第176話 愛別離苦

「は……?」


 霧月ブリュメールが言ったことを、真莉は信じられずに聞き返した。

 当時彼女は19歳。髪は長くなり、彼女はそれを太い三つ編みにしていた。


「だから実月フリュクティドールがお前の仲間を討伐しに行ったんだと言っているんだ!」


 なんで……。心の中で湧きあがった疑問に答えるように、デルマーは理由を考察した。


「偽風月ヴァントーズがお前の団体に倒されたことは、熱月テルミドールも把握していた。それで警戒したのかもしれない……」


 確かに自称風月ヴァントーズが殺されてから二週間程度しかたっていない。しかし、彼の存在は熱月テルミドールにとっても鬱陶しかったのであり、フェアリー団を排除するという決断は早すぎるようにも感じる。


 それとも予想よりも、熱月テルミドールはフェアリー団のことを知っているのだろうか……? もしそうならば情報源はどこから……?


 完全に動きを止めてしまった真莉を、デルマーは揺さぶった。


「ぼやぼやしている暇はないぞ!」


 彼は半ば怒鳴るような形で言った。


「お前は早くアメリカへ行け! 実月フリュクティドールを止めるんだ! 言い訳は俺が考えておく。サザンカを呼べ!」


 真莉はハッとして、上司をまじまじと見つめた。


「いいの……?」


 少女は霧月ブリュメールたちを巻き込むのを恐れたのだ。


「いいに決まっているだろうッ! 弟たちが殺されたらどうするんだ! さっさと行けッ!」


 命令したデルマーを真莉はしばし見つめた。それから一瞬だけ彼を固く抱きしめると、すぐに部屋を飛び出していった。青年は部下からの突然の抱擁に動揺したが、最終的に小さなため息をついた。


 幸い夜であったし、最初真莉は水の力を使い海を潜って進んだため、島に出るとき誰にも見られることはなかった。


 見えなくなるくらいまで移動した後、真莉は空中飛行に切り替え、サザンカの力を貸してもらった。

 少女は不眠不休で飛び続けた。途中で小さな南の島へ降り、マダーに電話をかけたがまったくでないので、しかたがなくふたたび空に戻った。

 体は痛くなり、喉がカラカラになったが、それでも彼女は飛ぶことをやめなかった。

 自分の仲間になにかあれば、もう彼女は立ち直れないかもしれなかったからだ。


 やっとのことで、彼女はニューヨークへついた。早朝のときだった。真莉はフロスト社の領域を一通り周ったが、なにも見つけることはできなかった。

 少女はいくつかの虫を呼び、フェアリー団の部屋へ忍び込ませて情報を収集した。


 最終的にわかったことは、真莉の心を打ち砕いてしまった。

 少女は間に合わなかった。死者は出てしまっていた。彼女のもう一人の母親でもあり姉でもある紅井日向は、真莉を最後まで見ることができずに亡くなってしまった。


「……ああッ、なんで!!」


 髪が白くなった真莉は叫んだが、どうにもならないことはわかっていた。彼女ができることはただ一つ。実月フリュクティドールを始末し、これ以上フェアリー団の情報が漏洩することを防ぐことだ。

 真莉は昆虫から三班が復讐を計画していることを知った。彼女はそれを様子見することにした。


 夜、真莉は息を潜ませて、じっとアーベルたちの動きを伺っていた。自分の弟の姿も見た。最後に見た時よりずっと大きくなっていた。

 三班は実月フリュクティドールを仕留めようと始終頑張っていたが、さすが相手も12神官なだけあり難しそうであった。


 アーベルが彼女を岩に閉じ込めようとするのが見えた。だが、そこで青白い炎が上がり、溶かされてしまった。逃げられてしまう。


「サザンカ」


 真莉は準備させていた自分の鳥を飛ばした。サザンカにはイソトマやホシアザミなどの植物の毒を混ぜた瓶を持たせていた。これは12神官の一人、闇と大地の能力者で毒使いの霜月フリメールにレシピを教えてもらったものだ。

 サザンカには風の能力があるので、実月フリュクティドールにピンポイントで瓶の中の毒を目に垂らすことができた。


「あ、あああああああ!!!」


 激痛が走ったのか、彼女は耐えきれず地面に落ちる。突然のことにアーベルたちは面食らったようだったが、このチャンスを彼らは逃さなかった。

 自分の師匠が敵を殺したのを見届けてから、真莉はその場を離れた。帰ってきたサザンカの羽を撫でながら、白髪になった少女は自分のペットにもう一つ試練を与える。


「ごめんね、サザンカ。最後にこれだけやってほしいの。さっき実月フリュクティドールが伝書バトを飛ばしたの。その子を追いかけて、喰ってしまいなさい」


 残酷ではあったが、情報が伝わらないためにも、サザンカの胃を満たすためにも、必要なことであった。

 一晩だけ休んでから、真莉はニューヨークを旅だった。


 霧月ブリュメールは真莉がひどい感染症にかかったと、熱月テルミドールに報告しておいていた。髪が白くなって帰ってきた部下を見て、彼はすべてを察した。


「真莉……」


 青年は声をかけようとしたが、彼女はなにも答えなかった。彼女はベッドにもぐりこむと、そのままそこで二日過ごした。

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