第175話 「神」への反抗

「あんたに一番必要なのは私の団だ」


 ジャカルタの市場を歩きながら、真莉は主張した。彼女の髪は以前とは違い、かなり伸びていて、真莉はそれを適当に縛っていた。

 デルマーは深い青い目で、静かに少女の顔を見る。


「私の団には強いペストたちがたくさんいる。特にマダー。あの人は不死身だし、瞬間移動の術も使える。あんたの計画には必要不可欠だよ」


「力を聞く限りそうだが、一体どうやって接触するつもりなんだ?」


「中世舞台の『楽園』に住みすぎて感覚が狂ったの? 電話があるじゃないか。幸い、私は我が家の電話番号を覚えている。きっと出てくれるはずだ……」


「そう簡単にいけるものかね」


 青年は相変わらず皮肉った調子で言った。


「やってみなければわからない。ここにまともな公衆電話があるのかどうかわからないが」


 真莉はあたりを心配そうに見回した。さっきから歩いていて公衆電話っぽいものがなかったわけではないが、どれも落書きにまみれていて使えそうにない。


「市民から聞く限り、民間の電話サービスがあるらしい。それを使おう」


 デルマーはそう助言し、二人は泊まっていた宿に戻る。

 ホテルスタッフたちの助けを借り、やっと電話をかける準備が整った。

 真莉は深呼吸して十分自分を落ち着けてから、マルチナ、キーラン、そしてデルマーの前で震える手で電話番号を入れた。

 繋がったのか音がプルルルル、プルルルル、と相手が出るのを待つ音となる。そこで少女の緊張は最高潮となった。


 ガチャッ


 電話が取られた。


Helloもしもし?』


 日向の、懐かしいあの優しい声が耳に流れてきた。真莉の目から思わず涙があふれそうになったが、息を吸って我慢した。


日向ひなた……日向だよね?」


 突然日本語で告げられて日向はギョッとしたようだが、どこか聞いたことあるものだとも自覚していた。


『誰……かしら? なんだか……懐かしい声ね……』


 彼女は恐る恐る日本語で返した。


「私だよ、日向……。真莉、篠崎しのざき真莉まり。忘れたわけじゃないよね……?」


 電話越しの日向は黙り込んでしまった。喉の軋む音が聞こえてきた。


『なに、それ。悪い冗談……?』


 長い時間が経った後に、日向はかすれ声で言った。


「違うよ、本当に私だよ! 私は2005年1月18日生まれ、フェアリー団第三班所属、翔と怜の姉で、アーベルが師匠、ヴィルが弟弟子、そして日向……あなたは私の育て親……!」


 ふたたび沈黙が流れた。これも長いものだった。


『真莉……? 本当に真莉なの……?』


「そう。そうだよ、私!」


 真莉は嬉しそうな、はきはきとした声で肯定する。


『あんたが本当に真莉なら、教えてほしいことがたくさんあるのよ!』


 日向の声は恐れから怒ったようなものになった。 


『なにがあったの? なにしていたの? どうして連絡を入れなかったの? そして今どこにいるの?』


 真莉はその質問にすべて答えたかった。だが、できなかった。


「ごめん、日向。それは教えることができない。というよりも、私が生きていることは他の誰にも言わないでほしい」


『どうして……?』


 日向はひどく戸惑っているようだった。以前の篠崎真莉なら、真っ先に弟たちに自分の生存を知らせようとするからだ。


「私は今、とても危険な場所にいる」


 真莉は答えた。


「ある組織に所属しているんだ。私が万が一裏切り者だと気づかれてしまったら、最悪日向たちが攻撃される。それだけは絶対に避けたいんだ」


『でも……せめて弟たちに……』


「絶対にダメ!」


 真莉は強い口調で拒否した。


「本当に危ないことなんだよ! もしあの子たちに……三班になにかあったら私は立ち直ることができなくなる……!」


『……帰ってくることはできないの?』


 日向は悲しそうに言った。


「ごめん……、でもいつか絶対いつか帰ってくるよ! 約束する!」


 少女は目に涙を浮かべて誓った。そのさまを霧月ブリュメールは静かに見つめていた。


「日向には頼みたいことが一つだけあるの」


 真莉は要件に移った。

 彼女が頼んだことは、マダーの連絡先をこっちに伝えることだった。一度彼女と繋がることができれば、あとはサザンカで情報をやり取りできる。

 彼女の育て親はその通りにした。


「この電話録音されているんだよね、確か。だから誰も聞くことがないよう消してほしいな」


『うん、わかった……』


 日向は承諾したが、結局消す前にボイスレコーダーに録音することに決めた。そのボイスレコーダーは日向の鍵付きの引き出しの中に、長い間眠ることになった。


「絶対に帰ってくるから……みんな無事でいてね。日向、戦いでなんか死んじゃダメだよ」


『わかってるってば』


 日向はクスクス笑って、そこで電話が終わった。


 霧月ブリュメール班はそこでやっと、マダーと繋がることができた。真莉は彼女に事情を説明し、日向と同じように誰にも言わないよう約束させた。

 マダーはその後、真莉から伝えられたヒューゴについての情報をオクサーナに伝えた。ひと月後彼からの手紙で、ヒューゴが無事フェアリー団に参加できたことがサザンカによって伝えられた。


 そのままスパイ活動は進んだ。12神官の特徴や性格はつかめてきたが、相変わらず「神」は不明な存在のままだった。何度もいろんな方法を試し、リーダーに「神」を見せてもらおうと画策したが、どれも失敗に終わった。熱月テルミドールは「神」に関してはひどく慎重に扱っていたのだ。


 霧月ブリュメール班がやっぱり四人で反乱を起こすことしか方法はないのではないかということに気づき始めた頃、事件は起きた。


 実月フリュクティドールが三班の討伐のためにニューヨークへ出かけていったとの情報が、真莉の耳に届いたのである。




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