第160話 師匠と弟子

「だが、その前にお前は能力を成長させなければならないと、俺は思う」


 デルマーはそのまま話を続けた。


葡萄月ヴァンデミエールのご家族が戦いのできない奴だとは思い難い。激しい戦闘になるかもしれん。だから、カメリア、お前はまず師匠を探せ。そいつの元で訓練しろ。人材については熱月テルミドールが一番よくわかるはずだから、彼に聞いてくれ」


「……わかりました」


 カメリアは頷き、さっそく幹部たちがいる部屋へと向かった。


 少し控えめな調子で扉をノックすると、初めて来たときと同じように、中から返事が聞こえた。


「はーい」


「あのっ……霧月ブリュメール班所属のカメリアと申します! 熱月テルミドールさまはいらっしゃいますか?」


 すると、ガチャリとドアが開かれ、長身の白髪の男が現れる。


「やあ、よく来たね、カメリア。さあ、入って入って」


 熱月テルミドールはにこりと笑って、少女を部屋の中に案内する。今回は雨月プリュヴィオーズ花月フロレアールの姿はなかった。

 青年はコーヒーをカメリアに進めるが、苦いものが苦手な彼女は丁寧に断った。


「さて、カメリア。今日はどうしてここに来たんだい? 悩みとか? 相談かな? まさかデルマーが変なことをしたではあるまいな?」


「いえいえいえ!」


 いたずらっぽく目を光らせた熱月テルミドールの言葉を、カメリアは慌てて否定した。


「全然そんなことはありません! 霧月ブリュメールさまはいい人です!」


「そうかい、それはよかった」


 リーダーはクスクスと笑った。カメリアは本題に入る。


「えっと……今日は師匠のことについて相談したくて」


「師匠?」


「その、霧月ブリュメールさまに言われたのです」


 片眉を上げた青年に、カメリアは慌てて説明する。


「自分の班は戦うことがよくあるからちゃんと訓練してほしいと。私はまだ自分の能力の使い道のことをあまり理解できていないので……」


「なるほど」


 熱月テルミドールは納得して頷いた。


「そういうことならば私に任せなさい。カメリアの第一能力は大地だったかな?」


「はい、第二は炎です。そっちはマルティナさんに教えてもらうつもりです。彼女は大地はそこまで得意じゃないみたいで……」


「ほう……」


 熱月テルミドールは顎に手を当て、しばらく考え込んだ。


「大地か……ケレンもクロエも忙しいだろうし、シュリシュティは弟子を取るような子ではないし……あ、そうか」


 青年は突然立ち上がる。


「カメリア、ついてきてくれ」


 そのまま彼は部屋を出て、城の廊下を歩く。突き刺してある松明は二人が通るたびに、光を揺らした。

 とあるドアの前に来ると、熱月テルミドールはノックもせずガチャリと開けた。


「ちょっと待っててくれ」


 彼はそう言い消えるも、一瞬で戻ってくる。


「入っていいよ」


「お邪魔します……」


 恐る恐る入っていくと、他の戦士たちの寮のものとは全く違う、生活感のある綺麗な部屋が見えてきた。

 石の壁に柔らかいカーペット、木でできた少し大きいテーブルに椅子、テーブルの上にある花瓶と美しい花々、古そうな本棚を、蝋燭が煌々と照らしていた。雰囲気は完全に中世ヨーロッパのようだった。


 だがカメリアの目を一番引いたのは物ではなく、部屋の中央に立っていた人物であった。

 輝く絹のような金髪を丁寧に結い、エメラルドのような美しい目を持ち、うっすらと微笑をたたえた小さな形のいい口、白い肌を持った背の高い女性_____

 熱月テルミドールは彼女の隣に立ち、彼女の肩に触れ、カメリアに向き合う。


「紹介しよう、こちらは私の妻、リンネア・フォーサイスだ」





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