第163話 思い出せないなにか

 児童養育施設は城壁の近くにあり、リンネアとカメリアがそこにたどり着くのに、数分もかからなかった。施設の人々はいきなりリンネアという重要人物が訪ねてきたことに戸惑ったが、事情を説明するとすぐににこやかに迎えてくれた。


「この施設に400人もの児童がいますの。12歳になったら全員戦士学校の寮に住むことになりますが、何人かの子供たちは12神官や未婚の戦士たちに引き取られて育てられます」


 施設員は二人を案内しながら話す。


「カメリアさまはどちらの班の所属でございますの? 霧月ブリュメール班ですか! あの方はなかなか厳しそうですが……、あら、案外そうではないと。あの方は16歳という年齢で12神官になられたのですよ。最年少ですので、私たちの間でもとても話題になりました。相当優秀な方なんでしょうね……。

 そういえば、あの方はマーシュウを引き取りになりましたわ、今はフリッツですけども……ええ、黒髪の男の子です。ここではマーシュウと呼ばれていましたの。霧月ブリュメールさまはスペインのご出身であったはずですので、ドイツ系の名前をつけられたと聞きまして、大変びっくりしました。何か理由はありますの? ……そうですか、カメリアさまでもわからないのですね」


 そのまま施設員は校庭へと続くドアを開けた。


「今はお昼休み中ですので、みんな外で遊んでいますわ。もちろん本を読んだり、絵を描いたりと、屋内にとどまる子もいっぱいいますけれどね」


 カメリアの耳に子供たちの楽しそうな声が届いた。芝生が青々と茂るその広場では、彼女の言う通りわらわらと児童が飛んだり跳ねたりしていた。どの表情も明るく、見ているこっちでさえ笑顔になってしまうくらいだ。


「まあ、こんな感じで皆元気でございますわ。ぜひ数日間いらしてください、カメリアさま。少しずつ子供たちの性格がわかってくると思いますから。相性のよさそうな子を選んでくださいまし」


「はい、ありがとうございます」


 リンネアと施設員は話しながら去っていったが、カメリアはその場にとどまり、ベンチに座って子供たちの様子を見ていた。皆頬を赤くして走り回っている。大変かわいらしい。


 ふと少女の前で、走っていた一人の女の子がバタンと転んでしまう。


「っ、大丈夫?!」


 カメリアが駆けよって、彼女を確認する。彼女の顔を見た少女は、はっと息を呑む。その女の子は8歳くらいで、金髪を肩まで届く長さくらいにしていて、目は青色だった。それが真莉に誰かを思い出しかけたが、やっぱりどうしてもでてこない。

 女の子はひざを擦りむいたが、すぐに再生した。


「もう痛くない?」


 カメリアが問いかけると、女の子は笑顔で頷いた。


「よかった、気をつけてね」


 カメリアが手を離すと、女の子はまた駆け出した。あの流れるような金髪に、どうも見覚えがある。

だが、真莉が思い出すことはない。弟の美しい髪を。


 次の日、カメリアは児童養護施設の図書室のほうへ行った。すると昨日の女の子が座って、本を読んでいるのが見える。


「今日は外行かないの?」


「うん、本を読むのも好きなの」


 女の子の答えに、カメリアは微笑む。


「いいね、私も本好きなんだ。おすすめとかある?」


 少女が尋ねると、女の子はすぐにたくさんの本を取りに行った。その日、二人は楽しく本の内容について話した。


 女の子は施設ではエレンと呼ばれていたが、一週間後、カメリアが彼女を引き取ったとき、アイリスに名前を変えた。記憶はなく、どこに住んでいたかは彼女は覚えていなかった。英語はよく話せていたので、英語圏の国のいずれかだろうと、カメリアは予想した。彼女はフリッツとアイリスを対面させたが、二人ともはずかしいのかもじもじしていた。


 ちょうどその日、霧月ブリュメールはカメリアに告げる。


葡萄月ヴァンデミエールの血縁者の情報がだいたいつかめてきた。カメリア、ロシアへ行くぞ」




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