第164話 葡萄月

葡萄月ヴァンデミエール班の人からやっと聞き出すことができた。熱月テルミドールに来週にでも休暇が取れるかどうか尋ねてみる」


 すたすたと部屋を歩き回りながら、霧月ブリュメールは述べる。動くたびに、肩の黒いマントが美しくなびく。


「ちなみに行くのはお前と俺だけだ」


「えっ」


 デルマーの発言にカメリアはびっくりしてしまった。


「二人っきり……ってことですか?! マルティナとキーランは……?」


「ダメだ。四人もいってしまえば周りに怪しまれるだろう。それにフリードリヒとアイリスの世話は誰がする?」


「せめてマルティナだけでも……」


「三人でもダメだ。不自然だからな」


 デルマーは顔をわずかに曇らして呟いた。伏せた目は紺色に輝く。

 そこでガチャリと寝室に続くドアが開き、マルティナが顔をのぞかせた。


「デルマーさま、確かにあなたの言うことは正しいですけども、もっと言い方を考えてくれません? カメリアは年ごろの娘ですよ? 19歳の男と二人っきりでいたらどうなるのやら……」


「なっ!」


 デルマーは彼女の発言に当惑する。


「俺が部下に手を出すようなやつだと思っているのか? しかもこんなやつ、ただの16のガキじゃないか!」


「はあ?!」


 カメリアは思わず声をあげた。


「だってそうだろ。いつっもにこにこして、まるで呑気な幼稚園児だ。フリッツのほうが大人っぽいぞ」


「デルマーさまだってコーヒー出たら四歳児みたいにふてくされるじゃないですか! 人のこと言える立場じゃありませんよ?!」


 ぎゃあぎゃあ口喧嘩を始めた二人に、マルティナは呆れて顔を手で覆ってしまう。これこそ幼稚園児みたいな行動だ。


「はいはい、カメリアもう落ち着いて。大丈夫よ、一度デルマーさまはあんたの目のこと綺麗だっていt「あー!! 言うな!」


 マルティナの言葉を遮った霧月ブリュメールは、頬を少し紅潮させながらどかっと椅子に座る。ため息をついた後、彼は顔つきを真剣なものへと戻す。


「とりあえず来週ロシアへ出発する。そしてお前の記憶を取り返す。それだけだ」


 洗脳を解き、かつての記憶を取り戻す。たとえそれが成功したとしても、その後の自分は今と同じままでいられるのだろうか。

 もし……万が一、霧月ブリュメールたちと敵対することになったら……


 カメリアは不安を打ち消そうと目を閉じる。


 戦うのは……嫌だな……


 霧月ブリュメール班は自分の唯一の居場所なのだ。






 翌日、霧月ブリュメールは無事、二週間の休暇を熱月テルミドールからもらった。カメリアの分も一緒に頼むとき、リーダーはなぜか興味深そうに目を光らせたが、デルマーは顔がひきつるのを抑えながらも、なんとか旅の目的をぼかすことに成功した。


「はぁ、なぜどいつもこいつも俺に色恋をする暇があると思っているんだ」


 ぶつぶつ文句を言う上司の隣で、カメリアは少し笑ってしまう。

 大人というものは確かに18歳を超えた若者に、彼氏彼女はいるのかと聞いてくるものだ。する気のない人には甚だ迷惑な質問なのだが。


「ん?」


 道の途中で、突然霧月ブリュメールは立ち止まる。廊下の奥のほうに、柑子色の髪をした人物が歩いてくるのが見えた。


「ちっ、葡萄月ヴァンデミエールだ」


 デルマーは顔をしかめる。


「嘘を言ってしまったら一気に疑われる。カメリア、静かにしてくれるか」


「はい、もちろんです」


「よし」


 霧月ブリュメールはなにもなかったかのように、すぐ表情を戻し歩き出す。カメリアは上司のマントに、隠れるようにしてついていく。


「おや」


 霧月ブリュメールの姿に気がついた葡萄月ヴァンデミエールは、うっすらと笑みを浮かべる。先に挨拶をしたのはデルマーのほうだった。


ごきげんようGreethings葡萄月ヴァンデミエール。お元気ですか? 最近姿を見かけなかった気がしまして」


 やけに丁寧なあいさつをする霧月ブリュメール。いつもは冷静な彼も、少し緊張していることが伺える。


「どうも、霧月ブリュメール。ここ一か月はずっと忙しくてな。まともにコーヒーも飲めなかったよ」


 対し、葡萄月ヴァンデミエールはいたって穏やかに答えた。


「お二人でどこへでかけていたのだい?」


熱月テルミドールさまのところへです。二週間の休暇を申請しにいきました」


「なるほど、旅行か? どこへ行くんだい?」


「……ってところですかね」


 デルマーはロシアという国をそう言いかえることで、直接の言及を避けた。


「ほう。いろんな国をまわる感じか?」


「……そうとも言えますが、実際にはそれほど広範囲に渡る旅はできないかもしれません。あちらは国ひとつひとつが大きいですからね」


「確かにそうだな。二人で行くのか?」


 好奇の目を向けた葡萄月ヴァンデミエールに、デルマーは眉間にしわをよせる。それに柑子色の髪をした青年は少し笑った。


「まあまあ、そんな顔をしなくたっていいじゃないか。家族を作るのは大事なことだよ」


 霧月ブリュメールはそんな仲ではないと反論しようとするが、その前に葡萄月ヴァンデミエールは呟く。


「私にとって家族は……ヴァンダイク家はただの呪いでしかないのだがな。だが、それももうすぐ終わる。やっと暇ができた。だからこそ十日後には私はここを出発し、あの忌々しい我が血縁を潰してやるのだ!」


 高らかに笑い、葡萄月ヴァンデミエールはデルマーたちを通り過ぎていった。

 カメリアたちはすぐに自室に戻り、ため息をつく。


「十日後か……。迅速にこの任務を終わらせなければならないようだ。カメリア、早く準備するぞ。明日にはヴォルゴグラードに出発する」


 デルマーは青い瞳を光らせて言った。


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