第169話 篠崎真莉

 いくら真莉が強がろうと、相手は神の僕、12神官。冷静な精神状態でもなかった彼女が勝てるはずがなかった。

 デルマーが部下を肩に担いで川の中からでてきたところで、やっとヒューゴが追い付いた。


「君たち速すぎるよ……、なにがあったんだ?」


「こいつが自分の家に戻ろうとした。だから止めた」


 地面に座り、少女を下ろしながら、彼は答えた。二人ともずぶぬれで、真莉に関しては髪が金色になっている。


「まさかこいつに水の能力があるとはな」


 霧月ブリュメールは呟き、少女の髪を一房持ち上げた。それからヒューゴが自分をじっと見つめていることに気がつく。


「……なんだ?」


「いや……」


 青年はため息をついた。


「これのことか? 左に寄っているから変だとか言うんだろ?」


 デルマーはイライラして、前髪を後ろに撫でつけた。


「違うさ……、まあいいよ」


 そこでケホケホと咳をしながら、少女が起きる。緑色の大きな目はデルマーを捉えると黒に変色し、じっと彼を睨みつける。


「落ち着け、お前も本当は無駄だって気づいているだろ」


 少女はわずかに目を見開き、それから下を向く。黒色の瞳は今度青になった。カメリアは膝を抱えると、そこに顔を埋め込む。


「すまない、だがそうするしかないんだ。実際……俺の恩人のうち三人が『神の僕』から逃れようとして殺されている。奴らは何をしようとも必ずお前を見つけ出す。お前の仲間も道連れになってしまう……」


 霧月ブリュメールの言葉に、少女は少し顔をあげた。


「別に……あんたが正しいことはわかっている___います」


「無理して敬語を使わなくていい。プライベートのときはな。そんなことよりも早く戻ろう。……夜で助かった。昼だったら確実に目撃されていた」


 三人は夜道を歩き、宿泊先に戻る。

 部屋についた少女はベッドの上に座る。しばらく顎を手に乗せて考えていたが、ふと口を開いた。


「デルマー・ゴメス、あんたの目的はいったいなんだ?」


 唐突な問いに、青年は言葉に詰まる。困惑を察してか、少女はそのまま自分の質問の意味を解説する。


「今までは思い出せなかったのだが、人間というのはずいぶんとペストにひどいことをしてきた。身内が人間に殺された人も多い……。あんたもきっとなにかしらの被害にあっていると思う。じゃなきゃあ、あんなに人殺しはできない。……それなのになぜ、『神の僕』に歯向かう? なぜ人間に味方するのだ?」


 霧月ブリュメールは目を細めて、わずかに口角をあげる。12神官という仮面の裏から、冷たい本性が垣間見えた気がした。


「そんな難しいことではない、カメリア。これは単なる復讐だ。さっき言ったけど、俺は三人の恩師を『神の僕』に殺されている。人間からもたくさん被害を受けたが、あっちはあっちでいろいろボコボコにしている。俺は決して人間の味方をしているのでも、正義を自称しているのでもない。これは全部ただの八つ当たりだ。復讐と……そうだな、興味。この二つで動いている」


「興味……?」


「お前は気にならないのか? なぜセオドア……熱月テルミドールみたいな人が『神』なんかに固執しているかを……。幹部組が全員あれに心酔しているとなると、なにか重大な秘密を持っているに違いない。俺はそれを明かしたいのだ。危険を取り除くためにもな」


 デルマーは椅子に座り、足を組む。


「だが、フリッツのこともあるから、あまり行動する気は起こらないのが課題だ……。『神の僕』がなにであれ、フリッツにとってベストな環境であるのは事実だからな」


 真莉は顔をあげ、デルマーの横顔を見つめる。


「でも、いい環境なら、他にもある……!」


 少女は生気を取り戻した声で言った。


「私はそこで育った!」


「そうだな」


 デルマーはひじ掛けに腕をおき、手に頭を持たれかける。


「お前の過去の話を聞きたい。結局、お前は何者なのか。どうやらカメリアとも人間のようであるし。それと本名もだ」


 真莉は目を伏せて、一度深呼吸をする。

 デルマーは信用できる人間だ。それは長い期間一緒にいたからわかることだ。

 自分を安心させてから、彼女は一から自分の短くはあるが、濃い人生を語り始めた。


「私の名は篠崎しのざき真莉まりだ」









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る