第173話 燃え上がる復讐心

「あら、おかえりー」


 帰ってきた霧月ブリュメールとカメリアを見て、マルチナは軽くあいさつした。だが、少女の表情が前とは全然違うことを見つけて、彼女はデルマーのほうを見る。


「記憶を取り戻してきた」


 上司は彼女の疑問に答えるようにして言った。


「こいつはもう呑気なカメリアではない」


「呑気?」


 真莉は不貞腐れた顔をして、デルマーの腕をつっついた。それを見たマルチナは安心したのか、クスクスと笑う。


「まあ、でも二人は相変わらずでよかったわ」


 真莉はその日の夜、マルチナとキーランに自身の過去を話した。二人は彼女を同情してくれた。

 その後、すぐにリンネアとの訓練が再開されたが、彼女のふとした一言で少女は震えあがった。


「カメリア……、あなたなんだか……強くなった気がする」


 察されている……? 真莉は警戒し、ゆっくりとリンネアのほうを向いた。だが、彼女は特に異変とは思わなかったようで、「これなら早く訓練が終わりそうね」と言っていた。

「カメリア」の演技をもっとうまくしなければ、と少女は痛感する。


 続けて、真莉はふらっと島の図書館に寄った。それは城からそれほど離れていない場所にあり、15分程度歩けば着けるようになっていた。建物はやはり石造りで、苔がうっすら生えている。

 中は太陽の光があまり入ってこないため薄暗いが、人間界にあまりいかない「神の僕」たちの図書館にしてはかなりの数の本が置いてあった。


(ん……?)


 頑丈そうな本棚の脇を通ったとき、ふと気になる文字がカメリアの目に留まった。立ち止まってよく見てみると、日本語で書かれた本だった。


(日本語の本なんてあるのか……)


 その埃っぽい本を手に取って、ぱらぱらとめくる。ページの色褪せ具合から結構古いものだということがわかった。


(懐かしいな……)


 なんて思っていたとき、本に突然影が落ちてきて、びっくりして振り返ると、自分より身長の高い、短い黒髪の女がじっとこちらを見ていた。


雨月プリュヴィオーズ……!)


「……そうか、君は日本語がわかるんだったんだな」


 何が来るか予想できず、身構えていた真莉に、そのような言葉がかけられた。


「その本は私が持ってきたものだ。図書館が閉館することになり、ボロボロの古本を無料で人々に渡していた。あの国は嫌いだが、『もったいない精神』は良かった」


 あの国……とは日本のことなのだろうか。真莉は無知で純粋な表情を作り、びっくりしたようなトーンで尋ねる。


「日本のこと嫌いなんですか?」


 雨月プリュヴィオーズは黒い目でちらっと少女を見た。


「大っ嫌いだ」


 心底嫌悪が含まれた声で、女は答えた。


「同調圧力、偏見、役立たずの年寄への無条件の尊敬や優遇、子供への嫌悪、労働環境の悪さ、世界に対する知識の皆無、過激な民族主義ナショナリズム、嫌中や嫌韓、メディアを鵜呑みにする馬鹿さ加減、彼らを目の前にするとなにもできなくなるくせに観光客に対する異常に威圧的な態度、家族の扱いの杜撰さ、アメリカ至上主義……そして、母親を実質見殺しにするくらいの他人への無関心さ」


 真莉はそこでピクリと反応した。だが、本来驚くべきことではないことだ。12神官の中で人間からなんらかの被害を受けなかった者はいない。


民族主義ナショナリズムだの年寄への過剰な尊敬だの、そこはまだわかる。アジアの国ならばどこも一緒だからな。だが、私はあいつらの世界をまったく知らないところが嫌で嫌でたまらないのだ。そのくせ日本が一番だとかいい、外を知ろうとしない。韓国とかのほうがずっとグローバル化していて、実際成功しつつある。日本のあいつらは過去の栄光だけにとらわれているのだ。国はとっくの昔に腐っているのにな」


 雨月プリュヴィオーズは歪んだ笑みを浮かべた。


「だから熱月テルミドールさまにお願いして、東京をめちゃくちゃにしてやった。天罰を下してやったのだ。変わろうとしないところ、そして母親の死に対する復讐としてな」


 それから女は高らかに笑った。少女は怒りで髪の毛が逆立ちそうになったが、必死に抑えた。


「お前の国はそんな国だ。関わってもなにもいいことがない」


 雨月プリュヴィオーズはそう吐き捨てると、マントを翻して去っていった。真莉は無垢を演じていた表情をゆっくりと怒りのほうへと変える。


 やはり父親を殺したのはあの女だった。彼女の怒りもわからなくもない、自分も母も偏見の色眼鏡には心底うんざりしていた。

 だが、そんなことは関係ない。あいつがいかなる過去を持とうとも、自分の父親が奴に殺されたのは事実だ。


「天罰はいつかお前のほうにもくだる。楽しみにしておけ」


 少女は日本語で小さく呟いた。




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