第13話 今後について①

「――、朝か」


 窓の外から聞こえてくる朝の喧騒に気づき、俺は目を覚ます。

 あくびを噛み殺しながら、固いベッドから抜け出し、背を伸ばす。元の世界なら、うるさくなり続ける目覚ましとスマホのアラームを止める動きが入るが――


「目覚ましなくても、起きれるようになるもんだな。異世界ってスゲー」


 俺は自分の呟きに納得して、ウンウンと頷く。

 実際のところ、夜更かしするような娯楽がないため、早寝早起きのサイクルが出来ているだけなのだが、俺はあえてそのことに気づかなかったことにする。その方が異世界に適用している自分、って感じがしてカッコいいからだ。

 俺は髪の寝癖を手で撫でつけながら、三階の自室を出て、二階の共同スペースを目指す。ペタペタと鳴るサンダルの音が、寝起きの頭にリズミカルに響く。


「初めちょろちょろ~、中ぱっぱ、赤子泣いても、ふた取るな、って、本当に意味あったことにビックリだよな」


 俺はサンダルの音に合わせて、適当なラップぽい鼻歌を繰り返し口ずさむ。ここ最近、よく口にしているためか非常に安定したメロディだ。シノさんと街に出て、日用品やらなんやらを購入したのは既に四日前。その後から口ずさんでいるので、上手くなって当然かもしれない。

 三日前から俺に朝の日課が出来た。それはことだ。

 パン食も悪くないけれど、国というか世界を離れた反動なのか、俺は妙に米が食いたくなっていた。シノさんに連れられて行った市場で米を見かけ、断られる前提で買いたいと申し出たら、彼女はあっさり購入してくれた。

 拍子抜けする俺にシノさんが「毎日とは言わぬが、妾の朝餉に米を出してくれるのであろう」と言ってきた。目を細め、口の端を持ち上げながら、歌うように。

 俺――いや、男なら、シノさんの妖艶な笑みを見て、断れるのか? 断れるはずがない。俺はその瞬間から、米を上手く炊く職人を目指していいと思ったほどだ。

 そんな寸劇じみたやり取りがあって、俺は日課を手に入れた。これで家事手伝いを名乗っても嘘にはならないだろう。

 バカなことを考えながら、俺は洗面所に設置されている蛇の彫像の頭に手をかざす。淡い光の線が幾何学模様を描くと、蛇の口からチョロチョロと水が流れ始める。俺は空いた手で手桶を掴み、水を貯める。

 原理は今ひとつ不明だが、シノさん謹製の魔導具マジックアイテム ――上水道設備らしい。


「いちいち井戸に水汲みに行くのが面倒だから、水道設備を作って階に関係なく水が扱えるようにするとか、シノさんはスゲーな。貴族の住んでるエリアは、魔術と錬金術を組み合わせて上下水道が整備されてるって言ってたけど、地球と比べてどれくらい違いがあるんだろうか」


 少し冷たい水で顔を洗うと気持ちが引き締まり、清められたような気分になる。買ってもらった歯ブラシで歯を磨き、壁掛けられた丸い鏡を見ながら、寝癖を手櫛で直す。

 うん、こんなもんだろう。と鏡で自分の姿を確認して、俺は頷く。

 パタパタとサンダルを鳴らして、台所の流しに移動する。壁に掛けて干していた少し大きめの鍋を手に取り、洗面所と同じ蛇の彫刻から水を出して、サッと水洗い。

 隅にある成人男性がぎりぎり抱きかかえれそうな大きさの瓶の蓋をとり、俺は覗き込む。そこには精米した白米瓶の八割ほどを支配している。反射的に俺は笑顔になってしまう。

 ウヘヘッ、と口から溢れる変な笑い声を堪えながら、計量カップ代わりのマグカップで三杯分の白米をすくって鍋に移す。


「元々は玄米だったのに、シノさんが錬金術でパパッと玄米を白米と米糠に分離しちゃうんだもんな。機械で精米すると白米が劣化するとか書いてる料理漫画があったけど、錬金術で精米すると味はどうなるんだろ?」


 漫画文化を思い出し、少しセンチメンタルな気分になってしまう。

 俺はかぶりを振って、沈みそうな気分を追い出し、ガジガジと白米を水洗いしてしまう。


「よし! あとは浸水させて、朝ごはんのおともは何にするかな」

「……妾は、甘い玉子焼きがいいのじゃ」


 俺のの独り言に返事があった。

 カウンターから身を乗り出してダイニングを確認すると、いつの間にか現れたシノさんがテーブルに伏していた。

 放射線状に広がる銀髪が、朝日を受けてキラキラと輝いている。

 何も知らなければ、綺麗という感想が出てきたかもしれないが、シノさんの性格を把握しつつある俺には、だらしないという感想が優先されてしまう。


「シノさん、顔は洗ってきたんですか? まだ朝ごはん出きるまで三十分――四半刻くらいかかりますよ」

「妾を、あな……どるで、ないのじゃ。それくらいは、すでに……済んで、おるの、じゃ……」


 テーブルに伏したまま、返事をするシノさん。銀髪がキラキラと合わせて動く。その姿に俺は、ため息つきながら、朝ごはんの準備を急ぐことにする。

 シノさんからリクエストされた玉子焼きと、錬金術製の冷蔵庫に転がっていたベーコンとバター、葉野菜をフライパンでサクッと炒める。

 俺としては味噌汁が欲しいところだが、市場で味噌を見つけることが出来なかったので断念。

 先に米の浸水が終わっていることを確認し、鍋に火をかけながら、ワイルドベアーの巣穴でもらったクズ肉や骨などから作った出汁ブイヨンモドキを大鍋から小鍋に必要分だけとりわけて、火にかける。刻んだ根野菜とベーコンを入れて、塩と胡椒で味を整える。

 米の香りが漂ってくると、シノさんはテーブルからノソノソと上半身を引き剥がす。スンスン、と鼻を鳴らして米の香りを嗅ぐ。


「もう少しで出きるので、目を開けてくださいよ」

「まかせるのじゃ……。もう、おきているのじゃ……」


 ふらふらしているシノさんに苦笑しながら、俺は料理の片手間に用意した緑茶を差し出す。受け取った緑茶を、彼女はズズーッと啜る。思わず頬が弛んでしまう姿をずっと眺めるわけにもいかないので、俺は台所に戻って朝ごはんの準備を続ける。


「ふぅー、うまいのじゃ。やはり紅茶より緑茶の方が口にしてあうのじゃ」

「ちょっと思ったんですけど、シノさんって、扶桑とかいう国の出身なんですか?」


 鍋で炊いたご飯をまだ新しいおひつに移して、テーブルの端に置き、他の作ったおかずをテーブルに並べながら、シノさんの返事を待つ。初めは俺の方を見ていたシノさんだが、テーブルに料理を置いた時点で、俺はアウトオブ眼中。

 ピコピコと頭の狐耳が動き、ふさふさの尻尾は左右に揺れ、シノさんの視線はテーブルに並べた料理に釘付け。

 俺は苦笑しながら、ご飯を茶碗によそおって、シノさんの前に置く。俺の分も準備してシノさんの対面に座る。それを見ると彼女は嬉しそうに手を合わせる。俺も手を合わせる。


「いただくのじゃ!」

「いただきます」


 シノさんは、箸を使って食事を始める。見るだけで、「美味しい!」という感情が伝わってくる彼女の姿に、明日も朝食作りを頑張ろうという気持ちが湧いてくる。


「おっと、そう言えば、妾が扶桑と関わりがあるかどうかじゃったな。凛太郎は、何故そのように思うたのかえ?」

「ガルムのおっちゃんの店も、他の店もフォークやスプーンで食事をしてましたよね。箸は扶桑辺りで使われる食器って、市場の人が言ってましたけど、シノさん、めっちゃ上手に箸を操ってますよね」

「む、むぅ……」

「あと、お米にめっちゃ飢えてましたよね。パンやポリッジだと早起きしてまで朝ごはんを食べてないですよね」

「なかなかの推察じゃな。まあ、そのうち詳しく話すこともあるかもしれぬが、妾は扶桑のとある國が出身じゃ。色々と面倒事があって、國を捨てて大陸に渡ったのじゃ。もう、大分昔の話で、妾のことを覚えている者もおるまいて」


 フッ、と澄んだ笑みを作るシノさん。今まで見てきたどんな笑顔と比べても透明感があり、それが俺に違和感と距離感を与えた。

 朝ごはんのついでに聞くことじゃなかったと俺は軽く後悔する。


「さあさあ、せっかく作りたての朝餉じゃ。冷める前に食うのじゃ。今日はテトラが来るはずなので、今後について話すことにするのじゃ」

「わかりました。俺が蒐集師しゅうしゅうしになる件ですよね?」

「その通りじゃ。凛太郎の今後を考えると錬金術師の協力が必要不可欠じゃからな。テトラに色々と協力してもらうのが妥当じゃからな。おかわりじゃ」


 勢いよく茶碗をつきだすシノさん。俺は苦笑しながら手早くお代わりをよそって彼女に返す。

 早く食べないと、いつものように朝食がなくなるな、と俺は口に出さずに呟くと、急いで朝食を掻き込むことにした。

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