第167話 契約

 やっとのことで元の場所に帰ってきたカメリアとヴァンダイクは、その場でうなだれている霧月ブリュメールを見かける。


「……デルマーさま?」


 カメリアが恐る恐る呼びかけると、彼ははっと立ち上がり、彼女の隣に立っていた青年に詰め寄る。


「さっきのはなんだ……、どういう能力だ……、なぜ俺の父母を知っている……! どうやって見せてきたんだ?!」


 胸倉をつかまれ捲くしたてられても、ヴァンダイクは冷静なままだった。


「残念ながら俺は君の親を知らない。幻が勝手に君の記憶の中で、一番大切にしている人を選び見せただけだ」


「……そうか」


 デルマーは大人しく腕を下ろす。その姿はひどく落ち込んでいるように見えた。


「つまり、あなたは幻……を見せることができるの?」


「ああ、そうだ。昔殺されかけたころに覚醒した。で、結局君らは『神の僕』のようだが、なぜ彼らを裏切るような行為をする?」


 じっと、青年は二人を見る。


「……なぜわかった」


「俺は幻を見せるほかに、君らの思考を読むことができる。俗に言うテレパシーってやつだ。君らの組織に俺を殺したがっている奴がいるだろう。……なぜ、彼を裏切る真似をしてまで俺と接触した?」


「理由は読めないのか?」


 霧月ブリュメールは皮肉ったが、青年は肩をすくめただけだった。


「読めるさ。それでも理解できないものがあるのだ。現に君のほうは複雑そうだけどな。『神の僕』に怒りを抱きつつも、どこか認めるような心情も抱いている」


黙れShut up


 デルマーは青年を睨んでから、続けて尋ねる。


「結局お前の名前はなんだ?」


「ヒューゴ・ヴァンダイク。いつもはヴコールと名乗っているがな」


葡萄月ヴァンデミエールのほうはティモ・ヴァンダイクだ。やはりお前の血縁で間違いないな」


「ティモ……、聞いたことないな」


「父親から何か親戚のことについて聞いていないか?」


 デルマーの質問に、ヒューゴは首を振った。


「そもそも会ったことがない。俺の母はシングルマザーだったのさ」


「なるほど……。まあいい。今から私たちが泊まる予定のホテルへ来てくれないか。こいつを治療してほしい。お前の血縁者に洗脳されて、記憶喪失の状態だ。同じ能力を持つお前なら、解除できるはずだ」


 霧月ブリュメールはまっすぐ自分の部下を指した。ヒューゴの目線はカメリアに移る。


「ああ、それで幻が効かなかったのか」


「報酬には貴重な情報を毎回伝えることを約束する。葡萄月ヴァンデミエールの居場所についてだ。奴がいつ来るか、この鷲を通じて教える」


 ちょうどカメリアの肩にとまったサザンカのほうを向きながら、霧月ブリュメールは言った。


「メリットしかないな。よし、いいだろう」


 青年たちは握手をし、三人はホテルへと向かった。





 ホテルはきちんと二部屋取ってあり、三人はそのうち一つに集まる。


「正直に言うと本当に解除できるかは保証できないぞ。そのティモ、とやらは嘘破りと洗脳の力を持っているんだろう? 性質は似ているが、俺のものとは違う」


「別にそのときはそのときだ。とりあえずやってみてくれ」


 カメリアは椅子に座り、緊張して肩を強張らせた。サザンカは警戒しながら、窓の外から部屋をのぞいている。


「リラックスしてくれ。そんなガチガチだと俺もやりにくい」


 ヒューゴが呟き、カメリアは不安そうに大きな瞳を上司に向ける。彼は少し微笑んだだけだった。それで少女も覚悟を決め、きっぱりと言った。


「大丈夫です」


「わかった。……行くぞ」


 青年はそっと少女の頭に触れる。すぐに彼の能力はなにかを察知した。


「記憶が硬い……。なにも読むことができないな」


「硬い?」


 ヒューゴの言葉に、霧月ブリュメールは興味深そうに眉をあげた。


「なんていえばいいのかわからないが……まるでカチコチに凍らせたみたいだ。これをほぐせばいいのか?」


 目をつぶり、集中するヒューゴ。彼が実際何をしているのかは誰にもわからない。


「あっ」


 青年が小さく声をあげたとき、カメリアの目が大きく見開いた。突然彼女の髪が真っ白になったかと思うと、目の前にパーカーを着た「自分」が現れた。彼女の顔は怒りで歪んでいた。


『やっと思い出したのか、この間抜け』


 彼女がそう憎たらしそうに呟いたところで、突然少女はノックアウトし、倒れこんだ。


「カメリア!」


 霧月ブリュメールが駆け込み、自分の部下を受け止める。彼女は完全に気を失っていて何も反応しない。白くなった髪も茶色に戻っていた。


「何が起きたんだ……?」


「わからない。封印されていた記憶が一気に流れ込んで、脳が処理しきれなくなったのかもしれない。しばらくしたら起きるんじゃないか?」


「そうか……」


 デルマーはカメリアを抱き上げ、ベッドに移動させる。


「しばらく隣の部屋で待っていよう」


 デルマーは頷き、二人はその場から去った。





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