第14話 今後について②
「おはようございます、師匠」
「うむ、おはようなのじゃ」
シノさんに食後のお茶をだして、朝食の後片付けしているとテトラがリビングに入ってきた。
ちなみにテトラはシノさんから預かっている鍵を使って、裏口から入ってきてるらしい。
何故、断定できないかというと俺は鍵を持っていないからだ。ついでにいうと、三人の中で鍵を持っているのはテトラだけだ。
どんな技術か理解できていないけど、俺やシノさんは、
本人の意識がなかったり、正常ではない状態――催眠などで操られたりしている――のときは、鍵が開かないらしい。
指紋や網膜、声紋とかで、本人を認識する技術が元の世界で開発されていたけど、それ以上に強固そうなセキュリティに驚きしかない。
俺は食器棚からテトラ用のマグカップをとりだし、緑茶をついで、テトラに手渡す。
「おはよう、テトラ。緑茶で大丈夫か?」
「おはよう、リンタロー。緑茶? 以前、師匠が言っていた東方のお茶ね。興味があるし、いただくわ」
そう言ってマグカップを受け取るテトラ。そこですぐ、俺はニヤニヤ笑うシノさんに気づいた。
あ、これはだめなやつだ、と反射的に思う。
外国ではお茶に砂糖をいれて飲むのが普通とか聞いた気がする。シノさんが緑茶を教えたことはあるけど、飲ませていないということは――
「――ッ! リンタロー!」
「やっぱりか……」
反射的に口元を押さえるテトラ。バンバン! とテーブルを叩きながら、お腹を抱えるシノさん。
俺は額にてを当ててタメ息をつく。
何というか、俺の中でシノさんに対する評価が急降下中。初めて会った時の神秘的なイメージはだいぶ崩壊し、イタズラ好きの自堕落な残念美人になりつつある。
俺はとりあえず砂糖壺を手にとって、テトラのそばに向かう。
「ごめん、説明が足りてなかったな。緑茶は砂糖とか入れずに飲むお茶だ」
「いや、私も無造作に飲むべきじゃなかった……。ハーブティとか薬膳茶と思っていればよかったかも。想定していた味に合致しなくて、少し頭が混乱しちゃったわ」
「どうじゃ、テトラ。甘味苦味渋み旨味と色々な要素が絡み合い、実にうまかろう」
楽しそうに笑うシノさんをテトラがジト目で睨むが効果なし。テトラは諦めた様子でタメ息をつく。
俺は苦笑しながら、砂糖が必要かどうか、砂糖壺をテトラに見せて確認する。少し悩んだテトラだったが、首を小さく左右に振って不要と答えてくる。
一呼吸置いて、テトラは緑茶を啜る。若干、眉を顰めたが、そのまま嚥下する。
大丈夫そうだな、とテトラの様子を確認してから、砂糖壺を元の場所に戻す。
「……目が覚めるような味ですね、師匠。寝起きとか眠たいときとかに、飲むと効果ありそうですね」
「妾はいつでも大歓迎な味じゃと思うのじゃ。まあ、テトラにはいささか早かったかもしれないのじゃ」
「シノさん、煽るのはどーかと思いますよ。飲みなれていない人は砂糖を入れることもあるみたいですから」
「む、それでは妾が悪いみたいではないか。未知なるものへの警戒を怠ったテトラが未熟なのじゃ」
どーん! と効果音が入りそうな動きで、胸を張るシノさん。揺れる双丘に思わず目を奪われそうになるが、何とか耐える。
落ち着け、落ち着くんだ、俺のパトス。
俺は誤魔化すためにシノさんに話を振る。
「し、シノさん、今日はテトラとどんな話をするんですか?」
「む? それほど難しい話をするわけではないのじゃ。テトラよ、錬金術に必要な
「要素ですか……」
シノさんの質問に、テトラは目を閉じて考え込む。その様子を眺めながら、俺も考えてみる。
素材は違うよな。大鍋で混ぜ合わさるイメージはあるけど、それは魔女の方だよな。
前に『理解・分解・再構成』って、聞いたけど、要素とは若干違う気がする。
俺があれこれ考え込んでいると、テトラが目を開き、意を決したような表情で、シノさんの質問に答える。
「素材と錬成陣、それと魔力、です」
「うむ、その通りじゃ。よく覚えておったのじゃ。流派によっては、ゴチャゴチャといろんなものを並べたがるのじゃが、突き詰めると、その三要素に辿りたくのじゃ」
質量保存とかエネルギー保存の法則とか属性とか性質とか重要じゃないのかよ! 物理学とかに片足突っ込んだような錬金術じゃなかったのかよ! と俺は心の中でツッコミを入れる。
さすが異世界。油断しているとファンタジー理論が展開される。
「どのような錬成を行うのか制御する錬成陣。錬成に必要な素材。そして、錬成陣を起動させるための魔力。これらがあって、初めて錬金術が発動可能となるのじゃ。本人の属性や取り扱う素材、錬成陣の構成。それらで錬金術の成功率に差が出るが、些細なことじゃ。結局、三要素が揃わなければ、錬金術は発動しないのじゃからな」
「だから、俺は魔術どころか錬金術も使うことが出来ない、と」
「しかりじゃ」
「……どういうことですか、師匠。錬金術はわずかな魔力でも発動できるものじゃないですか。現に魔術師として三流でも、錬金術では一流って人がたくさんいらっしゃるじゃないですか」
「そーだったら良かったんだけど、俺は魔力が"ゼロ"らしいんだ。特異体質ってやつでね」
俺は、単に事実を口にしただけ。俺の言葉にテトラは、目を見開いて驚いていた。
この世界では生活に魔力が密に関係している。そのため、魔力がないと言うことは驚愕に値するのだろう。
俺は、異世界に転移したのに、膨大な魔力も全属性適正もないことに衝撃というかショックしかない。
「も、もしかして、それが理由で扶桑を追わ――」
「その可能性はあるのじゃ。しかしながら、凛太郎は記憶が曖昧で、断言するにはいたらないのじゃ」
妄想モードに突入しかけたテトラを、シノさんが強引に引き戻す。
「そこで、凛太郎の記憶を戻すためのアイテムを錬成することを目標にすることにしたのじゃ。凛太郎は魔力がないので、今では数が減った蒐集師を目指してもらうのじゃ」
「蒐集師! 古の魔術師・錬金術師を支えた素材を集める専門職ですね!」
「さすがはテトラじゃ。勉強しておるのじゃ。魔力がないことはマイナス要因じゃが、蒐集師にとってはプラス要因じゃ。魔力がないことは、素材の持つ魔力と干渉しないので、高品質を保つことができるのじゃ」
「なるほど。錬金術も錬成時に素材同士の魔力が反発しないように、導くことが大事と学園の講師も言ってました」
シノさんの言葉にテトラは頭を上下に振るようにして頷く。若干、テトラの頬が赤みを帯びている。錬金術師を志す者にとって興奮する何かが、シノさんの言葉に含まれていたのだろう。
テトラはグッと両手を握りしめると、テーブルから身を乗り出す様にして、シノさんに声をかける。
「では、師匠の錬金術を! 錬成する瞬間を! 私は両の
興奮度マックス、最高潮のテトラ。美少女が鼻息の荒い姿を見せてはダメだと思う。普段のテトラは美少女だと俺は断言できる。でも、たまーに見せるポンコツがヒドい。
もしかして、類は何とやらの似たもの師弟なのかな。
ガラガラと崩れそうになる二人のイメージを必死に支えながら、俺は深いタメ息をつく。
シノさんの方を確認すると、テトラの熱のこもった視線を軽く受け流しながら、緑茶を啜っていた。
そして、シノさんは、ニヤニヤとイタズラが堪らなく好きだとわかる笑顔で一言つげる。
「妾が錬成するはずないのじゃ。テトラの出番なのじゃ」
絶句したテトラが回復するまで、ゆうに一時間を要するのだった。
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