第12話 異世界二日目・テトラ

「リリーシェルさん、今日もアルバイトに精をだされるのですか?」


 ホームルームが終わり、帰りの支度をしている私に、クラスメイトの女子生徒が声をかけてきた。

 確認すると、私とは違う一般教養科の制服の女子生徒が立っていた。彼女は腰まで伸ばした癖のない赤毛を一房、手でもてあそびながら、私の反応を待っている。

 たしか中堅どころの貴族の出身だったはず。名前はなんと言ったかしら? ナリーサ=レクスだった気がする。

 面倒くさい、という感情を押さえ込んで、私は差し当たりのない笑顔を作ることに努める。


「いいえ、違います。アルバイトではなく、鍛練の一環です」

「アルバイトではなく、鍛練ですか? あのような流行っていない錬じ――ッ!」


 突然、言葉を詰まらせる彼女。

 しまったな、と私は内心舌打ちをしてしまう。表情を抑えきれてなかったみたいだ。

 師匠は偉大な錬金術師だ。ほんの一つまみ程度のやる気をだせば、バルトブルグ――いや、大陸全土で知れ渡る工房になるはずだ。そうなれば、流行っていないとか、寂れているとか、廃業しているとか、言われることも無くなるはずなのに。

 私は心持ち、口の端を持ち上げて、友好的な笑みを彼女に向ける。


「一時の流行り廃りで鍛練は行うものではないです。日々の積み重ねが大事だと私は考えています。時間が惜しいので、失礼させていただきます」


 彼女の反応を待たずに、私は深々とお辞儀をして、教室を後にする。何か言っている気がするが、気に留めるようなことではないだろう。

 さっさと学園の敷地から出るに限る。

 放課後の喧騒と色めき立つ生徒で溢れかえった廊下をすり抜けていく。

 時おり向けられる視線。

 くだらない、と私は心の中で繰り返す。

 家を出た私にリリーシェル家なんて関係ない。いまだに威光に縋ろうとする連中が一定数いるのは解せない。

 そもそも学科が違うのに、教室を同じにしている意味が理解できない。

 見聞を広めるためとか最もらしい理由を担任の教師が口にしていたが、学科による人数の片寄りと、出身地域で片寄るのを解消したい学園側の都合が大きいだけの気がする。

 学科別の講義で移動が手間で仕方ない。

 モヤモヤとしたものが、ぐるぐーると心の中を回っているのを感じながら、私は市場へ向かう。

 面倒くさがりで、食事すらしていないであろう師匠のためだ。

 まず主食をパンかオートミールの粥にする決めてから、おかずを考えなくて。

 材料を購入して、私が料理するのもひとつの手だが、師匠受けがよくない。買える時間帯なら出来合いの物を買ってくるように、師匠から言い遣っている。

 そもそも、出来合いの物を買える時間帯と材料を買える時間帯では、圧倒的な前者にアドバンテージがある。

 師匠のことだから、何か意味があっての指示だと思う。私が材料を購入して、手料理を振る舞うための方法を考えろということだろうか。

 ブツブツと口もとに手を当てて熟考していると、見慣れた市場にたどり着いていた。

 夕食時には大分早いが業者と買い物客でいつも通り、ごった返していた。


「あれは……」


 視界の先には見慣れたローブ姿と、バルトブルグでは珍しい部類の黒髪の少年の姿があった。


「師匠! リンタロー!」


 私の声に立ち止まる二人。私は急いで二人の駆け寄る。

 師匠は手ぶらだが、リンタローは両手で荷物を抱えていた。たぶんリンタローの日用品を買い出ししてたのだろう。

 リンタロー、不憫な目に遭って、着の身着のままの状態で師匠に保護されたみたいだし。


「うむ、予想通りじゃな。テトラ、講義は終わったのじゃろう」

「はい。師匠は、リンタローのために買い出しですか? それ以外に師匠が外出している理由は見つかりませんけど」

「こんにちは、テトラ……さん。俺の日用品をシノさんが買ってくれたんだ」

「さんはいらない。私もリンタローって呼ぶから。師匠は自分のこと以外には、マメなのよね」


 普段から自分のことにもマメになってくれればいいのに、と私はため息をつく。

 私の言葉にリンタローが苦笑いしていた。きっと師匠の自堕落さを垣間見る何かがあったのだろう。

 リンタローの心中を察して、私は同情してしまう。


「うむうむ、仲良きことはなんとやらじゃ。テトラ、この後の予定はあるのかえ?」

「師匠のお食事を購入して、工房にお邪魔する以外には、特に用事はありません」


 頭の中で必要な用事を並べてみるが、特に何もない。この前、着たまま帰った作業着――師匠プレゼンツのメイド服はカバンに入っているから、学園寮に戻る必要もない。


「では、今日の夕餉を買うついでに、食材を買おうと思っておったのじゃ。店を色々知っておるテトラが同行してくれると助かるのじゃ」


 夕餉と食材を買う。どういうことなのだろうか。リンタローがいることを踏まえると、私の料理の腕前を披露しろ、と言うことだろうか。

 昔、腕の良い錬金術師は、料理も上手いと言っていた。つまり姉弟子として、リンタローに錬金術師としての腕前を見せろと言うことだろう。

 私はグッと両こぶしをつくり、気合いをいれる。


「任せてください、師匠。リンタローが感動の涙を流す料理をつくってみせます!」

「ちょ、そーじゃないのじゃ! 断じて違うのじゃ! 早まったことをするでないのじゃ!」


 何故か師匠が慌てて声を荒げる。隣にいるリンタローが少しも驚いているようだった。

 師匠は咳払いをして、姿勢を正す。


「旅をしていたこともあり、凛太郎は多少は料理の心得があるようじゃ。記憶の混乱は、日常的に行っていたことを、恣意的に行わせることで、記憶が整理されたり、呼び起こされたりするのじゃ。つまり治療の一環じゃ。決して、テトラに料理することを要求するものではないのじゃ」

「……なるほど。リンタローのことを考えてのことなんですね。さすが師匠。私は考えが及ばす未熟なことを改めて実感いたしました」


 私が頭をたれると、リンタローが微妙な表情をしているのは何故だろう。

 わいてきた疑問を私は頭の片隅に押しやり、二人の買い物に付き合うことにした。

 夕食は凛太郎が見つけた扶桑のコメ料理になった。師匠も喜んでいたので、今後の選択肢に入れておこう。

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