから、初めてだからは言い訳にはならない。

 シノさんは言葉を続ける。


「試験で錬成するモノはなんなんじゃ?」

「……初級ポーションです」

「素材について、全くわからないのかえ?」

「一般的に使われる素材なら、なんとなくわかります……」

「錬成陣はどうじゃ?」

「師匠が錬成しているところをみたことあるので、少しはわかります……」

「では、テトラは初級ポーションな錬成はできないのかえ?」


 シノさんの言葉にテトラは下唇を噛む。視線を落とし、ジッと床を睨む。

 どれくらい時間が過ぎただろうか、テトラは視線を持ち上げ、真っ直ぐにシノさんを見る。


「錬成、出来る……かも、しれません」

「うむ、では、素材を集めてくるのじゃ。凛太郎、直接関係はないのじゃが、テトラの手伝いを頼むのじゃ」

「うす。任せてください」


 そうして、テトラの初級ポーション作りが始まるのだった。

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