第159話 鍵を探して

 霧月ブリュメール班は、真莉が「人を殺せない」と告白してから、より打ち解けた接し方をするようになった。まずデルマーは少女にスペイン語を習得させた。


「俺たちが無神論都合の悪いことについて話すときは、スペイン語で会話する。だが、この島にはスペイン語がわかるやつなんてたくさんいるから、話すのはこの部屋の中だけだ。ここは闇の能力の結界が張れるから、外に声が漏れることもない。いいか、カメリア。『神の僕』側に絶対このことは知られてはならない。万が一、奴ら、特に熱月テルミドールに気づかれたら、俺たちは一貫の終わりだ」


熱月テルミドールさまは、寛容な方なのではないのですか……?」


 カメリアは霧月ブリュメールの仕事部屋の椅子に座り、目の前の机で作業をしているデルマーを見ながら自信のない声で尋ねる。

 あの人とは数回会ったが、とても怒るような人には見えない。


「まさか。あいつはいつも浮かべている笑みでミステリアス感を漂わせているだけで、実際は短気な男だ。人間に味方なんてしてみろ、木っ端みじんにされるぞ」


 デルマーはなにかを思い出したのか、目を細めた。彼の瑠璃色の目がさらに濃い色になる。


「……デルマーさまは人間の、味方なのですか?」


 カメリアは思わず尋ねる。「神の僕に反する」ことはすなわち「人間に味方する」ということになるが、カメリアは彼が容赦なくトルコでオークションにいた人間を惨殺するところも見ており、とても人間好きには見えないのだ。


「なわけないだろう!」


 デルマーは、まるでとんでもない的外れなことを耳にしたかのように声を荒げた。


「ほとんどの人間は洗脳された馬鹿か、安保隊のクソどもみたいな正義という名を振りかざして殺人を起こすことに快楽を覚えている奴らだ! あんなのに味方なんてできるか! ……例外がいないわけではないが」


 じゃあ一体目的はなんなのか。わからなくなったカメリアの表情を察し、デルマーは語り続けた。


「そもそもだな、カメリア。俺は人間とペストには対して違いはないと思うのだ」


 少女は言葉の意味がわからず、首を傾げる。


「君は洗脳されているから、この事実を知らないかもしれない。だが、ペストは生まれたとき、もともと全員が能力のない人間だった。途中で能力が覚醒して、ペストとなるのだ。つまり人間たちはいつでもペストに変化する可能性を秘めている。それなのにどっちが悪だとお互い勝手に決めつけて殺しあっているのは、本当に見るに堪えないことだ。『神の僕』は神の名において人間を撲滅するとかなんとか言っているが、これは正義でもなんでもない。ただの能力主義レイシズムだ」


「じゃあ、私もかつては……普通の人間だった……」


「そうだ、俺もお前も、マルティナもキーランも、熱月テルミドールでさえ……。ただ覚えていないだけだ、洗脳されたから」


「洗脳……」


 その言葉は一体どういう意味を持つのだろうか。自分が過去を思い出せないのも、「神の僕」に疑問を持てなかったのも、これのせいなのか。


「洗脳の能力……、恐ろしい力だ。裏切り者であるうえで、最も障害となるものだ。カメリア、お前は葡萄月ヴァンデミエールを知っているか」


 葡萄月ヴァンデミエール……。12神官の一人。柑子色の髪と灰色の目を持った人物。熱月テルミドールと年が近く、長く一緒に働いているため、他の幹部、雨月プリュヴィオーズ花月フロレアールと同じくらい彼と仲がいいと聞く。

 だが、それ以上はなにも聞いたことがない。


「やつの能力は……特別なのだ」


「特別?」


「ああ、他のペストが持っていない力を所有している。それは洗脳と嘘破りだ」


「神の僕」で裏切り者が長く生きてはいけない一番の理由……、それは葡萄月ヴァンデミエールの嘘破りの能力が原因だ。


「どういう理屈かはわからないが、やつは嘘を見破れるのだ……。だが、性能はそこまで良くないのか『完全なる嘘』でなければ、彼は人が嘘をついていることを知ることはできない。だから俺たちは生きている。言葉で『嘘ではない嘘』をついているのだ。微妙に質問をそらしたりしてな。しかし……それがいつまで持つかはわからん」


 デルマーは疲れた顔でため息をついた。見破られないようにするために、この班は何を言うかに相当苦労しただろう。


「だが、葡萄月ヴァンデミエールにも弱点はある。それは血縁者の存在だ」


「血縁者……、家族がいるということですか?」


 家族、今のカメリアにはあまりなじみのない言葉だ。


「そうだ。今、あの男は最後の血縁者を血眼になって探している。ペストは基本血で能力が決まるものだ。だから追われているそいつも、葡萄月ヴァンデミエールと同じ能力を持っている可能性が高い。彼を味方につけといたほうが有利だ。それに、お前の洗脳も解除できる可能性が高い。だから、カメリア、今の我々の目標は」


 そこで霧月ブリュメールが少女の顔をまっすぐ見つめた。闇のような黒髪とは対照的に、彼の瑠璃色の瞳は淡く光る。


葡萄月ヴァンデミエールの血縁者を見つけることだ。情報によれば、やつはロシアに潜んでいるという。お前の言語力を貸してもらうぞ」










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