第11話 異世界二日目・お買い物②
店に入ると同時に、初老の男性が俺とシノさんに頭をたれる。男性は濃いグレーの髪をオールバックにし、執事っぽい――燕尾服みたいなデザインの――格好をしていた。男性は、柔和な笑みを崩さず、静かな足取りで、シノさんのそばに歩み寄る。
圧倒的な場違い感に、俺は入店直後から硬直してしまう。
俺の様子に、他の従業員も嘲笑う素振りも見せず、営業スマイルのまま、初老の男性にならって挨拶をしてくる。
日本で今の俺みたいな客が、アパレルショップに来店すれば、失笑されること間違いなしだ。
やはり貴族に対してヘマしないように、徹底的に従業員を教育をしてるのだろうか。貴族相手に問題おこしたら、従業員だけじゃなく、店もろとも消滅しそうだもんな。
俺が呆然としていると、初老の男性がシノさんに一礼してから口を開く。
「珍しいですな、シノ様がご来店なさるとは。いつもは私から伺うか、お弟子さん、リリーシェル嬢がいらっしゃいますのに」
「息災のようじゃな、アルベルト。たまには汝の顔を見ておかねばと思ったのじゃ。しばらく見ぬうちに、小ジワが増えたのではないか? 色男が台無しじゃぞ」
「ホッホッホ、いつもお美しいシノ様に比べられてしまっては、誰でも劣ろいを感じさせてしまいますよ。例えば絶世の美女でもシノ様に姿を晒すのを躊躇いましょう」
「アルベルト、妾に世辞は通じぬぞ」
端からみても付き合いの長いとわかる軽いトーク繰り広げるシノさんと初老の男性、アルベルトさん。
シノさんは自然な動きで深く被っていたフードを上げると、ローブを脱いでアルベルトさんに預ける。
シノさんの狐耳と尻尾に、ほんの一瞬だけ店内の空気が変わるが、すぐに霧散した。やっぱり見た目のシルエットから、耳と尻尾が出てくると思わないから、誰でも驚くんだろうな。
恭しくローブを受け取ったアルベルトさんの背後には、いつの間にか少年従業員が待機しており、アルベルトさんからローブを渡されて、音もなく下がる。
一連の動きに澱みはなく、特別な対応ではないことが伺えた。安っぽい表現だけど、本物の高級店ということなんだろう。
「私の記憶違いでなければ、そちらの少年は初めてお目にかかるかと。シノ様、ご紹介いただけませんか?」
「凛太郎、挨拶するのじゃ」
「は、初めまして、相馬凛太郎です。諸事情から、シノさんにお世話になってます。見た目は扶桑出身ぽく見えると思いますが、旅か長かったので、見た目だけ扶桑人と思ってください」
「これはこれはご丁寧に。扶桑の方かと思っていましたが、外れてしまいましたか。私は、アルベルト=オリアンと申します。僭越ながらオリアン商会の筆頭を勤めさせていただいております。衣類に関しては素材を問わす、取り扱っておりますので、ご所望の品がありましたら何なりとお申し付けください」
微笑を崩さないアルベルトさん。ただそれだけで、安心感が半端ない。全幅の信頼感が持てる。
だたし、視界の隅で、ニヤニヤと笑うシノさん。含みのある表情が非常に気になる。
「凛太郎もアルベルトの見た目に騙されておるのー。こやつは見た目と裏腹に武闘派で陰険じゃぞ。筆頭の地位も血路を開いてたどりついたのじゃからな」
「そんな大したことを私はしておりませんよ。私を慕ってくれる多くの者が望んだので、少し煩わしい道を選んだだけですよ」
「アレを少し煩わしいとな。さすがはアルベルトじゃ」
一呼吸置いてから、シノさんとアルベルトさんは笑い始める。何年前の話なのかわからないが、詳しくは聞いてはいけない気がした。
ひとしきり笑ったあと、シノさんは目尻に滲んだ涙を指で拭いながら、アルベルトさんに話を切り出す。
「本日、わざわざ足を運んだのは、凛太郎の衣服を調達するためじゃ。色々あって普段着はもちろん下着も替えがない状態で困っておるのじゃ。下着は十日分あればしばらくは大丈夫じゃろう。あとは貴族の前に出ても困らない程度の格好を一式、普段着を五日分くらい欲しいのじゃ」
「素材については、どういたしましょう。ご予算は如何ほどでしょうか?」
「素材については、色々あると面倒なので
「かしこまりました。礼服の靴については、信用できるラニーギ商会をご利用ください。話の方は私から通しておきます」
「うむ、手間をかけてすまぬのじゃ。凛太郎、好みの衣服を選んでくるのじゃ。アルベルトには五日分と申したが、気に入ったデザインがあれば気にせず選ぶのじゃ」
「わ、わかりました。アルベルトさん、よろしくお願いします」
俺は慌ててアルベルトさんにお辞儀をする。
さっきシノさんが、衣類をまとめ買いすると言っていたが、いくらぐらいだ? 礼服は数万円はするよな。下着は上下で三百円、普段着は上下で三千円と仮定して、総額五万円はいくよな。
一度に払うには少し勇気が必要な額と思うんだが、シノさんは微塵も気にしてない。男らしさが半端ない。
「では凛太郎様は採寸をさせてください。少し時間は掛かりますが希望のデサインがあればお作りも出来ますよ」
「だ、大丈夫です。あまり俺にデザインセンスがあるとは思えないので……。可能であれば、一般的な労働層の着ているような、あまり目立たないデザインの服を見せてもらえると有り難いです」
「ふふふっ、ここは自由都市バルトブルグですよ。奇抜な服装をしても悪目立ちする心配はないですよ。扶桑から来た人も意外と見かけますので、扶桑の服装をされても問題ないかと思いますよ」
笑みを絶やさないアルベルトさん。大人の余裕というか、憧れを感じてしまう。俺、アルベルトさんみたいな、余裕を漂わせる大人なるわ。
アルベルトさんに案内されて、俺は入り口から個室に入る。
別の入り口から数名の従業員が部屋に出入りしていた。彼らは部屋の中央に置かれた長いテーブルに、丁寧な手付きで衣類を広げて並べていた。
客が店内を歩いて好みの衣服を探すのではなく、客が好みを伝えると従業員が衣類を探してくるスタイル。
上流階級でなければありえない待遇に、俺は内心ビビッてしまう。
「先に採寸をさせていただきます。それから、ごゆるりと、衣装をご覧ください。もし、好みのデサインがあれば、お申し付けください。すぐ探してまいりますので」
「よ、よろしくお願いします!」
その後の事は、緊張しすぎてよく覚えていない。いろんな服を見せてもらい、試着させてもらい、アルベルトさんに誉められた服をチョイスした。
シノさんも誉めてくれたので、チョイスに誤りはなかったと信じたい。
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